ガキ大将と変態教師
◆ ◆ ◆
「ス、スゲェ……」
目の前の光景に、タカバは感嘆を簡潔に示す言葉を吐くことしか出来なかった。
一人の教師が、チンピラたちを一瞬で叩き伏せた。
チンピラたちは皆、広場に飢えられている木の根元だったり、噴水の中だったり、イチャついていたカップルの間にだったりに釣っ刺さっている。幸い、全員がピクピクと痙攣しており、命は繋がっているらしい。
元から、この男が強いことが知っていた。だけど、対人戦という明らかな比較対象がいる中で目の当たりにした一瞬の光景に、タカバはまばたきすら忘れてしまっていた。
息一つ荒立てることなく、その教師はパンパンと両手を払って、タカバに向き直る。
「何をこの程度で驚いておる? 貴様だって、怪我がなければこの程度の相手どうとでもなっただろう?」
つまらなそうに顔をしかめてくるナナシという教師に、タカバは慌てて反応した。
「オ、オレのこと把握してくれてんのか⁉」
「当たり前ではないか。学術には苦労しているようだが、実技は抜群の成績に何も問題はないだろう。プライベートでも喧嘩の経験もそれなりにあるようだし、本来ならば私の手助けもいらなかったとは思うが……」
途中で金色の瞳が遠くを眺める。
「まぁ、エクアージュを守ってくれた礼もあるし、彼女に頼まれたということもある。私に感謝や尊敬の念を抱かんでもいいからな!」
そして強い語尾を吐き捨てたナナシに、タカバは思わず吹き出した。
――ようは尊敬しろってことかよ⁉
顔を赤らめることもなく言いのけたナナシはそれに満足したのか、「さて」と近くにベンチに腰掛けた。そして、ユイが置いていったカバンから勝手に一つの本を取り出す。
さも当然とばかりに動くナナシに、タカバは一瞬で遅れながらもオズオズと発した。
「あのー……先生?」
「ん、なんだ? 怪我の治療までサービスするつもりはないからな。早急に帰宅して治療と休養することを教師として勧めておくぞ」
「心配はどーもなんスけど……生徒の私物を勝手に漁るのは、どーなんだ?」
「あぁ、これか?」
重厚感のある本を掲げたナナシは、表情一つ変えずに言い放った。
「紛れもなく、これは私の私物だ! まるで私が生徒の私物を夜な夜な漁ってはハァハァしているような変態扱いするのは、失礼にもほどがあるぞ‼」
「誰もそんなこと言ってねェーよ! でもそのカバン、劣等種のだろうが‼」
即座にツッコむタカバに、ナナシは少しだけ唇を尖らせた。
「仕方なかろう。やはり本が濡れることはエクアージュにも懸念されたのだ。しかし、私はこれを手放す気にもならなければ、カバンなどという女々しいものを持ち歩く趣味もない。苦肉の策として、エクアージュのカバンにヒッソリと忍ばせたのだ」
「……重くてバレるんじゃねェーの、それ?」
そう疑問を口にしてみるものの、ユイがカバンから物を取り出す時におかしな様子もなければ、厚さ五センチ以上ある本が入っている重さに顔をしかめた様子もなかった。
その答えを、ナナシはあっけらかんと披露する。
「無論、彼女に何一つ迷惑はかけておらん! 貴様らがこのチンピラたちに絡まれてから、忍ばせたのだからな。彼女は一センチ足りとも重くなったカバンを持ち上げてはいないはずだ!」
「だったら、とっとと助けろよ……」
「何を言う⁉ 生徒の自立心を養うためにも、すぐさま手を貸してしまう教師は失格だろうが。ある程度の努力をし、なおかつ大怪我を負うこともないベストタイミングで助けに入ったと我ながら自負している‼」
――キリがねェー‼
言い返したいことは山程あった。
そもそも、なんで噴水から出てきたのか、とか。あのリュリュちゃんのきぐるみに何の必要性があったんだ、とか。
――だいたい、助けに行くのにきぐるみ着る必要なくねェ⁉
クラスメイトが助けに行った。一般論からして特に問題はないだろう。それに、今のユイやルキノとメグの関係性からして、多少気まずい点もあるだろうけれど、いかにもユイが嫌いそうなきぐるみを着てまで正体を隠す必要があるようにも思えない。
だけど、優雅に長い脚を組んで本に何やら記載しだした男にそれをさらに問いただす気は起きずに、
「あーったくよォ……」
鬱憤をため息とともに吐き出しながら、タカバもナナシの隣にドカッと座った。
すると、ナナシは視線もくれないものの、淡々と尋ねてくる。
「なんだ、帰らんのか? 尾行はもう終わったも同然だろう?」
「……コイツのカバン、見ていてやらないとじゃねェーか」
タカバがカバンの取っ手を掴んで揺らしても、ナナシはただペンを進めるのみ。
「貴様が心配せんでも、あとで私が届けるつもりだったが?」
「そーじゃなくってよォ……」
――あいつは一人でメグちゃんたち助けに行ったってーのに、オレは怪我したから帰りますなんて出来るわけねェーじゃん!
