色気とあどけなさの勝敗
狭い路地裏の物陰で、ユイは防護服を脱ぐ。
気が付けば、耐刃性のある服の所々かすれ、破れていた。腕にも血が滲んでいる。
興奮していたのか、ユイは今まで全く気づかなかった。しかし考えてもみれば、エアボードで突っ込んでいく女を狙わない銃口もないだろう。このくらいの怪我で済んだ幸運を感謝するべきだ。
ユイは流れる血を拭い、防護服を投げ捨てた。
白いタンクトップに深緑色のショートパンツ。そして、片手にライフルを携えている自分の格好に、
「今の私って、ワイルドでセクシーかしら?」
とか言ってみるものの、今その問いかけに答えてくれる者はいない。
仲間であろうナナシは、今エネルギー施設への侵入経路を探っているはずだった。入口はもちろん、関係者以外は厳重に立ち入り禁止となっている。教師という立場と空間転移を用いて、ユイでも入れそうな入口を探してくれているはず。見つかり次第、すぐに連絡が入る手筈となっているのだが、その連絡は未だ届かない。
ユイは汗でべたついた髪を掻き上げる。その色はどこでも、どんな時でも色を変えない。
やるべきことを、やるだけ。
ユイは角張もない黄ばんだ建物群を見上げた。曇天を背に、淀んだ世界を体言しているような窮屈さと卑屈さを感じさせる光景。
眩しいと思わせる光もない空を見ながら、ユイはルキノが長銃を渡した時の言葉を思い出す。
『昨日僕が迎えに行った建物に行ってみてくれ』
その建物は崖を下る前に、大体の検討は付けていた。ポケットに入れてあった小型通信機を確認すると、確かにその位置は電波が若干歪んでいる。ユイが設置した盗撮器具も相変わらず不調なのだが、そこの場所だけはなぜ正常に作動しているという異常付き。
しかし画面を切り替えて音声と映像を確認するも、ただ倉庫の一角が映るだけで、特に何の音もしない。町の全体がジャミングされているにも関わらず、ここだけ正常というのはおかしい。
そして、ルキノがその場所を言い当てる理由もわからない。
――お得意のコネ?
ユイは眉を寄せ、そんな安易な考えに落ち着こうとする自分に歯止めをかける。
「罠……と考えるのが普通よね?」
そうだとしたら、ルキノもグルということになるが。
――ルキノにそんな恨まれるような理由、あったかしら?
告白してフラれたとて、その後迷惑をかけるようなこと――学園を襲った反政府組織に捕まったり、デートの尾行をしたり、実習の美味しい役を奪ったり、それなのに迷子になったり。
いくつも思い浮かんだが、ユイが考えるのを止めるのは早かった。
「いーや。行っちゃえ行っちゃえ」
ユイの脳裏に浮かぶのは、今も戦っている彼らの姿。あの一瞬で、ユイが怪我を負ったのだ。あの場に留まっている彼らが、無事でいる保証はない。
彼らの無事を祈る必要もないのだが。
――私が手を下す前に死なれたら、後味悪いじゃない?
