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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
三幕 懸命実習

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令嬢の夜の仕事

 

 

 ◆ ◆ ◆



 メグの夜は長い。

 他のクラスメイトよりも幼く、また明日は大事な実習本番だというのに、日付も変わろうとしている時間にも関わらず、メグは父親に拘束されていた。


 ――汚い会議室。


 メグは自社のキラキラしている会議室と比べて、そう思う。

 灰色のコンクリート打ちっぱなしの部屋で、明かりはいつの時代の産物かと思うような裸電球。夜風が吹くたびに格子窓はキーキーと音を立て、目の保養の観葉植物やインテリアの一つもない。


 そんな部屋の中にいるほとんどのおじさん達すら、お洒落さの欠片もない軍服を着ているのだから、メグにとって面白いものは一つもなかった。その中で浮いているのは、学生服を着ているメグと、小洒落たスーツを着ている彼女の父親。そして、後ろで大人しく立っている落ち着いたスーツを着た女性の三人のみ。だからと言って、自分を除いた二名も知った顔なのだから、当然面白みなんてあるわけもない。


 つまらないのはもちろん、会議の内容も含めてだ。


「では、予定通り明日から正式に新兵器の導入を開始する。それでブライアン氏、例の件は本当に大丈夫なのですかな?」


 将官クラスの男に訊かれて、メグの父親であるブライアン社長は悠然と頷いた。


「えぇ、もちろんです。明日の夜にはきっと、皆様は歓喜の酒を私に振る舞っていることでしょう――なぁ、メグ」


 話を振られてしまい、仕方なく隣に座るメグもそれなりの顔を作り「もちろんです」と頷いた。全員の視線が、自分に集まっている。それでも、メグは令嬢としての微笑を崩すことはない。この程度の疑いの眼差しなど、恐くもなんともなかった。


 だから、メグは自ら、自分の知りたかったことを遠慮なく訊く。


「それで、念の為に確認しておきたいのですが……明日の暴徒の襲撃はどのくらいの規模を想定しているのですか?」


 その質問を、左官クラスの男が鼻で笑った。


「やっぱり怖いのですかな、お嬢さん?」

「被害は少ないに越したことがないかと思いますので」


 もちろん何も思わないわけではないが、相手するだけ時間の無駄だと判断し、メグは令嬢スマイルを続けたまま切り替えした。その即座の対応に左官クラスの男はつまらなそうな顔をしたものの、「さすが、ご令嬢はお優しいことで」嘆息した後、話し出す。


「予定暴徒人数はおよそ三百。襲撃予定箇所も十五ヶ所なので、単純計算でいけば百ずつといったところ。対して我々の基本的な(・・・・)戦力は、軍百五十に学生五十を合わせて二百。まぁ、素人同然の相手だとしたら、充分すぎる戦力でしょう。基本的に前方を正規軍で固めて、後方支援や補給場所の警護を学生たちにはしてもらうつもりですが……何かご心配やご不満はおありですかね?」


 ――厭味ったらしい目。


 顎を少し上げて尋ねてくるしゃくれ顔に、メグは嫌悪感よりも同情にすら呆れを覚える。自分の見た目や年齢で馬鹿にしてくるのだろうが、それをこんなにわかりやすく行う人が、この先出世するわけはない。それは、生まれてから父を通して、大企業を上から見下ろしてきたゆえに得た勘だ。


 メグは手元に配られていた資料にザッと目を通す。今受けた説明は、この書類にも書いてあること。自分と仲の良い人たちが、同じグループに所属されるように父にお願いしておいたことがちゃんと叶えられていることを確認した上で、メグは表情一つ変えずに、資料に書かれていないことを訊いた。


「一般市民の避難誘導はどうするつもりなのですか?」


 その質問で、会議室内にクスクスと小馬鹿にするようなざわめきが発した。笑っていないのは、メグと、父親と、女教師だけ。メグは笑っている者たちの中で、一番位が高いであろう将官クラスの髭男に視線を向ける。


「何がおかしいのですか?」

「いえ、お嬢様はお優しいなぁ、と――ですが、市民(・・)が暴動起こしているのに、その保護というのは矛盾していると思いませんか?」


 それに、メグは黙った。

 もちろん、メグとしては暴動とは無関係な市民の扱いを訊いたのだが、軍の総意としては、この町全員を暴徒という扱いにするらしい。


 つまりそれは、町の全員を容赦なく駆逐するということ。


 ――イカれてるんじゃないの?


