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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
二幕 共闘尾行

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限りなく残酷な復讐のテーゼ





 ユイはナナシの魔法授業を思い出していた。


『練り上げたイメージを具現化させるためには、合図が必要だ――それこそ、呪文とかな』


 定められた言葉を叫ぶ必要はないらしい。本気で走る前に足首を回すとか、殴る前に手首を鳴らすとか、自分なりの身体への合図ができれば、なんでもいいようだ。

 埃を撒き散らす時は、口笛を使ってみた。さっきの不発時は、叫んでみた。


 ――なんかシックリ来ないのよねぇ。


 戦闘中に口笛を吹く余裕はないだろうし、漫画のように呪文を叫ぶのはそれはそれで怪しい。


 ――なんかもっと自然で、簡単なことはないかしら?


「なー、オイ」


 あの時はどうやったのか思い出そうとしても、正直何をしたのかあまり覚えてはいなかった。

 旧校舎の屋上でルキノを助けようとしたあの時。

 噴水広場でルキノとメグを殺したいと思ったあの時。

 ユイはふと自分の手を見ながら、指に触れる。


 ――指を……鳴らした?


 そんなキザったらしい癖はないはずである。それでも、微かな記憶はその行動を覚えていて――とユイが路地裏の壁にもたれかかりながら、思考を巡らせていた時だ。


「だから、オイっつの‼」


 ユイのやる気を削ぐかのように、タカバが肩を叩いてくる。仕方なく、ユイは半眼を向けた。


「なによ?」

「ルキノが言ってた礼ってさ、何のことだと思う?」

「言葉の通りじゃないの?」

「てか、なんでオレのことバレてたよな? それなのに、なんでテメェはバレてなかったんだ?」


 慌てるタカバに、ユイは口角を上げた。


「自業自得ってやつじゃないの?」


 そして、ユイは頭上を見る。白いペンキがたっぷり入っているはずのバケツの縁。これをメグが店から出てきた瞬間に、また強風を吹かして頭上に落とせばいいだけである。


「なァ……危なくねェーか?」

「何がよ?」

「バケツが頭に当たっちまうかもしれねェーぜ?」

「それがどうしたって?」


 眉をしかめるユイに、タカバが「だーかーら!」と熱弁する。


「そりゃ、あのルキノがこんな高そうな服屋で二着目買わなきゃいけなくなるのは、オレも指さして笑ってやりてェーよ。でもなァ、あのバケツそれなりに硬いだろ? 打ち所が悪ければ死んじまうかもしれねェーじゃん!」

「……避けるんじゃない? あの二人なら」

「そうかもしれねェーけど、そういう問題じゃねェーだろ! オメェが腹いせにあー……パンチラだの水浸しだの嫌がらせするなら、気持ちわからねェーでもないけど――」


 白熱していたタカバの声が、急速に小さくなった。ユイが疑問符を浮かべながら見やると、彼は路地の奥をチラチラと見ている。


「だからよォ……さっさとこんな場所、離れよォーぜ?」


 気絶していた爆弾魔たちは思いのほか早くに目を覚まし、タカバが睨み付けるや否や、一目散に逃げ出していた。だけど、先ほどの騒ぎのせいか、裏路地に住む貧しい人々からの曇った視線が、痛いくらいにユイたちを注視している。


 ユイもそれを横目で見ながら、冷たく言いのける。


「怖いんだったら、あんた一人で帰ってもいいのよ?」

「ハァ⁉ 女ひとり置いて行けるわけねェーだろ⁉」


 ――いつも私をイジメてくる奴が言う台詞?


 きっぱりと言い切るタカバに、ユイは目を丸くする。そして、いじめっ子の真剣な顔に苦笑した。


「別に、実家の付近はこんな場所ばかりだし。もっとヒドイわよ? エクバタは全市民を銃刀法で取り締まっているけど、あの地方じゃ、そんなの全然なかったしね。銃声音と悲鳴が目覚まし時計みたいなもんだったわよ」

「ま……毎朝ってことはねェーだろう?」

「さぁ、どうかしらね?」


 口角をヒクヒクさせるタカバを鼻で笑って、ユイはまた明るい世界へと目を向ける。

 青い空と白で出来た世界は眩しい。

 だけど、一歩でも暗闇に足を踏み入れれば、暗い世界に光は届かない。力がない者たちは、路地裏に佇んで物乞いをするしかないのだ。一歩でも陽が当たる場所へ出ようものなら、冷酷な軽蔑の視線を受けるしかないのだから。


