縋る相手が欲しい少年
そして、現在。
――本当、あの兄ちゃんは相変わらずだな。
少年は昨日十年ぶりに再開した兄を思い返しながら、胸中で愚痴る。
兄は相変わらずの気取った様子で、この迷子になっていたユイという女を一人迎えに来たのだ。
決して弟である自分を探していたわけでもなく。
一人の女の身を案じて、ラントでも昨日は特に砂嵐がひどかったにも関わらず、迷子の彼女を探しに来た。
その挙げ句、自分のことに気付いて置きながらも、無視と来たもんだ。
――おれだって、何か言われても無視する気だったけどさ!
気絶させたユイという女を、彼女がなぜか持ってきていたエアボードに乗せてえっちらおっちら。
十年後の少年は、とても十六歳とは見えない容姿で懸命にモデル体型の女を運ぶ。
倉庫内の物に挟まれた道や、貨物用の昇降機の角にどうしても彼女の長い手足がぶつかるものの、十歳前後の体躯しかない自分としては、充分に配慮している結果だった。
「まぁ、命を取らないだけ勘弁してよね」
ダランと力が抜けた彼女は確かに美人だな、と少年も思った。
切れ長の目を覆うまつ毛も長いし、艷やかな髪の手入れもしっかり行き届いている。白い肌は滑らかだし、これで黒髪黒目でなければ、きっと薔薇色の人生が待っていたことだろう。
「こんな気が強そうな女性、おれは勘弁だけど」
たまにそう愚痴を言いながらも、懸命に運んで十数分。地下の隠し通路からまた昇降機に乗り、ようやく辿り着いた場所で待っていた女性の顔を見て、ルイスは顔を綻ばせた。
「モナ様!」
「ルイス、無事に作戦は進んでますか?」
彼女は、少年――ルイスにとって、第二の親のような存在だった。
常にゆったりと話し、穏やかに微笑む。仕草の一つ一つがとても優雅。青く長い髪と同色の瞳もまた十歳以上年上ならではの落ち着きがあり、彼女のあたたかい手に頭を撫でてもらうのがルイスは大好きだった。
そして、今も「頑張ってますね」と頭を撫でられ、ルイスは目を細める。
「はい、概ね計画通り、襲撃スポットにはマナタンクからエネルギーを回して、軍の勢力を圧倒しています。ただ……」
「ただ?」
その否定の言葉に、モナの手が止まってしまう。それが名残惜しくあったが、嘘を吐いたら彼女に見放されてしまう。メシア様の教えの中に、『嘘は最大の罪』とあるからだ。
だから、ルイスは意を決して告げた。
「一箇所……補給拠点に進軍していたグループのレーザー砲が、破壊されました」
「あら、その場所は学生ばかりで、一番戦力が薄いはずだったと思うけど」
「はい。おれも監視を続けていたのですが、どうやらこの黒髪の女がこちらの戦力を突破し、遠距離破壊したようです」
ルイスが視線を下げると、モナもエアボードに乗せられて気絶するユイを見やる。そして、その顔が一瞬歪んだ。
「彼女ですか……特別、射撃の腕がいいという報告は受けていない生徒なんですけど。ただ、機械整備には特化しているようですね。大方破壊していたはずの攻殻機動鎧も彼女が一晩で修繕してしまいましたし。でも、どうして彼女を?」
「はい。それで、この女がおれが拠点にしていた倉庫に一人侵入してきたところを捕らえました。あと……今エクバタでは、どこでも光源を作ることが出来る装置でも開発されたんですか?」
ルイスの質問に、モナも顔を傾ける。
「詳しく説明していただけますか?」
「真っ暗にしていた倉庫に侵入してきた際、熱くも冷たくもないんですけど、こう……プカプカと浮かぶ光の球みたいなのを、この女がどこからか取り出したんです。しかも、この女が気を失ったと同時に、それもどこかへ消えてしまったんですよ」
「それは――」
言いかけたモナの唇が閉じ、首が左右に振られた。
「いえ、今は断言しないでおきましょう。まだ確証が持てているわけではありません」
そう彼女に言われては、ルイスはそれ以上何も言うことができない。
だって、自らの救世主がそう仰っているのだ。彼女がそう告げるのならば、それが全て。
ルイスはただ、次の指示を待つだけだ。
モナはルイスを見て、再びニッコリと微笑む。
「しかし――よく彼女を連れてきてくれました。お手柄ですよ、ルイス。今回の作戦の準備といい、指揮といい……本当に素晴らしい働きです」
「そんな……おれはただ、地元の人たちを煽って、マナの供給タンクからエネルギーを拝借するための図案を考えただけにすぎないですから。あとは実際に武器を回してくれたり、今もこうしてマナタンクを占領してくれているメサイアの同志たちの働きあってこそです」
