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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
二幕 共闘尾行

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剥がれた絆創膏


「テメェ、気付けよ」

「人のこと言える? てか、今日でこんなの何回目よ、私たち」

「とりあえず、オレらには尾行とか向いてないみたいだぜ」

「え?」


 クイクイと後ろを指すタカバ。ユイが彼の肩越しに見ると、反対の隣のベンチにもニヤニヤとこちらを見ている小汚い奴らが四人いた。右隣の中二病に、そいつらを指差しながら首を傾げてみると、笑みを強めて頷き返される。

 

「私は戦術とかの成績、悪くなかったんだけどな」

「あーゆー授業って、けっきょくアテになんねェーよなァ。全部最後はブチのめせば問題ねェーわけだしさ」

「まぁ、あんたの場合はそうでしょうとも」


 ユイは肩を落としながら、小型通信機(モバイル)の画面で確認する。


「えぇと……さっきからのあなたはパブロさんね。あんたたちが邪魔というのは、三年前の進級をかけたサバイバルゲームのことかしら? あ、私と同じグループのはずだったんだ?」

「そうでござる。クラスは違ったが、拙者らも同じ学年だったでござるよ」


 くせ毛の爆弾魔――パブロは答えた。タカバは「あれかー!」と表情を明るくする。


「あの山に引き篭もったヤツだろ? 楽しかったよなァ! ルールもわかりやすかったし」

「そう? 三日間も虫が蔓延ってる中寝たり、どっかの馬鹿タカバに殴られそうになったり――ろくでもなかったと思うけど」

「日頃の恨みを込めた渾身の一撃だったんだけどなァ……まさかどっかの劣等種に爆弾投げつけられるとは思ってもなかったぜ。武器は持ち込み禁止のはずだったのになァ⁉」

「あのあと口封じのために尽力したルキノには、ちゃんと頭を下げといたわよ……確かね」


 正真正銘、生き残りをかけたサバイバルゲームで、ユイとルキノは同じグループだった。クラス問わずの学年全員で行われた進級試験は、各種の特性を生かして、身体のどこかにつけた風船を割られないようにするゲーム。支給された最低限の水や食料以外はすべて現地調達という厳しい試験は、ユイやタカバの脳裏にも鮮明に残っていた。


 ユイたちが昔話に花を咲かせていると、パブロは自嘲する。


「それで、あいつは拙者らを邪魔だと判断したんだ。しかし、中央機関部(マザーコンピューター)の決定事項はあいつも変えられない。だから、班員から拙者らを削除するために――退学さ」

「退学、ねぇ……」


 学園を退学した者の末路――手に職を身に付ければ話は別だが、誰もがそう上手くいくわけがない。

 中途半端に投げ出された者は、故郷に帰って暮らしていけるなら幸せというもの。帰る場所がない者たちが行き着く場所は、路地裏しかない。すぐ隣の眩しい世界を羨ましく思いながら、たまに迷い込んだ輝かしい人々に恐る恐る手を伸ばし、振り払われる運命。


「……で、このキンキンした奴らと、ツルんでるってわけ?」

「さっきまでのテメェも、負けてねェぞ」

「半裸の男に言われたくないわよ」


 タカバの戯言を一蹴しつつも、ユイは状況を確認する。

 敵はチンピラ含めて計五人。先の様子から、爆弾やナイフ等、武器は持っていると考えるのが妥当だろう。

 対する、こちらは何もない。しかも、基本的にユイ自身は喧嘩は得意ではないし、肝心なタカバも負傷している。


 ――けっこう、詰んでるのかしら?


 とりあえず、ユイは散らかしてあった荷物を鞄に押し込んだ。


「隙を見て、逃げるわよ」


 小声でタカバに告げた時である。タカバが一際大きな声で笑った。


「ハッ、らしくねェんじゃねーの!」

「え?」


 そしてユイの背中を思いっきり叩いて来る。ユイは痛みに顔をしかめて、前に数歩よろめいた。


「ちょっと、何すんのよ!」


 文句を言いながら振り返ると、タカバは立ち上がって指をパキポキ鳴らす。


「いつもの強気なユイちゃんはどうしたんでちゅかぁ? 『あたちのルキノたんに復讐するために、あたち達もやろうと言うんでちゅか! ナメんじゃねーざます!』とか、言ってやんねェーのかよ?」