そう自分に言い聞かせて、ユイはエアボードを踏みつけ、指を鳴らした。
ナナシから連絡が来るまでのあくまで暇つぶしとして、暴徒たちのエネルギー源を特定してあげるのだ。
「……お邪魔します」
返事がないことを祈りながら、ユイは昨日来た倉庫の中を覗き込んだ。
暗い。
何も見えない闇が広がっていた。曇天だと言っても、視界に困らない明るさは十分にある外界。それなのに、中が真っ暗なことにユイは不自然さを感じた。
ヒョイと顔を戻し、建物の外観を見る。
一面の壁。白と黄色の塗料を乱雑にぶち撒けたような壁に、ユイは顔をしかめた。やはりユイの記憶通り、とりあえずの窓はある。それなのにこれだけ暗いということは、暗幕でも設置されているのか。
「吸血鬼でも住んでるのかしらね」
昔読んだ古文の寓話を思い出しながら、ユイは扉を大きく開けた。息を吸い直し、エアボードをしっかりと抱き締めながら、足を踏み入れる。いつでも指を鳴らせるように、片手を自由にしておくことを忘れない。
手を離すと勝手に閉まってしまう扉を鋭く一瞥し、ユイは闇に囲まれた。目を閉じていると錯覚してしまうほど暗い。だが、目が慣れるまで待っていたらいつになるかわからない。
「なんで武器しか持って来なかったんだろう」
想定不足の自分を罵りながら、ユイはキョロキョロと見渡す。
何も見えない。音も聴こえない。
――きっと、誰もいない。
そう信じて、指をパチンと鳴らした。すると、バチッと弾け続ける丸い光源がユイの眼前に現れる。
「これは大気の微粒子を高速衝突させることで生じるエネルギーを用いた最新装置なんですよー」
その言葉に答える者は、やっぱり誰もいない。魔法なんて幻想的なものではないことのアピールが無駄になったことに、ユイはほっと安堵の息を吐く。
多少の明るさを得た室内は、昨日と代わり映えのない鉄くずが詰まれた倉庫。ただし、窓にはやっぱり暗幕が引かれていた。
ユイは倉庫の隅へ行き、足元をザッと足で擦ってみる。
その時だ。
「良くできた盗撮機だったね。お姉ちゃんが作ったの?」
その可愛らしいその声に、ユイは振り返った。
すると、さきほどユイが作った光源を、指で突っついている少年がいる。
「へぇ、熱くはないんだね。今、首都ではこんなのが開発されてるんだ? どんな原理なの?」
その少年の姿に、ユイは見覚えがあった。この場所で、ユイに美味しくない水をくれた少年である。
ラクダ色の髪の少年が興味津々という顔で、ユイを見てくる。普段ならばその可愛さに喜々として、簡単に彼の要望に応えているだろう。だけど、彼がこのタイミングで出てくるのは明らかに不自然だ。
「ここは、君の家なのかな?」
「違うよ」
ユイの質問を、彼はあっさりと否定する。
そして、彼はゆっくりとユイのそばへ歩み寄って来た。その手には、暗がりをバチバチと走るスタンガン。
「ここは、僕らの秘密基地さ。反政府組織メサイアのランティス支部ってやつだよ」
それは度々、報道に挙がる単語――反政府組織メサイアは、エクアに舞い降りた救世主メシア率いる、エクアの革命軍なのだという。美しさに隠された不条理で不平等な世界を、本当のあるべき姿へと戻すための救世集団とのこと。このあいだ、学園でユイを殺そうとしていた副会長もまた、その組織の一員だった。
そういえば、タカバが言っていたような気がする。
――ランティス地方の反乱軍には、女神様の加護があるんだとよ。
「そういやこの前、その犯罪者に人質にされたんですけど」
それは、時間稼ぎだった。正直、どうしたらいいのか見当もつかない。
長銃を構えて撃つよりも、スタンガンを当てられる方が速いだろう。体術で倒せるかと問われれば、あまり自信がない。年の割に、彼の視線に隙がないのだ。
「聞いてるよ。そのために長年、生徒に扮してたというのに、呆気なく失敗して自滅したらしいね」
ニコニコと笑う少年の笑みが暗い。こんな時に笑う少女に、ユイは心当たりがあるものの、彼には彼女とは明らかに違っていた。自分の優位性を、そこまで確信していないのだろう。不安を隠しているような、そんな笑みに見える。
魔法を使えば、彼を蹂躙するのは容易いだろう。だけど、そのためには絶対の口封じが必要である。
――こんな子供を殺すの?
言い包めたとして、彼が黙っている保証はどこにもない。
魔法のことが、公になるわけにはいかないのだ。
しかも、相手が持っている武器はスタンガン。
とても痛いだろう。気を失うだろう。だけど、自分が死ぬことはないだろう。
――恨みもないのに?
そんな風に迷うことによる結末を、すでにユイは教わっていた。
だけど、それに気づくには、とても遅くて。
すばしっこい少年の姿が消えたと思った瞬間、腹部に鋭い痛みが走った。
「お姉ちゃん、それにも関わってたんだね。本当、トラブルによく巻き込まれるねー」
ぷかぷかと浮かんでいた光源が消え、辺りが暗くなる。
「今も昔も――本当にいつも僕の邪魔をしてくれるんだから」




