派手すぎるデートの演出
そして、スープをスプーンですくった。
「ここのスープは美味しいよ。冷めないうちに飲まないと。今日のランチメニューは、お魚だっけね。あのムニエルはけっこういい出来だと――」
「君たちがこの一週間会話をしていないことくらい、僕だって把握しているよ。恋人という協力関係を結ぶのなら、多少君も情報開示してくれてもいいと思うけど」
ふと、ルキノはまわりの視線が自分たちに集まっていることに気がついた。不穏な雰囲気が場にそぐわないのだろう。ルキノは肩を落としながら、置かれたスープを一口飲んでみる。香りと同様の味がするのだろうが、その味がまるでわからなかった。
年頃の少女らしい、少し余所行きながらも健康的な服を着た可愛らしい女の子。そんな少女の赤い瞳にはもう、可愛らしさが灯っていなかった。
「政略結婚自体は、昔から覚悟はしていたのだけど。それでも、さすがに色々と納得できないことがあって。どうしようかと考えている時に、ルキノ君が誤魔化すために、あたしのこと好きな風に演じてきたじゃん? これはちょうどいいかもって」
「色々納得できないことって?」
「それはまだ秘密――でも、最後には全部説明するから。それで勘弁してくれないかな?」
「それに、ルキノ君だってあたし自体に興味はないでしょ」と笑った彼女は、視線だけでウエイターを呼び、次の料理を出すように指示を出す。
――確かに、それはそうなんだけど。
胸中でそう付け加えてから、ルキノは口を開く。
「でも、君とユイはお互い唯一の友達だったんじゃないのかい? 僕と付き合ったらこうなること、君だって予想しなかったわけではないだろう?」
「それはお互い様だよ。ルキノ君だって、本当は大好きなユイに余計嫌われちゃう覚悟して、あたしの申し出受けたんでしょ? 本当に不思議だったんだよねぇ……なんでユイのこと振ったの? あたしは十分に勝算あるだろうと踏んで、ユイの背中押してたのにさ」
「それは――」
――まだ、ユイを幸せにする手筈が揃ってないから。
そんな情けないことを口にすることは出来ず、ルキノの口は止まる。
それを見て、メグが目を細めた。
その時、メインの料理が運ばれてくる。彼女の言う通り、白身魚の美味しそうなムニエルだ。
「ルキノ君はその選択の結果、エクアが滅んじゃうかもしれない――て言われたら、どうする?」
メグの突然の発言に、ルキノは顔をしかめることしか出来なかった。
「突拍子もないこと急に言われても、何も返す言葉は持ち合わせていないのだけど」
「そうだよねぇ。普通、そうだよねぇ……でも、ただあたしはもう友情とか恋愛とか、そんな戯言で楽しんでいられなくなったってだけだよ」
そう言うと、彼女は一度食器を置いて、カバンから一つのハンカチを取り出す。シックなチェック柄のどってことない代物だったが、それはルキノにとって見覚えのあるものだった。
「それ、ユイの?」
「そう、さっきの洋服店の裏で拾ったの。そういうわけだから、ルキノ君から返してもらえるかなぁ? いつも使ってたから、お気に入りなんだと思うし。あたしからじゃ、ほら……嫌がるでしょ?」
「僕からでも、どうかな?」
「ルキノ君なら大丈夫だよ。だって、別にユイを裏切ったわけじゃないでしょう?」
そう笑って差し出してくるメグに対して、ルキノは静かに首を横に振った。
「いや、それは君が返しなよ」
「えー? ルキノ君の株を上げるチャンスだよぉ?」
「いいから」
「……そう?」
不本意そうにハンカチをカバンにしまったメグは再び食器を持ち、手慣れた様子でムニエルにナイフを伸ばす。
「じゃあ、話を戻すけど……お互いとりあえずは深入りしないってことで。とりあえず恋人ごっこ楽しんでくれてればそれでいいからさぁ。あたしも何だかんだ、今日って初めてのデートでね。これでも楽しみにしてたんだよ?」
またすぐにニコニコしだしたメグが、パクっとムニエルを頬張る。皮のパリッとした音がルキノにまで聴こえるようで、見ているだけで美味しそうだった。
「ほら、ルキノ君も食べなよぉ。美味しいよ?」
「あ、あぁ」
促されるまま、ルキノも食器を手に取った。フワッとした白身と見るからに香ばしい皮のコントラストが美しく、ナイフを通すだけで香りが増してくる。
こんな高級料理、滅多なことがないと食べれる代物ではない。
とりあえず、彼女の要望は普通のカップルとして日常を楽しむこと――それで将来の就職先が確保できるならば、やはりルキノにとって美味しい取引なのだろう。確かにユイとの仲に支障が出るかもしれないが、それはあとから挽回すればいいのだ。
だけど。
――恋や友情が、戯言ね……。
その恋のために全てを賭けているルキノにとっては、ただの嫌味でしかなかった。
好きな人のために勉強して、好きな人のために就職活動に励む。