 端的に、メグはそう思う。なぜなら、本当に全市民が暴動に参加するわけなんてないのだから。このような運動に参加するのは、たいていが気性の荒い大人のみ。人間というもの、どんな事案であれ全員が同じ方向を向いているわけはないのだから、当然暴動に賛成も、参加もしない者もいるはずなのである。


 ――馬鹿すぎる。


 しかも、暴徒の要求は労働時間の削減と税金の削減。資料に記載されている文章には『妥当』と書かれているものの、どう見ても仕事が終わったらもう寝る時間すら残っていないような数値と、低給与しかもらっていない労働者に払える金額が書かれている。ここにいるエクアのお偉いさんたちだって、こんなに働いてはいないだろう。少なくとも、エクア随一の大企業社長の睡眠時間は、彼らの倍である。


 だけど、メグはそれを言えない。残念ながら、それを覆せるような立場ではないから。自分は、ただ父親(ブライアン社長)の備品にすぎないのだから。


 だから、仕方なくメグは微笑む。


「そうですね。パパ、メグちょっと疲れちゃったのかも」


 隣に座るブライアン氏に甘えるように媚びると、ブライアン氏も「仕方ないなぁ」と嘆息して代わりに話をまとめた。


「では、娘もこう言っていることですし、会議もここまでということで。明日は我らエクアの空に素晴らしい栄光が輝かんことを!」

『輝かんことを!』


 ――輝くわけないじゃん。


 明日の成功を祈る掛け声を共に発しながら、メグは胸中毒づいた。


 人が三百人以上死ぬ予定なのに、何おかしなことを言っているのだ――と。





「メグさん。お疲れ様です」


 その女は、メグが父親と共に会議室を出た直後に話しかけてきた。

 紺色のたおやかな髪に、落ち着いた物腰は大人の女性そのもの。だけど、メグはこの女が心底嫌いだった。ヘラヘラと八方美人な女が嫌いなのだ。


 ――ブーメランなのはわかっているけどね。


 その女に、父親は笑顔で大人の対応をする。


「いやいや、そちらこそこんな遅くまでお疲れ様です。そちらの準備も万全ですかな?」

「えぇ、もちろん……今回の基本的な指揮は、部下に任せておりますの。まだかなり若いのですけど、とても優秀な子でして。私ももちろん補佐はするつもりですけど、彼に任せておけば全て予定通りに事が進むはずですわ」


 その女の絶賛具合に、ブライアン氏も感嘆の声を漏らす。


「ほぅ……若いということですが、まだ学生だとか?」

「そうですね。学生ではありませんが、年齢でいえばメグさんと同じくらいかと。それこそ、彼のお兄さんがエクラディア学園に通っておりますのよ。お兄さんもかなり優秀だとか」

「それは素晴らしい兄弟ですな。メグ、心当たりあるか?」

「パパぁ。もうメグ眠たいよぉー!」


 メグがツンツンと父親の袖を引きながら唇を尖らせると、そのブライアン氏は鼻の下を伸ばす。


「あーもう、メグは仕方ないなぁ。それじゃあ、モナさん。明日のご健闘を」

「はい、ありがとうございます。メグさんもご武運を」


 礼儀正しく頭を下げられては、令嬢という立場の上、こちらも返さざる得ない。


「ありがとうございます。こちらこそお手柔らかにお願いします」


 こうして頭を下げ合って、メグはそそくさと踵を返した。


 ――今日の茶番は、あと一山か。


 一人で休むには、もう一難関待っている。それを考えて、メグはニコニコ顔の父親にバレないように、コッソリとため息を吐いた。





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