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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
三幕 懸命実習

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緑のジャージの後継者





 道中、二人の間に特別な会話は何もなかった。


 ときたま、ルキノが「大丈夫か?」と訊いてきては、ユイが首を縦に振るだけである。砂嵐がひどくて、会話どころではないのもあった。


 だけど、ルキノはずっとユイの腰に手を回して、ユイが転ばないように、歩きやすいように支え続けてくれた。強風が吹く時は、サッとユイを背中に隠して、盾になってくれたのだ。


 呼吸がままならなかったのは、嵐のせいだけではないだろう。


 くねくねと角のたびに曲がり、もはやどの方向に向かっているのか、ユイには検討もつかなかった。だけど、彼が支えてくれる手が頼もしく、ユイは不安を微塵も感じない。浮浪者たちの不審な視線に、たまに顔をしかめるものの、そういう時に限って、ルキノは力強く手を引いてくるのだ。


 そんなこんなで、終始顔を赤らめていたユイが目的地に着くやいなや、すぐに指を差して笑われることになった。


「オレ、こんなの見たことあんぜ! あれだろ? 物陰から出てきたら、バアッとそのマント広げるんだろ⁉」

「広げないわよっ!」


 ユイはゴーグルを外すと、それをタカバに投げつける。色々な鬱憤も込めて投げつけたのだが、緑のジャージに身を包んだタカバは、片手でそれをあっさりと受け取ってしまった。八重歯を見せて、ニヤリと口元を歪ませる。


 ――あーもう、ムカつく!


 そこは、巨大な倉庫だった。広さは、学園の運動場程度はあるだろう。

 半ば溶けかかっているような状態で固まったコンクリートの壁の中に、所狭しに武器が並べられている。小型の銃火器から大砲型の装置まで、その種類は様々だ。


 どうやら自分たちの仕事は、それを指定された通りに、整理整頓しなければならないらしい。

 えっちら、おっちらと、それぞれ動きやすい服装に着替えたクラスメイトが、少しずつ移動させている。


 大抵の生徒は、学園で支給された水色の戦闘服を着ていた。ジャージよりも防水性や防御性に優れた、光沢感ある硬質な生地のものである。関節の部位には特別な設計がされているため動きやすく、見た目も軍服に酷似していた。色が白いか、青いかくらいの違いである。


 その中でなぜか一人だけ、部屋で着るようなジャージを着ているタカバが、ユイをからかうことに満足したのか、真顔で訊いてくる。鼻には、やっぱり絆創膏が貼られていた。


「んで、攻殻機兵鎧(アーマードスーツ)借りられたか?」


 それにユイはマントを脱ぎながら、首を横に振る。


 ――罵られるかしら?


 その懸念に、視線を逸らさずを得ない。


 どう見ても、ここに置かれている備品の中には、人の手では運び切れない大きさの物もあった。戦車に取り付けるレーザー砲もあるし、扉サイズの盾も山のように積まれている。今にも朽ちそうとはいえ、堂々とジェット戦闘機すら置かれていた。それは処分となるのだろうが、押して外に出すとはいえ、何人で取り掛かっても素手では難しいだろう。


 しかしユイの予想に反して、タカバが口角を上げる。


「だろうなァ……さすが、劣等種だぜ」

「ちょっと、それってどういう意味よ?」

「だから、予想済みだって言っただろう?」


 後ろで咳き込みながら、ルキノがユイの肩を叩いてきた。彼の制服は、砂だらけだった。所々傷もあり、修繕が必要だろう。顔や手にも、細かな傷がたくさん付いていた。

 その姿を見て、ユイは思わず心配する。


「ルキノ……大丈夫?」

「何のことだい?」


 しかしルキノはシレッと言い切り、ボサボサになった髪を掻きむしる。いつものセットされた髪型とは違い、その無造作な髪型が色っぽい。作業の手を止め、こちらを見ている女生徒が何人もいた。


 ルキノはそんな視線を意ともせず、


「タカバ、例の物は見つかったかい?」

「おー、ちゃんとテメェの言う通り、ちゃんとあったぜ」


 タカバが親指で差した背後には、重そうな布で覆われた一山があった。


 その上で、ナナシが座禅を組んでいる。胡坐よりも股関節を広げている座り方が一見辛そうだが、ナナシは何ともない顔でいつも持ち歩いている本に黙々とペンを走らせている。白衣姿と便所サンダルもまた健在だ。