それを戯言と言われて、面白くないわけがない。
ルキノはムニエルを一口食べてから、呟いた。
「美味しくないな」
「え?」
――ユイと来れば良かった。
美味しい料理を一緒に食べたいと思える相手と、一緒に食べたい。
この場にいる他の客たちと明らかに違う点に、ルキノが後悔した時だった。ふと、ルキノは今まで会話で聞き流してはいけなかったことに気付く。
「そういえば……どうして僕がユイのことを好きだと思ったんだい?」
「そんなの見てればわかるじゃん」
平然と答えるメグに対して、ルキノは食器を置いて抗議する。
「そんなわけはないだろう⁉ 第一、それが見てわかるようなら、クラスであんなことにはなってないんじゃないのか?」
「まぁ、あたし普通の人間じゃないし」
モグモグと普通に会話をしながら食事を進めていたメグだったが、
「伏せてっ!」
突如、険しい顔をして声を張る。
次の瞬間、入口が轟音とともに吹き飛ばされた。ルキノは反射的に椅子から降り、身を縮める。横目で確認すると、メグも机の下に隠れていた。
煙と粉塵が立ち込める中、目を細めたルキノが周囲を確認すると、店内が半壊していた。豪華な植木鉢は跡形もなく、豪華絢爛なシャンデリアはかろうじて落ちずに、アンバランスに揺れている。
響き渡る悲鳴を掻き分け、爆破された入り口からは奇抜な青少年が入ってくる。その先頭に立っていた亜麻色の直毛男がルキノの名を叫んだ。
「ルキノおおおおおおお、制裁でござるよおおおおおおお!」
それは、さきほど見たばかりの男だった。タカバたちと対峙していた二人のうちの一人。ルキノが殴った方の男である。その昔、自分の成績とユイへの影響を危ぶんで、退学へと追い込んだ男のうちの一人である。
――名前なんて、覚えちゃないけどね。
その男は手榴弾らしきものを片手で弄んでいるが、そんなハッキリと名前を呼ばれて、白を切るわけにもいかない。ルキノはため息を吐いてから、立ち上がった。
「僕のことを覚えているなんて、ずいぶん暇な毎日を過ごしているんだね」
少し歩いて、メグを隠すように前に立つ。
従業員が、裏口へと客を誘導していた。それをこのチンピラたちは妨害しようという動きはない。本当に、ルキノを目的としてこのような暴挙に出たようだ。だとすれば、ここでルキノが時間を稼がないで、誰が被害を抑えられるというのだ。
「ルキノ君……」
「メグも隙を見て逃げて」
小声で指示を出しつつ、ルキノはそのチンピラに向かって微笑を浮かべた。
「僕に用件があるみたいだけど、生憎そんな暇がなくてね。また今度にしてくれないかな?」
「オナゴとの逢引に忙しくて、拙者の相手をする暇はないというでござるか?」
「まぁ、簡単にいえばそういうことだね。君らと違って、僕はモテるから。毎週いろんな子とデートしてあげないといけないから、大変なんだよ」
「そ、そんなこと拙者には関係ないでござる! だけど――安心するでござるよ。その下に隠れているオナゴとの逢引が、人生だったんでござるからなあ‼」
――さすがに、隠すには無理があるか。
とっさのこととはいえ、自分の読みの甘さにルキノは苦笑した時だった。
「ルキノ君の真面目さには、感謝しないとだね」
ヒョイッとテーブルの下から出たメグが、膝を払っている。
「時間稼ぎしてくれてありがとね。他のお客さんはほとんど逃げれたみたいだよぉ」
「そもそも、僕がここを予約しなかったら、こんな騒ぎにならなかったんじゃないかな?」
自嘲するように言うルキノに、メグはニコリと微笑んだ。
「ルキノ君が今日ここに来るって情報流したの、あたしだから。ケナンダさんも、うちの新製品の宣伝、ありがとうございます」
「新製品⁉」
会釈するメグに、ルキノは驚きの声をあげる。
メグは、やはり笑っていた。
「うん。このたび我がブライアン社は、新しい事業に手を出すことになりまして。このプロジェクトは、素人でも簡単に使える武器という宣伝と、暴徒から令嬢を守ってくれる騎士をパパに売り込むための宣伝、二つを兼ねていたの。本当は、洋服店でも手榴弾が爆発する予定だったんだけど……不発だったみたいだねぇ。それは黙っておいてもらえるかなぁ? 販売前に不評とか、笑えないからねぇ」
「……笑えないのは、こっちの方なんだけど」
訝しげに見やるルキノに、メグは表情を崩さない。
「笑ってほしいなぁ。パパ、けっこうこの事業に力を入れているみたいでさぁ。あたしのせいで失敗したとなったら、大目玉なんだよねぇ。もうちょっとだけあたしも良い子でいないといけないからさ、これも取り引きの一環だよ、ルキノ君」
従業員の避難も終えたようで、悲鳴やざわめきはどんどん遠のいていく。その代り、外では時刻を知らせるための鳥たちが、警報を鳴らしていた。
その外では、不自然な煙が三本立ち上がっている。企業区画や離れの住宅街でここからは離れているものの、煙の太さからして、ここより被害は大きそうだった。