謙遜もまた美徳。仲間を信じ、仲間を愛せよ。
その教えのままを口にするルイスの頭は、再びモナの手によって撫でられる。
「そうです。皆の働きあってこその成果であり、あなたの働きあってこその成功――」
その時、警報が鳴り出し、一つのランプが点滅する。
マナ供給施設の内部の警報装置の一箇所が作動したらしい。モナが慌てて設置型情報端末を操作すると、モニターにはある場所の通路に、倒れる警備兵に扮した反政府組織の仲間と、一人佇む白髪の男の姿があった。その男は時代錯誤の黒い外套を羽織り、監視カメラをジッと睨んでは口角を上げる。明らかにこちらを挑発している眼差しだった。
「こいつは……」
モナがいつになく険しい顔で、唇を噛み締めていた。
「知っているやつですか?」
「えぇ。最近エクアディア学園で教師となった男です。先日の学園のシオンによるテロ行為も、あの男のせいで失敗したという報告が入っています。その時も――」
モナは視線を下げ、未だ倒れるユイを睨む。
「彼のそばには、彼女の姿があった――と。彼らの関係性は不明。ですが、このユイという生徒をあの男は『エクアージュ』と呼び、事あるごとに気にかけているという話です」
「……おれ、この男どこかで見たことある気がする」
「どこで会ったか、覚えていますか?」
――思い出さなきゃ!
モナの役に立ちたい。その一心で懸命に記憶を巡るものの、どうしても肝心な場所が白く抜け落ちたように思い出すことができない。
「昔……そう、昔このユイとかいう姉ちゃんに会った時だ。その時だったと思うんだけど……」
「彼女と面識があるのですか?」
ルイスは頭を抱える。思い出そうとするほど、割れるように頭がキリキリと痛んだ。だけど、肝心なこの白髪の男だけがどうしても出てこない。
「サイカスに旅行に行って……父ちゃんと母ちゃんが殺されて……それから……」
目が血走るルイスを、モナがそっと抱きしめた。その温もりが、ルイスの強張る身体にそっと広がる。
「ごめんなさい。恐ろしいことを思い出させるところでしたね。大丈夫です。あの男が何者であれ、悪魔は救世主様が神の加護の元、必ずや滅ぼしてくださるのですから」
「モナ様……」
崇拝の目で見上げるルイスに対して、モナは慈愛をこめた笑みを返す。
そして、モナは穏やかな口調のまま告げた。
「では、ルイス。あなたはこの場所で予定通り、全体の指揮を取っていなさい。通信は許可しますが、何があってもこの場から動いてはいけませんよ。危ないですからね」
「モナ様、この女は――⁉」
「彼女はあなたがここで様子を見ていてください。訓練は欠かしていませんね? きちんとノルマを熟していれば、武器も持たない女性相手に苦労することはないはずですが……」
「もちろん大丈夫です! お任せください‼」
慌てて肯定するルイスに対して、またニコリと微笑んで部屋から出ていくモナ。
その背中を見送って、ルイスは壁一面に並べられた画面を見る。全体的に、作戦に支障はない。予想外のゲリラ市民の武力と戦力に、エクア軍は苦しい戦いを強いられているようだ。
このまま行けば、押し切れる。
首都でキラキラしている奴らに対して、地に這うスラムの根性を見せつけ、ギャフンと言わせることが出来るのだ。
――見てろよ。
ルイスは画面のうちの一つを睨みつける。それには、汗で濡れた金髪が眩しい一人の美青年な学生が映っていた。
「こんな女にうつつを抜かして、おれを置いていったこと――絶対に後悔させてやる」
ルイスは憎々しげな目で兄を見つめ、親指を噛んだ。
◆ ◆ ◆
部屋を出て、モナは警備にあたっていた反政府組織の同志に命じる。
「じきに、この場に侵入者が来ます。これまでは各自身を潜めて。この部屋で騒ぎが起こり次第突入し、中にいる者を全員射殺しなさい」
「し、しかし、この中にはルイスが――」
追求しようとした者を、モナは一瞥した。
「私の言葉がわからなかったのですか? 全員と言ったのです」
そして、モナは口角を上げる。
「救世主様への貢ぎ物は、多ければ多いほどいいでしょう?」
――嘘は吐いてないですよ、ルイス。
彼女は自分を家族であるかのように縋っていた少年の顔を思い浮かべて、
――ただ、捧げられる時が来ただけのことですから。
「まぁ、その時を決めたのは私なんですけどね」
誰にも聴こえないほどの小さな声で、彼女は苦笑した。