「あいつは何をやってるの……?」


 半眼でユイが尋ねると、タカバはなぜか怒ってきた。


「何って、先生にはオレらが頭を下げまくって、あそこに座ってもらってるんだぜ⁉ 失礼なこと言うんじゃねェーよ!」

「はぁ……?」


 ユイが生半可な返事をした時、倉庫の奥から、軍服姿の兵隊が二人やって来る。

 彼らが何やら、ナナシに話しかけていた。

 少しだけ顔を上げたナナシは首を振るものの、それでも、兵隊は何かを訴えている。

 つまらなそうにそれを聞いていたナナシが、口を開いた。

 すると猛烈な勢いで、兵隊が逃げ帰って行く。


 だから、ユイは今一度訊いた。


「何よ、あれ?」


 ますます顔をしかめると、ナナシがユイの方を見て、芝居がかった素振りで呼びかけてくる。


「おぉ! エクアージュよ!」


 それにユイは辟易としつつも仕方なく歩き出すも、呼ばれてもないのに、タカバは喜々としていち早く駆け寄っていく。


「なぁなぁ、ナナシ先生! このジャージすげェーな! すげェー動きやすい!」


 ドンドンと飛び跳ねるタカバが鬱陶しいが、思わずユイは訊いてしまう。


「え、何そのダサいの。ナナシが貸したの?」

「ダサいとはナンセンスだな、エクアージュよ! これは古来より伝わる伝説のジャージなのだぞ‼」

「まぁ、確かにユイのセンスにも、疑問符を浮かべたいところだね」


 ナナシの台詞に、ルキノが苦笑する。それにユイは腕を組んで、横目で睨んだ。


「それは、いつのことを言っているのかしら?」

「聞きたいのなら、答えてあげてもいいけど……僕は、やめておくことをお勧めするよ」

「なら、そういうことは言わないでくれる?」

「それは失敬」


 そうと言うものの、ルキノの顔に反省の色があるわけもなく、


「小僧のくせに私の話を遮るとは、どういうつもりだ?」

「なら、この伝説にジャージにはどういう謂れがあるのですか?」


 ナナシの静かな怒りにも、微笑を浮かべながら綽々と返す。


 ――やっぱり、いつものルキノか。


 迎えに来てくれた時の様子や砂嵐の中での過剰なエスコートに、ユイは違和感を覚えていたものの、どうやら気のせいだったようで。


 ――私なんかのこと、特別扱いしてくれるわけないものね。


 ナナシに軽く喧嘩を売っているような発言と併せて、ユイは苦笑を漏らす。きっと、実習で気合が入っているのだけなのに、自分が過剰に反応してしまっただけなのだ。


 複雑な顔で視線を逸しているユイをよそに、ナナシは胸を張って話していた。


「そのジャージはな、私が妻に出会った時に着用していたものだ。妻に『そのいい感じにダサい格好について教えてもらえると嬉しいのだけど』と頼まれたのがキッカケで、あれよあれよという間に、相思相愛になったのだ!」

「すげェー! これを着てたら、オレも相思相愛なれっかな?」

「それは貴様次第だな!」


 ナナシとタカバは楽しそうに会話をしている後ろで、ユイとルキノは顔を見合わせた。

 お互い、言葉は出なかった。だけど、何回もまばたきし合うことで、通じ合うこともある。


 ――こいつ、結婚してたの……⁉


 ナナシの実年齢は定かではないが、見た目年齢は二十代半ばから後半。寿命が短いエクアでは、結婚適齢期である。そして、見た目は綺麗な白髪に金眼の、かなりの美丈夫。学力、実力ともに、常人を逸脱しており、稼ごうと思えば、きっとあらゆる手段で稼ぐことが出来そうな――そんな男ならば、寄って来る女はいくらでもいるだろう。


 しかしそれは、黙っていればの話だが。


「はっはっはっ、だがしかぁーし! 貴様に我が妻のような神々しい女性を、捕まえることができるかなぁ⁉」


 倉庫中に響き渡る哄笑をどこでもあげるような変人に、付いてくる女の顔がユイには想像できない。


 とりあえず、やる気と情熱に燃えるタカバの尻を蹴り飛ばして、ユイはナナシに半眼で尋ねた。


「で、あんたは何をしてたのよ?」

「何とは失敬な、エクアージュよ。私は貴様のために、ここで番をしていたのだぞ」

「番?」


 首を傾げるユイに、ナナシは「うむ」と頷く。


「小僧が、これを死守すれば、エクアージュが泣いて喜ぶというのでな。小僧ごときの助言を真に受けるのは屈辱的ではあったのが、エクアージュのためなら、たとえ火の中水の中森の中。学生への嫌がらせを好む下賤な者どもに対して、奴らの母親のほくろの数や、父親の不倫の情報を武器に、戦っていたのだ!」

