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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
三幕 懸命実習

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令嬢の夜の休息





「さぁ、メグ! ようやく二人っきりだよぉ!」


 用意されている殺風景な個人部屋に入った途端、先回りした父親は満面の笑みで両腕を広げていた。

 だが無論、もう愛想を振りまかないでいい娘が、その胸に飛び込むわけはない。


「パパ邪魔。あたし、もう寝るの」


 いつもより断然冷たい眼差しを父親に向けるメグだが、父親はそれに怯むことはなかった。ただ、拗ねるだけだ。


「むぅ。メグももう少し素直になった方がいいぞ。なんだかんだ、すれ違いで三ヶ月くらい会ってなかったんだから。寂しかっただろう?」

「全然」


 即答したメグは、とりあえず制服のリボンだけ解いて、スプリングがキシキシ音を立てるベッドに腰掛ける。そしてジーッと父親を睨みつけた。だけど、肝心な父親は目をパチクリとさせるだけで、手を下ろすことすらしない。


「どうした? やっぱりパパに抱きつきたくなったか?」

「そんなわけないじゃん。あたし、着替えてさっさと寝たいってさっきから言ってるでしょ?」

「着替えればいいじゃないか」

「は?」


 おかしいことを言っている自覚のない父親の切り返しに、メグは顔をしかめることしか出来なかった。


「パパの目の前で、着替えろって?」

「あぁ。何を恥ずかしがっているんだい? 僕らは血肉を分けた親子ではないか! そうだ、どうせなら久々に一緒にお風呂に入ろうか! 話したいこともいっぱいあるだろう? パパ、メグに背中流してもらいたいなぁ」

「ありえない。あたしをいくつだと思ってるの?」


 メグは他のクラスメイトより年下とはいえ、もう十六歳。こんな歳にもなって父親とお風呂に入りでもしようなら、ファザコンか変態か売春かのどれかである。


 それなのに、社員何万人を取り仕切るトップの男は真顔で言った。


「こないだまで一緒に入っていたじゃないか」

「何年前の話⁉」


 小さな身体から全てを吐き出さんとばかりに大きな嘆息を吐くメグ。その様子を見て苦笑したブライアン氏は、メグの隣に座った。


「しかし、メグが元気そうでパパはとても安心したよ! 最近連絡もあまりくれなかったからね。心配してたんだ」

「連絡してないって言っても、ほんの数週間じゃん……あたしだって、色々と忙しいんだよ」

「デートでか?」


 一言で核心を付かれ、メグは唇を噛む。言い訳するよりも早く、口を開いたのはブライアン氏だ。


「メグ……遊びたい年頃なのはわかるけどね。君にはれっきとしたアンドレ君という婚約者がいるだろう? 遊ぶなら、女の子と――それこそ、ユイ=アバドンさんと遊べばいいじゃないか。黒髪なのが気になるけど、むしろ――」

「好都合とか言わないでよ? ユイはウチの事情に巻き込むつもりはないんだから!」


 ――今は、まだ。


 最後には、全部話そう――メグはずっと、そう決めていた。

 彼女が、あんなに好きだった相手を形の上とはいえ奪ったのだ。許されることでないことは、メグだって重々承知の上だった。


 それでも、そうしなくてはいけなかったから。

 そうしないと、もしかしたらもっとユイを不幸な目に遭わせてしまうかもしれないから。


 それなのに、全部片付いたら謝りたいとか、許してもらいたいということがエゴにすぎないことはわかっている。だから、それは自分を支える最後のワガママだ。


 ――だから、今は。


「アンドレ、余計な告げ口しやがって……」


 親指を噛むメグの手を、ブライアン氏はそっと下ろさせる。


「そう言わないでやっとくれ。僕が無理やり聞き出したことなんだ。彼はギリギリまで隠そうとしていたよ。それに、相手まではどんなに脅したところで、口を割らなかったしね」

「脅したの?」


 メグが半眼を向けると、ブライアン氏は苦笑した。


「なに。ほんとにちょっとオスカー社との取り引きについて話を持ち出しただけだよ」

「……パパ、最低」

「あの程度で屈するアンドレ君がまだまだということさ。実際、うちだってオスカー社との繋がりが切れてしまったら、大損害では済まないのだから。事の重要性の理解が足りないようだね――メグもアンドレ君も」


 それに、メグは顔を背けた。


「あたし、これでも平和主義なんだよ?」


 落としたトーンでそう告げると、ブライアン氏はメグの頭を優しく撫でる。


「メグにはツライ思いをさせることになるけれど……でも、これはエクアの存亡をかけた戦いなんだ。それに、君の存在意義を主張するためでの戦いでもある。それはわかってくれているよね?」