「私、そんなこと言ったことないけど」

「けどこの様子だと、大好きなルキノ君も危ねェーかもしんねーぞ?」


 そんなタカバの台詞に、ユイはハッと気付く。

 さっきの直毛の方――名前はケナンダと言うらしいが――そいつは今、この場にいない。


 その時だ。鼓膜を揺るがすほどの大きな爆発音が、背後で響いた。

 振り返れば、エクティアタワーの下の方から、灰色の煙が上がっている。白い鳥たちが警報(サイレン)を鳴らして、あちこちに四散していっていた。


「ルキノ!」


 周囲に悲鳴が湧き上がる中、ユイは無意識に彼の名を叫ぶ。そして、そのレストランへ駆けだそうとした――が、タカバに肩を押さえられ、引き留められた。


「何すんの――」


 ユイが批難の声を上げた時には、足元にパンっと弾ける音がする。


「行かせるわけないでござるよ。貴様らはここで、足止めさせてもらうでござる」


 くせ毛のパブロが、銃口をこちらに向けていた。白光する拳銃からは、硝煙の香り。


「実弾なんて、そんな物騒なものどこで仕入れたのよ?」

「秘密でござるよ」


 その間に、四方をチンピラに囲まれる。その絶体絶命な中、タカバがニヤリと笑った。


「あの変な喋り方の奴だけ、テメェがどーにかしろ。あとはオレがやる」

「そんな怪我してて、どうするつもりよ?」


 すると、タカバは怪我した腕を高々掲げた。


「大丈夫! メグちゃんからもらったお守りがあるからな!」


 どこまでも手が届かない青空を背に、ピンクの絆創膏の中に住む動物が可愛く微笑んでいる。


「これがある限り、オレは負けない! テメェに何かあったら、メグちゃん悲しむだろうからな。ついでに守ってやらァ!」

「……泣かないわよ、あの子は」


 弱々しく否定するユイに、タカバは白い歯を見せてくる。


「泣くさ、ぜってェー。男の勘だァ!」


 威勢よく叫んで、タカバが手近なチンピラ一人に挑んでいった。振るわれるナイフに肌が裂けても、タカバは気にせず腕を振る。鈍い音と共に一人が倒れた。が、同時に後ろから、タカバは羽交い締めにされる。別のチンピラが、彼を殴った。


「なに無茶してんの⁉」


 ユイはタカバを助けようと足を動かすが、またパンっと足元に銃弾が弾ける。


「黒髪の女……覚えているでござるよ……貴様もルキノと同じ班だったはずなのに、どうして貴様はルキノに排除されなかったでござるか⁉」


 パブロが噛み締めている唇から、血がジワリと滲んでいる。


「よっぱどあんたの成績が悪かったんじゃないの?」

「悪女でござる……黒髪の呪いでござる……黒があの悪魔を呼び起こしたでござる!」


 ――そんな八つ当たり、知らないわよ!


 ユイがどうすればいいのか逡巡している間にも、タカバは次々とナイフで斬られていた。浅く、浅く。死なないように、いたぶるように切り刻まれていた。あちこちから滲む血が痛々しい。


 ハラリと落ちたピンクの絆創膏が、ヨレヨレになって地面に落ちた。


 タカバがこんな目に遭っていると知れば、メグはどんな顔をするのだろうか。

 裏切られて復讐しようとしている自分が傷付いたら、メグはタカバの言う通り、泣いてくれるのだろうか。


「あーもう、めんどくさいわねっ!」


 ユイはベンチに立てかけられていたタカバのエアボードを手に取り、地面に投げ落とす。


「ねぇ、タカバ! 私、あんたのこと嫌いよ!」

「ハッ……オレもテメェのこと……嫌いだぜ」


 掠れた彼の声を背中で聞いて、ユイは髪を掻き上げた。


「でも、あんたがいない生活にも、張り合いがないわ」

「……同感」


  まだ乾ききらない黒髪が少しだけ重い。それでも、払った髪はいつもより艶めきを増していた。


 エアボードというこの身丈はある薄い板は、その上方中心にあるスイッチを踏むと、板と地面の僅かな隙間だけ重力から解放されるという代物である。地面と反発する特別な磁力を発して、浮かせる仕組みなのだ。そこに、地面を蹴るなどして力を与えれば、慣性の法則に従って早く進むことが出来るのである。