「……確かに、あんたを敵に回したくはないわね。できれば、他人くらいの距離でいたいところだわ」


 思わず漏れた本音を、咳払いで誤魔化して、ユイはナナシの下の布を少しめくってみた。


「それで、これは――?」


 それを見て、ユイは目を見開いた。

 喉から手が出るほど欲しかった攻殻機兵鎧(アーマードスーツ)の部品。錆びや、配線が切れている箇所が多々あるものの、五着分はあるだろうか。これだけあれば、かなり作業がはかどるに違いない。


「喜んでくれたかい?」


 得意げな顔で澄ましてくるルキノに、ユイは苦笑を返す。


「でも……このままじゃ使えないわよ? 修理するといっても、いくつか新しい部品も準備しないと……」


 その時、倉庫の扉がガラッと開いた。

 重そうなリュックを背負った小柄な少女は重い扉を一生懸命閉めると、こちらを向いて嬉しそうに微笑む。


「あ! ユイ、ルキノ君、お帰り!」


 小動物のように駆け寄って来る彼女がフードを外すと、赤毛がリズミカルに跳ねている。ユイを見上げてニコリと微笑んだメグは、躊躇わずユイの服を手で払いだした。


「あーあ。ユイ、砂だらけだねぇ。怪我はしなかった?」


 それに、ユイは顔をしかめる。

 未だに、この子が調子に乗って話しかけてくる意味がわからない。


 そんなユイの表情を見て、メグが苦笑した。


「とりあえず、ユイが無事でよかったよぉ」

「メグ、僕の心配はしてくれないのかい?」


 腰に手を当てて、嘆息するルキノ。メグは上から下まで、一通り傷だらけの彼を見ては、


「美青年が台無しだねぇ」

「他の女子の視線を見ると、そうでもないと思うけどね。こう……ワイルドな魅力とか出てない?」

「浮浪者の間違いじゃないかなぁ?」


 ケラケラと笑うメグが、とても楽しそうだった。


 ――これが、彼氏彼女のやり取りってやつか。


 タカバが悔しそうに拳を握る横で、ユイも視線を逸らす。


 彼らの談笑を止めたのは、ナナシだった。


「小娘、予定のものは買えたのか?」

「はい、この通り」


 メグはリュックを下して、中身を取り出した、

 新品のコードである。他にも、ヒューズだったりナットだったり、大小さまざまな部品が詰め込まれている。修理に必要な工具までも完璧に揃っていた。


 それに、ナナシが感嘆する。


「ほう……あれだけの低予算で、よくもここまで揃えられたな。この地域で新品の部品など、希少価値が高いのではないのか?」

「最初は足元見られちゃって、一目で使えないと分かるようなのしか出してくれなかったんですけどぉ……ルキノ君の言う通りにしたら、ジャンク屋のおじさんが簡単にイイモノ出して、しかも値引いてくれたよ?」

「何をしたのよ?」


 思わず尋ねたユイに、メグは自分の口元に人差し指を当てて笑った。


「それは秘密! でも、これだけあれば修理できるよね?」


 そして、ユイに対して自慢気な顔でそう訊いてきて、


「私が……修理するの?」

「このクラスの中で一番その手の仕事が得意なのは、君だろう?」


 ルキノが言いながら、リュックの中のドライバーをユイに差し出す。


「でも、私まだ挨拶周りがたくさん残っているのだけど?」

「そんなものは、もちろんこのサブリーダーたる、この僕がやっておくさ!」


 ――いつの間に、そんな役職出来たのよ……。


 呆れるユイに対して、ルキノは片目を閉じた。


「どうせ、君なんてちょっとした嫌味や喧嘩を買ってきちゃうだけだろ? ここは適材適所でいこうよ」

「確かに、ユイはすぐ喧嘩を買うよね」

「メグちゃんに同感! すぐに手や足が出るしな!」


 ――そりゃ、交渉とか何一つできないけどさ。


 慣れない事もそれなりにやってみようとしたのに、この仕打ちである。

 だけど、ナナシが退いた下から出てくる、壊れた攻殻機兵機(ガラクタ)の山。だけどユイにとっては宝の山であるそれを見ると、ユイはゾクゾクとした笑みを零しそうになってしまう。


 だから、それを必死に隠しつつルキノの差し出したドライバーを受け取ろうとした時だった。


「メグううううう! パパだよおおおおお!」


 そう叫びながらやって来たのは、軍服を着た者ではなく、ライトグレーのスーツを着た紳士だった。背は男性にしては低めで、ユイと同じくらいだろうか。赤いひげが短いながらも揃えられた、色気のあるオジサマだった。


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