「……あれも、メグの仕業なのかい?」
「んー、あれは別担当者さんのお仕事。わかりやすく言えば、そのお仕事に乗じて、あたしが勝手にここを仕組んだってのが正しいのかなぁ。まぁ、経営なんて結果が出れば、それでいいんだから。家業のお手伝いをしつつ、ルキノ君を売り込むことができれば、それでバッチリ!」
メグは軽快な足取りで、フロアの真ん中へと進む。豪華なシャンデリアの下で、少女は優雅に回った。
「じゃあ、ルキノ君。ここでカッコよく、あたしを守ってくださいな!」
「もしも、僕がやられちゃったら?」
「そうしたら、次の案に進むだけだよ」
彼女は満面の笑みを浮かべて、背後のチンピラたちに目配せする。
彼らは許可を得て、一斉にルキノに襲いかかってきた。
――やれ、冗談じゃないよ。
ルキノは冷たい汗が止まらなかった。
ケナンダという直毛の男と他のチンピラ、あわせて五人。
手榴弾や銃やナイフを持ち合わせた彼ら全員を、ルキノ一人で相手にしろというのだ。
とりあえずルキノも、食事用のナイフを手にする。刃物には、刃物。使い方次第で、ないよりは十分役に立ってくれるだろう。
チンピラの一人がナイフを振り下ろして来る。それを腕ごと払って、ルキノはそいつを蹴り飛ばした。後ろに構えていた奴と一緒に倒れ、巻き込まれそうになったメグがケラケラと笑いながら横飛に避けている。
「だけど矛盾してないか⁉ 僕に恨みのある刺客を君が用意して、君は僕にそれを倒せというのだろう。彼らのメリットが何もないんじゃないのか?」
「別に、ルキノ君が死んじゃったらそれはそれで良しとしてるから。この人たちは、あたしが準備した最新の武具を使ってルキノ君に仕返しが出来るかもしれないっていうチャンスを得ることができた。そして、あたしもルキノ君が死んじゃったら、あたしのために命を張ってくれた男の子のことが忘れられないっていう美談をパパに披露することができる――ね? どう転んでも、みんなハッピーなプロジェクトでしょ?」
そのたくましくも非情な答えを、ルキノは鼻で笑い飛ばした。
「腹黒いな、君は」
「それ、昨日先生にも言われたよねぇ。学園ではちゃんと良い子してると思うんだけどなぁ?」
――知らねぇーよ。
それを答える暇は、ルキノにはなかった。
「ルキノおおおお!」
わかりやすく名前を呼ばれてルキノが左を向くと、銃を構えたケナンダがトリガーを引く。
放たれた銃弾をルキノが顔を逸らせることでかわすと、その先の窓ガラスにピシッとヒビが入った。
それでも頬に走る痛みに、ルキノは舌打ちする。拭うと手には血が付いていた。
「まったく……君もこんな僕を何年も恨んでないで、前向きに人生を検討したらどうだい⁉」
「人生狂わされるのに、年数なんか関係あるわけないでござるよ!」
「その喋り方……あの時、君たちのことを排除した僕の判断は正しかったと思うよ。こんな鬱陶しい話し方をする奴らと四六時中いたら、イラつくのは僕だけじゃないだろうからね。ただでさえ彼女に不利であろう試験だったのに、それでフォローできないほどの失敗でもしようもんなら、大変な騒ぎだったよ」
こんな時でも思い出すのは、自分よりも何倍も短気な彼女のこと。
彼女がこんな目に遭おうものなら、このタワーごと吹き飛ばしてしまうのではないかと考えて、ルキノは苦笑する。たとえ理屈でそんなことが出来ないのだとしても、ブチ切れた彼女ならそれに近いことをやってのけてしまいそうだから。そして、そんな彼女を諌めて、宥めてあげたいから。
――早くユイに会いたいな。
そんな彼女に早く会うため、ルキノは目の前のことに集中する。
遠距離武器を持つ相手と素手で戦う時は、いかに素早く距離を詰めるかが問題だ。
メグの相手は、とりあえず後回し。
今は、生きて無事にこの場を切り抜けることが先決と判断したルキノは、基本に忠実に、ケナンダと距離を詰める。
すると、ケナンダはやけに赤い唇を開いた。口の中に見えるのは、小さなスイッチ。
安そうなジャケットを広げると、その内側には多くの爆弾が付いていた。
――自爆するつもりか⁉
ルキノが手を伸ばすよりも、歯を噛みしめる方が早いのは明確だった。
破壊の衝撃を、覚悟した時だ。
ニヤリと口角を上げたケナンダは銃を再び構えて、その引き金を引く。
ルキノ視線の中心に、どんどん銃弾が迫ってくる最中、
「きゃあああああああああああ!」
側面の全面ガラスが、甲高い音を立てて派手に割れた。
飛び入ってくるのは、きぐるみだった。教科書で読んだ『魔法少女サミィちゃん』に登場する猫のマスコットキャラクター『リュリュちゃん』である。
ガラス片がキラキラと舞い、光が乱反射する中。
ルキノの目の前に飛び出たリュリュちゃんに、その銃弾は直撃した。