 ただ人間の蹴る力など、たかが知れている。そのため、子供や大人になりきれていないタカバみたいな人のための遊具なのである。


 ――だけど、浮いた状態で大きな力を与えてやれば……。


 ユイはスイッチを踏み、地面を大きく蹴り飛ばした。そして同時に、指を鳴らす。


 ――そういえば、さっきルキノも指を鳴らしてたわね。


 自分たちをはめてくれた彼が、していた仕草だ。ムカつく彼が、楽しそうにリズムに合わせて指を鳴らしていた。少しでも歌いやすいようにという、配慮もあったのかもしれない。

 それは、せめてもの優しさか。それとも、からかっただけなのか。


 どちらにしても、ユイはキザみたいに指を鳴らす。そして、やはりその動作が思いの外シックリくることに、苦笑するしかなかった。


「まるで呪いね」


 パチンッ――と、板の下で起こった小さな爆発の慣性に従い、ユイを乗せたエアボードは勢いよく飛び出した。そしてそのまままっすぐに、銃を構える男に突撃する。


「あべしっ!」


 奇妙なうめき声をあげ、パブロはボードの先が直撃した脛を押さえようと前屈みになる。その瞬間、ユイはボードのスイッチから足を離し、鳩尾目掛けて、思いっきり足を突き出した。


「くはっ!」


 パブロが大きく咳き込む。そのスキに、ユイはカランと落ちた銃を素早く拾った。


 ――同じメーカーね。


 太陽が沈むようなマークは、さきほど拾った爆弾と同じもの。やはりどこかで見覚えがあるものの、それを思い出す暇はない。すぐさま方向転換したユイはエアボードのスイッチを再び踏み、指を鳴らす。ボードの後ろ側に重心を乗せると、ボードは高く飛び上がり――タカバを殴っていたチンピラの顔面に衝突した。


 何かが、ぐしゃりと曲がった感触は気にしないで、ユイはそのまま着地する。振り返り見れば、のけぞって倒れたチンピラの鼻がひしゃげていた。完全に鼻の骨が折れているだろう。


「あら、やりすぎたかしら?」


 ユイが少し後悔している姿を、鼻血を垂らしているタカバが目を開いて見ていた。が、すぐに気を取り直して、首を沿って後頭部をチンピラの頭にぶつける。その反動で拘束が外れ、ユイの方へ走り寄ってくる。


「テメェ、そんな芸当いつの間に覚えたんだよ! てか、お得意の自家製爆弾使えば良かったんじゃねェーか⁉」


 彼の目はどこかキラキラしているものの、身体の怪我や痣は一段と増えており、直視できるものではない。


「一般人の視線がある中で、そういうのを使うのもどうかと……」

「同じくらいひどいことしてると思うぞ」

「気のせいよ、きっと」


 二重の意味で顔を背けた時、ユイは見つけてしまった。


 噴水の低い塀の外側には、メグの絆創膏に描かれていた白猫のようなキャラクターの着ぐるみが、不自然に脱いだ状態で置いてあった。遠くの草むらに隠れている男が、恨めしそうにこちらを見ているので、ユイはこの着ぐるみの持ち主なのだろうと判断する。

 そして、そのすぐそばの噴水の中には、コソッとこちらを見つめている金眼。女神様の持つ水亀から落ちる水流を直接浴びている白髪の頭部。


 ユイが青白い顔でそれから目を逸らせずにいると、タカバが不思議そうな顔をして、その方を見やる。


 すると、


「エクアージュよっ!」


 シャツにチノパンという少しラフな格好をしたナナシがジャバッと勢いよく立ち上がり、ビシャビシャのまま噴水から上がってきた。歩くたびにピチャピチャと音を立て、何を履いているかは見るまでもない。


「貴様らも濡れているとは、お揃いだな!」

「……で?」


 ユイは阿呆なことを言うナナシに半眼を向けるしかなく、チンピラたちも唖然とナナシを見ていた。そんなことを意ともせず、ナナシはきぐるみの頭部を持ち上げる。


「さぁ、再試の時間だ! 貴様はサミィちゃんのように恥ずかしがって、大事な人が傷つくのを見過ごすのか否か、私に見せてみろ!」 

「……私に、ルキノたちを助けに行けと?」


 ナナシは大きく頷いた。


「さよう! そこの馬鹿は満身創痍。私はあの小僧が嫌い。エクアージュしかいなかろう」


 ――ハッキリ断言したよ、この教師……。


警察(ポリス)の出動も遅れるようだぞ。同じような爆発事件が、エクバタ市内で三ヶ所同時に起こっている。そちらの方では反政府組織(メサイア)が声明をあげているようだからな。ただのチンピラの事件は必然的に後回しだ」


