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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
三幕 懸命実習

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悪戯の王道





 ユイの足が、教室の前で止まっていた。


 昨晩はナナシとの作戦会議に没頭しすぎてしまい、少しだけ寝坊をしたのだ。

 それでも食事を摂り、身なりもキチンと整えて、ほんの少しばかり教室に着くのが遅れた――その程度の時間。


 今日は珍しく天候モードが節電設定されているらしい。どんよりとした灰色の空は、ユイの心を落ち着かせた。髪が黒くても、青空の下よりは浮かない気がするのだ。


 だけど、他の生徒は違うのだろう。今日は広場で遊んでいる生徒もおらず、窓から見える風景は寂しげだ。代わりに、教室の中からこちらを見る視線が多い。ヒソヒソと話している雰囲気が、ユイの足を止めていた。扉が少し開いているおかげで、その音が漏れ出ているから余計である。


 その隙間の原因は、少し視線を上げれば明白だった。扉の隙間に、手のひらより少し大きな、白にまみれた長方形状のものが挟まっているのだ。本来ならば、上半分は茶色で、下半分は紺色の形状であるはずの物が、今は白く汚れている。掃除されていない『黒板消し』というものだ。


 チョークの粉まみれのそれが、扉の上に挟まっている。


 ユイがそれに気付かず扉を開けたら――彼らがそれを狙っているのは、明白である。


 ――はてさて、どうしたらいいかしら?


 あまりの滑稽さに、ユイは苦笑を隠せない。


 もちろん、気付いてない振りをして、頭がチョークまみれになるのは論外。

 手だけ伸ばして扉を開き、黒板消しを空振りさせる――それが無難だが、どうにも面白味にかける。

 魔法で強風を吹かせて、黒板消しを主犯であろうタカバにぶつけるという案もあるが――なぜ風が吹いたのかと騒がれると面倒だ。


 そんなことを思案していると、ユイの肩がトントンと叩かれた。


「朝から何を無駄に考え込んでいるんだい?」


 ルキノである。外からの光が少ないにも関わらず、彼の髪は今日もキラキラ輝いていた。先日の傷が消えた完璧美形の彼の顔が、呆れた様子ででユイを覗き込む。


「ほんと、君は可愛くないね。どうして、いつも僕を頼らないんだ?」


 小さな声で嘆息すると、ユイが顔を赤らめているのを意ともせず、彼は扉を開いた。


 彼の頭に、黒板消しがスポッと直撃する。白い粉がキラキラを舞い散る光景が、無駄に綺麗だった。


「おはよう、みんな。これで、少しは楽しい朝になったかな?」


 床に落ちるよりも早く、ルキノは黒板消しを掴み、片手で弄ぶ。チョークの微細な粉がわずかな光を反射させ、ルキノの髪がより一層煌いていた。


 黄色い歓声は、ルキノの不幸を批難する声か。はたまた、ルキノの美しさが増したことに対する賛辞か。


 どちらにしろ、ルキノが女子に囲まれるのは一瞬だった。ルキノの髪を払ってあげたり、ハンカチを手渡したり、少しでも彼に近づこうとする彼女たちの必死さに、ユイは尊敬の念すら抱いてしまう。


 ――そういえば……私は彼に好かれようと、何かしたことあったかしら?


 そんなことを考えながら、ユイは彼の後ろを何も言わずに通りすぎ、自分の席に座る。すると、隣の机に腰かけているタカバが、つまらなそうな顔で見下ろしてきた。未だに貼られている鼻の絆創膏が、彼の内面の幼さを物語っているようである。


