女装坊っちゃんからの届け物
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ユイが目を開けると、見慣れた天井があった。カーテンの隙間からは清々しい朝の光が差し込む。
ユイは身を起こし、その場所を見渡した。
「私の……部屋?」
そこは馴染みのある所だった。無論、自分の部屋なのだから馴染みがあって当然なのだが。
いつも整理整頓されている部屋が少し乱れている。昨日は朝早く出かけたものだから、片付ける時間が足りなかったのだ。その時と、部屋の様子に違いはない。
ユイの記憶はあのレストランで途切れているが、時計を見ると、日付はあの翌日。ちょうど朝ごはんを食べに行く時間だ。
だけど、ユイに食欲はなかった。頭が重く、胸焼けがする。
「……お酒なんて、飲んでないはずだけどね」
そもそもまだ未成年なので飲酒する権利はないのだが、ユイは自嘲しながら布団をはぎとった。
ユイが自分の恰好を確認すると、服装は白いタンクトップと、ミニスカートのままだった。全身煤だらけな上肌がベタついており、尋常ではない不快感。しかしどこにも怪我はなく、火傷の痕もなかった。特別、痛い箇所もない。
念の為に服を脱いでみると、へその上に小さな傷痕がある。だけど、それは今回のものではない。小さい頃に、銃で撃たれたときのものだった。
ユイは、その小さな傷をなぞる。
「乙女の柔肌に、これ以上傷を残すようなことするんじゃないわよ」
それは、自分への皮肉。ルキノを庇った時の自分に文句を言いながら、ユイはサイドテーブルに置かれていた小型通信機を手に取る。そこには、ユイが持って返ってきた覚えのないカバンも置かれていた。中身はあとで確かめるとしても、これもまた一見おかしな所はない。
調べるのは、昨日のニュース。
目的の記事は、すぐに検索できた。エクティアタワーの謎の延焼。タワー全体に炎が上がったとはいえ、空からの消炎剤により鎮火はあっという間だったらしい。被害者は素早い救援のおかげで五十人程度。エクバタ内の通信障害が数時間起こったようだが、企業区画で生きていたサブ通信塔のおかげで、現状その被害はほとんどないという。エクティアタワーの復興も今朝から急ピッチで始まっているとのこと。
さらに、各地の反政府組織による爆破事件も大した被害はなかったそうだ。メサイアと名乗っていたとはいえ、その実行犯は下っ端や雇われたチンピラばかり。取り調べでもまともな供述は出てこなかったという。しいて上げるならば、まだ販売されていない種類の爆弾が使われていたとのこと。だが、そのことについても犯人たちは「メシア様からお預かりしただけ」と述べているらしい。
トップの記事には、赤く燃え上がるタワーの写真も大きく載っていた。
「そうそう簡単に、世界は滅んじゃくれないか」
ユイはベッドに小型通信機を投げ捨てる。
どうやって部屋に戻って来たのか、記憶は定かではない。この記事だけでは、誰が被害に遭ったのかはわからない。
カバンの中にはチンピラたちが使っていた不発弾が残っているはずだが、それを調べる気にもならなかった。とりあえず、ユイはシャワーを浴びたかった。早く、色々と洗い流したかったのだ。
浴室に向かおうとすると、コンコンとドアを叩く音に、ユイは顔をしかめる。
――ナナシだったら、マナー守るはずがないわよね。
その絶対的な確信を元に、ユイは警戒してゆっくりとドアまで歩く。そして、ドアに耳を付けた時だ。
「は……早く開けてくれたまえ、黒髪の乙女よ。このオスカー財閥の御曹司たるアンドレ―=オスカーといえども、この姿で見つかってしまうのはいささか恥ずかしいッ!」
それは、少年の声だった。ユイは慌てて部屋まで戻り、ベッドの上の小型通信機を開く。そして、自室の入口に付けた盗撮カメラをチェックすると、そこには制服のスカートを履いている少年の姿があった。女子寮なので、普通に男子禁制。だからといって、もちろん女装すれば乗り込んでいいものでもない。
――坊っちゃんなにしてんのよ⁉
ユイは涙を浮かべた不自然な恰好の後輩に同情しつつ、慌ててタンスから取り出した大きめのカーデガンを羽織った。そしてドアを少しだけ開いた隙間から、顔だけ覗かせる。
すると、
「いいかい、黒髪の乙女よッ! ボクはちゃんと麗しの幼馴染の使いは果たしたからねッ! あとできっちり、キミからもボクが頑張ったことを彼女に報告しておいてくれたまえッ! そしてなにより、このアンドレ=オスカーにこのような女装趣味はない。あくまで麗しの幼馴染にどーしてもと頼まれただけなのだ。そのことは片時も忘れないよう頼むッ‼」
早口でそう言いながら、ユイにピンクの封筒を押し付けて、彼は慌てて走り去ろうとする。しかしすぐに、思いのほか華憐な後ろ姿が振り返った。
「ところで、何かイイコトでもあったのかい?」
「え?」
「まぁ、朝から笑っているのは良い事さッ! では、そのまま楽しい一日を過ごしたまえッ!」
そう片手を上げると、今度こそ彼は逃げるように去って行く。
「なんだったのかしら……?」
ユイは苦笑しながら扉を閉め、受け取った封筒を見る。可愛らしいピンクの封筒には、丸文字で『ユイへ』と書かれている。ユイには、その字に見覚えがあった。
「そりゃ、そうよね」
手書きなどという文化が廃れているとはいえ、友達ならではのやり取りの中で、彼女の字は何回も見たことがあったのだから。
そして、ユイは扉に背を預けながら、封筒を開ける。封筒には二枚の便せんと綺麗に洗濯されたハンカチが入っていた。
―――――――――
ユイへ
具合はいかがですか?