 呆れる暇もなく告げられたナナシからの情報に、ユイは顔をしかめるしかなかった。しかも、エクティアタワーの煙は未だ収まらず、鳥が放つ警報(サイレン)は今も鳴り続けているのだ。


「……タカバは、大丈夫なのでしょうね?」

「無論だ。私がしっかりと面倒をみよう。貴様を庇い自ら濡れに行く根性、なかなか見どころがある!」

「いつから見てたのよ……」


 ユイはナナシの元へ向かい、その頭部を受け取る。肩の凝りそうな重さであるが、贅沢は言っていられない。


「エクアージュ! 今から貴様はリュリュちゃんだ!」

「それ、これの名前?」

「サミィちゃんの相方だぞ! 普段は猫だが、元は異世界のお姫様なのだ!」

「それは羨ましいご身分だこと」


 そして、ユイはその白いきぐるみを被る。下も手早く足を入れると、ナナシがザッとファスナーを上げてくれた。お腹がでっぷりと膨れており、手足が短くなったような感覚を抱くほど重い。それに、拭いたとはいえ濡れている服の上に被ると、異様に蒸れて気持ちが悪い。


「似合うぞ、エクアージュよ!」

「まったく嬉しくないわ」


 その声がきぐるみの中にこもる。ユイは嘆息して、顔に張り付く黒髪を掻き上げようとした――が、出来なくて、もう一度ため息を吐くしか出来なかった。


「ななな……貴様、馬鹿でござるか?」


 パブロに指を差しながらそう言われ、ユイは睨む。しかし、すぐに相手にそれが通じないことに気が付いて、ユイは指を弾いた。厚手の布に覆われているため、音が外に響かないものの、魔法の使用には支障がないらしい。

 パブロの額に、噴水から一直線に水滴が飛ぶ。その衝撃に、パブロが仰け反った。


 ユイはエアボードに乗り、唖然としているタカバに大きな顔を向ける。


「じゃあ、タカバ。ちょっと魔法少女になってくるわ」


 そう声を張り上げると、「ぷっ」と吹き出したタカバが必死に笑いを堪えながら返す。


「テメェの場合、変身しても魔法少女ってより魔女だな。おどろおどろしいのを、そう呼ぶんだろ?」

「……なかなかいいシンパシーしてるじゃない」


 ユイは肩をすくめて、エアボードのスイッチを踏んだ。


 ルキノとメグでも危機という状態が本当ならば、自分が行ったところで何ができるのか定かではない。政府警察(エクアポリス)の手が回ってないとはいえ、被害の場所が場所なのだから、そう到着にも時間はかからないだろうし、より一層、ちょっと特殊な方法によるイタズラが得意なだけの学生には何もできないだろう。


 ただ――ルキノとメグが、自分以外の人の手で傷つけられるのが、癪なのだ。

 自分がどうにかする前に、誰かの手で、始末されてしまうのが癪なのだ。

 まだ、自分は何の仕返しも出来ていないのに。

 それなのに、勝手にどこかで死なれたら困るのだ。


 タカバの声が聴こえる。


「メグちゃんのこと頼んだぞ!」

「ねぇ……なんであんたは、こんなことしたの⁉」


 それは、ずっと疑問だった。

 ゆっくり訊く時間がなかったのだが、どうしてタカバが二人のデートを尾行しようとしたのか、不思議だったのだ。

 タカバがメグのことを好いていたのは、見ていればわかった。それでも――いや、だからこそ他の男に取られた彼女が楽しそうにデートしている姿は、見たくないのではないか。失恋したとはいえ、ユイほどに屈辱を受けたわけでもないのだから。


 ギリギリ首を回してきぐるみの中から見たタカバの顔は、寂しそうに笑っていた。


「誰がテメェになんかに教えるか!」

「それもそうね」


 そして、ユイは地面を蹴った。爆発を願い、指を鳴らして加速を促す。


 下りの階段が目の前にあった。だけど、ユイは空にも届きそうなほど高いタワーを見据えたまま――今一度、強く指を弾いた。


 そこに届くことだけを信じた猫っぽいきぐるみが、空を飛ぶ。


 今日も嫌味なまでに青い空が、リュリュちゃんの背中を押していた。





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