そのカッコ悪さを口にすることが出来ず、タカバはワシャワシャと自分の髪を掻きむしる。
それをチラリと横目で見たナナシは言う。
「悩みがあるなら、特別に聞いてやるぞ。ただし、私には時間に限りがあるのでな。手短に頼む」
「別に悩みっていうわけじゃ――」
「なんだ? 悩んでいるからこそ、こんなデートを尾行するだんて幼稚な真似をしたのではないのか?」
その質問に、タカバは言いかけた言葉を呑み込むしか出来なかった。
だけど、ナナシはそんなタカバの様子を意に止めず、ペンを走らせながら淡々と紡ぐ。
「敢えて言わなくても本当はわかっているとは思うが、尾行なんて特別な事情がない限り、するものではない。もちろん尾行対象に失礼はもちろん、知らないほうがいいことだって、世の中にはたくさんある」
タカバはそれに何も返さなかった。ただ唇を噛み締め、膝の上に置いたこぶしを固く握る。
「ましてや、あの少女のことを貴様は慕っていたようではないか。その想いが破れてしまったとはいえ、彼女のデートを付け回そうなんて、彼女を馬鹿にし、貶めるような行為だ。エクアージュのような明確な恨みがあるのならば、若気の至りとしてわからんではないのだが、貴様はそういうわけでもないように見えたが?」
「……つか、なんで先生がンなことまで知ってるんだよ?」
「先生だから知っていてはいかんのか? 教師たる者、生徒のことは成長に関与する事例ならば、成績から私生活まで把握しておくべきだと思っていたのだが。無論、それを周知することはしない」
――怖ェーよ、マジでこの先生。
タカバは半眼で見やるも、ナナシは相変わらず本に何かを書き続けている。
「なに書いてんだ?」
「貴様には関係ないことだ」
「そーかよ」
「だが、貴様の悩みはあながち無関係ではない。話せ。残念ながら、私はいささか他者の気持ちを推し量る能力が欠如しているという指摘を受けたことがある。だから、黙っていられては貴様が何を考えているか、まるでわからんのだ」
「ふつーそうだろ、それは。オレだって基本、言われなきゃ相手が何考えてるかわかんねェーよ」
タカバがそう答えると、ナナシが書く手を止めた。代わりに「さぁ」と言わんばかりにジッとタカバがまっすぐに見てきて、タカバがその圧力に負けるまで、数秒も持たなかった。
「……メグちゃんがよォ、心配だったんだよ」
「ほう」
「ルキノの野郎、軟派じゃねェーか。いつも女とっかえひっかえよォ。こないだもクラスの子泣かせてたし……もしも、メグちゃんも遊ばれてポイ捨てされるようなら、一発ぶん殴ってやろうかと思ってよォ」
「それで、第三者から見て、今日のデートはどうだったんだ?」
タカバはワンテンポ遅れて答える。
「……メグちゃん、楽しそうだった」
「それで?」
「ルキノ、別に無駄にメグちゃんに触ったり、イヤらしい目で見たりしてなかった」
「悔しいな」
ナナシのその短い一言に、タカバの目からポロポロと涙が溢れだす。