昨日はびっくりしました。まさか、ユイとタカバ君が、あたしたちの後をつけているとは思ってもいませんでした。しかもサングラスに金髪……けど、ユイはスタイルいいから、何でも似合うよね。
洋服店の裏でユイのハンカチを拾ったので、同封しておきます。
タカバ君から聞きました。
ユイが、レストランで起きた爆発を知って、あたしたちを助けようと来てくれていたんだよね?
ありがとう。
でも、そのせいで火事に巻き込んでしまってごめんなさい。間一髪のところで、ナナシ先生が助けてくれたそうで、本当に安心しました。あたしとルキノ君も、ナナシ先生が助けてくれたんだよ。危険を省みず生徒を助けた先生は、今や一躍有名人です。ナナシ先生、おかしいところもあるけど、けっこう頼もしいよね。
ナナシ先生からユイの無事を聞いて、今、こうして手紙を書いています。
タカバ君も、駆けつけてくれたんだよ。あたしたちやユイの無事を知って、男泣きしてました。
やっぱりタカバ君はオススメなんだけど……そんなの、もうあたしには言う権利はないのかな?
わがままだとは思いますが、これからも、ユイとは友達でいれたらいいな、と思っています。
また、教室で会えることを、楽しみにしています。
メグより
―――――――――
「ナナシのやつ、なに余計なことしてくれてんのよ……」
無駄なことをしてくれたナナシに対して毒づきつつも、肩の力を抜く。そして、見慣れたハンカチにユイは何も言うことが出来なかった。タカバの唾が付いたから、どのみち捨てようとしていたものだ。それを拾ってわざわざ選択までしたメグを思うと、ユイの胸は余計に重くなる。
「馬鹿……」
小さく毒づいて、ユイは二枚目の便箋に目を通した。
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追伸
レストランに来る最中に、リュリュちゃんの着ぐるみを着た人に会いませんでしたか? その人にお礼を言いたいので、もしも、知っていることがあれば、教えてください。
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その文字を見た瞬間、ユイはすぐさま一瞬前の自分を後悔し、
「はっ、小賢しい!」
吐き捨てるように笑って、パチンと指を鳴らした。
一瞬で炎に包まれた手紙とハンカチ。
ユイが床に放り投げると、炭となり黒く丸まったそれが音もなく地面に落ちる。あとで、外に捨てておけば、掃除用の虫がきっと美味しく食してくれることだろう。
――こんなもの、破る価値もないわよ。
ユイはもう一度ベッドに腰掛け、小型通信機を開く。
画面に映る赤黒い巨塔が、青い空を突き破ろうとしている光景を見て――ユイは再び、嗤った。
改めて調べてみると、犯人の中にはエクラディア学園の退学者が二名いたらしく、一人はとある匿名希望の教師による正当防衛のため、殴打の重症。もうひとりはエクティアタワーで放火した際に逃げそびれ、全身火傷の重症を負い搬送はされたという。
ルキノとメグという現エクラディア学園の生徒は、事件に巻き込まれた被害者であり、危機を脱し、犯人の逮捕に協力した学生として、ネットニュースに小さく顔が乗せられていた――その学生や一般市民を華麗に救出した匿名教師の尊顔のおまけのような扱いであったが。
どのサイトを見ても、リュリュちゃんのきぐるみを着た人物についての記載はない。
しかし、とある新聞には、面白い供述が載っていたらしい。
『拙者らはハメられただけでござる! 真の犯人は、黒猫が化けた魔女なのでござる!』
それは、生き残った元エクラディア学園生徒被告の狂言とされている。