「なぁ、つまんねェーんだけど?」

「わざわざ言わなくても、ちゃんと顔に書いてあるから大丈夫よ?」

「なんでテメェが、引っかからねーんだよ? ナナシ先生に伝授してもらった、秘伝の技だったんだぜ?」


 ――ろくでもないわね、あの教師……。


 さらにろくでもないことに、どうにもあの偏屈教師のナナシは、タカバのことがお気に入りらしい。

 そしてタカバも、デートを尾行した時に助けてくれたナナシがあまりに強かったと、感銘を受けたとのこと。


 この数日、両者からそんな話を聞いているユイは、どうにも首を捻ることしか出来なかった。


 ――ナナシって、強いってより変人のイメージが先行してしまう気がするんだけど。


 それでも、休日にも関わらず、エクティアタワーでの事件からクラスメイトを助け、さらに授業も面白い先生として、着々とナナシの株は上がっているようである。


 そんな先生は、今日も予鈴と共に教室に現れる。長い白髪を一つに結わき、ゆるっと白衣を身にまとった長身の便所サンダル男は、今日もペタペタと教壇の前に立った。喋りだす前に、小脇に抱えてた重そうな本をドンッと教壇に置く。


 生徒たちは各自ワラワラと慌てて席に着いた。


「起立、礼! 着席!」


 そしてルキノの洗練された掛け声に従い、いつも通り挨拶をする。


 ただしいつもと違うことは、ナナシに付添人がいることだった。

 緩やかになびく青い髪を腰まで伸ばした女が、号令に合わせて軽く会釈をする。しかしながら、本を抱えている姿はオドオドとしていた。薄灰色のスーツがどうにも冴えないその女は、数年前までユイたちの授業をしていた先生だった。担当教科は歴史。授業がつまらないことで有名な、モナ先生である。


 ナナシが改めて、両手で教壇をバンッと叩く。


「では、今日は三日後の実地訓練の説明を行う!」


 それに、ユイは嘆息した。


 面倒なことに、軍事クラス最終学年では、定期的に実地訓練という名の実習が行われるのだ。

 現場での適性を図るための実体験。また、このクラスの多くの生徒がお世話になるだろう、軍人たちへの挨拶代わりみたいなも兼ねている。優秀な生徒はここで目を付けられ、一足早く就職先が決まったりもするらしい。

 

 就職活動は死活問題。軍よりも多少穏やかな政府警察(エクアポリス)や全く関係ない企業へ就職するという選択肢もあるものの、危険が多いとされる軍に志願する学生はそれなりに多い。その分、金銭面や福利厚生が優遇されているのだ。


 ユイとしても本当は、軍の科学班が第一希望の就職先だった。高待遇の割に、その勤務内容は武器の研究開発などの室内業務。前線に出ることが少ないのだ。


 だとしても、ユイにとってはこの訓練は面倒でしかなかった。


 ――本当に世界を破滅させちゃったら、将来も何もないものね。


 かといって、今のユイとしてもこの目的のために、この実習で為すべきことはある。昨日もナナシとそのための会議をしていたのだ。ただ、生徒としての責務はないので、ナナシの熱弁を聞き流していた時だった。


「今回の実地のリーダーを、エクアージュに任命する!」


 ナナシの差し棒が、ビシッとユイに向けられていた。


「……えっ⁉」


 ユイはとっさに机を叩いて立ち上がる。クラスメイトの視線が集まるが、それどころではない。


 ――ちょっと、予定と違うじゃない!


 昨晩ナナシと立てた予定では、この実習でユイは地味な仕事に回り、ふと姿をくらませ、巨大施設を破壊する作戦を実行する手筈てはずとなっていたのだ。


「なんだ、エクアージュよ。聞いてなかったのか?」


 このユイをエクアージュと呼ぶ言動は、もう自然なことになっていた。先生に名前すらまともに呼んでもらえない哀れな黒髪――どうやら、そういうことになっているらしい。事実その通りであるがゆえ、ユイもそれを否定する気もなかった。どういう理由で笑われようとも、黒髪が他の色になるわけではないのだ。