「……もしも、そんなことはどうでもいいって、あたしが言ったら?」


 メグは父の手を下ろし、顔を上げた。

 自分と同じ赤い瞳が、悲しげに揺らいでいる。しばらく見つめ合ったのち、ブライアン氏はメグを抱きしめた。


「そんな悲しいこと言わないでおくれ……メグ、僕は本当に君のことを娘として愛しているんだ。僕の、唯一の家族なんだ。わかってほしい」

「だったら、あたしのお願いきいてよ。あたしは誰も殺したくないし、死んでほしくもないんだよ。平和な世界で、好きな人に囲まれて、のんびり笑って暮らしていきたいんだよ」

「メグ……」


 少し顔を離した父親は、泣いていた。

 もう今年で四十五になるのだろうか。いい歳の大企業の社長が、愛娘を目の前にボロボロと涙を零している。


「ごめんね。そんな風に産んでしまって、本当にごめんね……それでも、パパはメグのことが大好きなんだ」

「矛盾してる」

「そうだね、ごめんね……」


 嗚咽しだす父親にウンザリするメグが何度目かわからないため息を吐くと、父親は背中を向けて目をゴシゴシと擦っている。そんな子供っぽい父の背に向かって、メグは話を切り替えた。


「ところで、パパとナナシ先生はどういう関係なの?」

「あ……あぁ。あいつ、今はそんな名前を名乗っているのか……伝説(レジェンド)だろう? あいつとは学生時代の友達さ……多分」

「多分って、曖昧な」


 こちらに向き直った父親は鼻まで赤かったものの、思い出し笑いをするかのように楽しげな顔をしていた。


「エクラディア学園の初代生徒会長があいつさ。そして、僕が副会長。まぁ、二人しかいない生徒会だったんだけどね。私財を散々吸いつくされながらも、今となっては楽しかったよ」

「それ、いいカモにされてただけなんじゃないの?」

「かもね。しかし相変わらず常識外な見た目しやがって。元から規格外なヤツだったが、二十年経ってもあの若さとは反則すぎるぞ」


 冷静にメグはツッコむものの、一人楽しそうに語るブライアン氏の表情は一切曇らない。


「卒業して連絡を取ろうにも、一切消息が掴めなくてなぁ……そっかぁ。無事に生きていたか。なぁ、あいつ子供がいるとか言っていなかったか? 昔、お互い娘が欲しいと話していたことがあったんだが」


 問われて、メグは首を傾げる。


「さぁ。ナナシ先生、自分のこと滅多に話さないし……でも、結婚しているらしいって、さっきクラスメイトが話していたのは聞いたなぁ」

「そっか。あいつも夢をちゃんと叶えたか……いつか、二人で呑めたらいいんだけどな」


 クツクツと笑いながら、ブライアン氏はベッドから腰を上げた。


「まぁ、遊ぶのも大概にな、メグ。長期休暇までは大目に見るから。アンドレ君にも、僕の方から話しておくよ」

「うん……ありがとう、パパ」


 ニコリとメグが微笑むと、ブライアン氏も同じように笑った。


「でも、そんなにメグが惚れ込むような男の子には僕も会ってみたいなぁ。結婚は許してあげられないけど、愛人とかなら一考の余地があるから――」

「パパ! そういうのは――」

「あと、モナ氏にももうちょっと愛想良くしなさい。あちらさんはとても大事な――」

「はいはい、もういいからさっさと帰ってよぉ!」


 メグがブライアン氏の背中を無理やり押すと、ブライアン氏は「ははっ」と笑う。


「それじゃあね、メグ。明日はよろしくね」

「はいはい、ちゃんと頑張りますよぉーだ!」


 いーっとベロを出して扉を締めてから、扉に背を預けながらメグは再びため息を吐く。


「ルキノ君を愛人なんてしたら、それこそユイに申し訳なさすぎるよ」


 ルキノのことも、別にメグは嫌いではない。

 見る人が見ればあんなにユイのことが好きなのに、それを頑なに、懸命に隠しているのはただのヘタレとしか言いようがないが、それでも話していれば、根が悪い人ではないということはわかる。


 ただキザで、見栄っ張りで、一途で、ヘタレな男の子だ。


 ――まぁ、それでもあくまで『友達として』だけどさ。


 だけど、メグはとっくに決めている。

 女友達も、男友達も、自分は利用するのだと。


「しょうがない……よね?」


 そう尋ねても、この狭くて殺風景な部屋には、誰も答えてくれる人はいない。

 

「だって、あたしはメグ=ブライアンなんだもん」


 彼女の悲しげな声は、ガタガタと窓を揺らす風の音が掻き消していった。 



 



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