 だけど、さすがに今はその笑いも起きなかった。誰もが静まり返る中、ユイだけ声を荒立てる。


「聞いていないと言えば、聞いてないけど、私は――」

「ずいぶん余裕ではないか。それなら、リーダーも余裕だろう?」


 口角を上げるナナシに、ユイは顔をしかめた。


「いや、それとこれとは話が違うでしょ⁉」


 そうだ、話が違う。だけど、それはここで話せる話ではない。


 ――ナナシに遮られなければ、余計に怪しまれるところだったわね……。


 と感謝しかけて、ユイは首を振った。そもそも、ナナシがこんなことを言い出さなければ、こんな事態になっていないのだ。


 ともあれ、今この場でナナシを問い詰めようとも、話は慎重に進めなくてはならない。


「聞いていなくても……西部のランティス地方で起きた、暴動事件のことですよね? マナ施設付近の地域だから、軍が鎮圧しようとも、派手な行為が取れずに時間がかかっているという……」

「そうだ。ちゃんとわかっているではないか。ならば、リーダーであっても問題はあるまい」

「問題あるでしょう⁉」


 問題はある。色々とある。


 ユイの事情をさておいて、クラス全体が感じている違和感。その違和感の元である本人が、手を挙げて、立ち上がった。


 ――そうよ、あいつがいるじゃない!


 ルキノの凛とした声が響く。


「どうして彼女なのでしょう? 確かに、ユイは優秀です。ですが、一番ではないはずです」


 総合成績トップで特待生。人望もある生徒会長。

 そんな人物がクラスにいるのに関わらず、ちょっと学問の成績がいい程度のユイがリーダーなど、誰が見ても違和感しか残らない。


 しいてあげるならば、飛び級で進級したメグがいるが、総合成績ではルキノに一歩劣る。そして、学業以外の活動は何もしていない。


 実地訓練のリーダーとなれば、現役軍人と直接やり取りする機会もある。顔を売るには絶好の機会なのだ。ルキノだって、そのチャンスを逃したくはないだろう。


 だからこその抗議を、ナナシは一蹴する。


「だが、貴様はエクアージュではないだろう?」

「……そうですね。僕の苗字は、たしかにエクアージュではないですが」


 色々と言いたいのを堪えて、ルキノが言葉を返す。


「男ならば、潔く諦めるんだな!」

「そんな理由で、どうやって諦めればいいのですか⁉」

「……小僧は将来、婚約者の父親に結婚を反対されたら、どうする?」


 突如、ナナシは真剣な顔で、ルキノにそう尋ねた。ルキノは一瞬怪訝な顔をするものの、即答する。


「何回だって、お願いしに参る所存です!」

「たとえ、殴られてもか?」

「無論、顔の形が変わることになっても、諦めません!」


 潔い返答に、教室に感嘆の声が響く。特に、女生徒からの悲鳴にも似た黄色い声が、際立っていた。

 その中で、ユイは静かに席に着く。


 ――なんか、話が変わってない……?


「いい返答だ! だが、今回は諦めろ!」


 ルキノに親指を上に立てて褒めるものの、考えは変わらないようで。


「嫌です! リーダーの座だろうが、結婚だろうが、僕は絶対に諦めません!」


 そんな下らない押し問答を止めたのは、頼りのない女教師の一言だった。


「あの……リーダーを支える影役者というのも、しっかりと評価されるポジションだと思いますけど……」


 ルキノの耳が、ピクッと動いた。そして、深々とため息を吐いた後、


「ユイ!」


 ただでさえ通る声を響かせて、名が呼ばれる。

 ユイがビクっと肩をすくめると、振り返ったルキノの表情が歪に微笑んだ。


「僕が……全力でサポートしてやるから、安心してくれていいからな!」


 その顔が、全力で悔しそうで。

 譲れるものなら譲りたいと、ナナシの顔を窺ってみるものの、


「無論、私の決定事項に反しようという者がいるのなら、命や成績がないものと思うことだな!」


 教師の命令は絶対、ということらしい。高々と哄笑するナナシに、


「わかりました……謹んで、引き受けさせていただきます……」


 ユイはため息交じりに、そう答えた。





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