「あんたに何を言われようとも、私はやるから」


 ユイは静かな声で、宣言する。

 たとえ暗闇が似合う女であろうとも、自分は日陰で蹲ったりなんかしない。ただ人の媚びるだけのような人生は送らない。

 眩しい人達が自分を嘲笑うのならば、泣かせてやるだけだ。

 輝かしい人達が自分を貶めるのならば、やり返してやるだけだ。


 タカバの大きな嘆息が聴こえる。諦めてくれたのかと、ユイは聴こえないくらいの小声で「ありがと」と呟いて、出てこない二人を身を乗り出して探そうとした時だった。


 背後から聴こえた聞き覚えのある可愛い声に、ユイは戦慄する。


「タカバくん⁉」


 二人が振返ると、彼女は少し大人っぽいカーデガンに、ショートパンツという恰好をしていた。背の低い彼女でも健康的な色気が出ていて、さっきまでのワンピースよりも似合っている。


「めめめメグちゃんっ⁉」

「タカバ君、大丈夫だった? 泥棒に襲われてたんだって?」


 駆け寄ってきたメグが心配そうにタカバを見上げていた。タカバは顔を真っ赤にして、視線を逸らす。


「怪我だらけだね……痛くない?」

「べ、別に! こんなもん、唾でもつけときゃー治るし⁉」

「あはは、治んないよぉ」


 強がるタカバを笑いながら否定しつつ、メグは小さな鞄からピンクの絆創膏を取り出した。白くて可愛い動物が描かれた絆創膏を、タカバの手に貼っている。その間、タカバは全身を強張らせていた。


 そんな光景を見て、後ろからゆっくりやって来たルキノは冷笑を浮かべていた。その手には、なぜだか木製ギターアコースティックギター。懐かしい音がすると学生の間で流行っている骨董品(アンティーク)楽器である。模造品も多く出回っており、それらは比較的安価に手に入る代物だ。


 ――え、なにこの不気味な光景……。


 彼らはまた裏口から出てきたのだが、それにまた気付くことができなかったいうオチである。


 ――ほんと、成績上位者(エリート)は手厳しいわね。


 ユイが顔をしかめた一方、ルキノが笑みをより一層強めた。


「メグ。これ以上タカバの邪魔しちゃいけないよ」


 するとメグが小さく舌を出して、一歩身を引いた。


「あ……ごめんねぇ、タカバ君。今からライブなんだよね?」

「ハァ⁉」


 そのいきなりすぎる単語に、タカバとユイは思わず目を見開いた。そんな二人をニコニコと見上げながら、メグは言う。


「ルキノ君に聞いたよぉ。路上ライブっていうのを、そこのお姉さんと一緒にやるんだよね? あたしたちも、見に行っていいかなぁ?」

「お姉さんが楽器を弾くんですよね? 僭越ながらさっき盗まれてしまったというので、代わりのものを用意させていただきました。こんな安物で代わりになるかはわかりませんが、よろしければ使ってください!」


 ルキノは好青年全開の笑みでそう言って、ユイにそのギターを手渡してくる。


「タカバも軍事クラスの一員なら、そのギター盗んだ奴も現行犯で捕まえて欲しいところだけどね」

「でも、まさか泥棒が三人組だなんて思わないよね⁉ 一人逃げられたって仕方ないことだよぉ」


 メグの必死のフォローに、「お、おぅ……」とたじろぎながら頷くタカバ。


「はい、どうぞ」


 そして、ユイは美しき笑顔に圧力に耐えきれず、そのギターを受け取るしかなかったのだ。





 エクティアタワーのお膝元には、中央公園が広がっている。明るい時間であれば老若男女問わず、人が集まりやすい場所だった。


 芝生ゾーンでは、球技に励む者。

 遊具ゾーンでは、全力で遊ぶ子供たちと、それを見守る母親たち。

 そして噴水ゾーンでは、何をするでもない人たちが、とりあえず時間を潰すために集まっている。


 女神のオブジェクトが映える噴水を中心とした石造りの広い空間は、学園内の噴水広場と雰囲気が似ていた。理由は簡単。ここを準えて、学園内の広場が作られたのだ。そもそもこの女神像自体は、南部クオノール地方で有名だった芸術家が作った彫像の模造品であり、満ちた平和の象徴なのだという。


 ――だったら、まさに絶体絶命な私を救ってみせなさいよ!


 そんな噴水ゾーンでは、休日となると多くの大道芸人たちが集まっていた。自慢の一芸を見せびらかしたい者は、いつの時代にもいるもの。そうした彼らが経費を掛けることなく誰かに見てもらうための舞台として、この広い広場はうってつけなのだ。それに乗じて、何かのマスコットキャラクターのきぐるみを着た人が、子供たちに風船を配ったり、カップルに何かの割引チケットを配ったり、色々な店の集客にも力を入れているようだった。


 青く、一段と穏やかな空の下。

 その一角で人盛りの向こうに頭だけ見えた女神像に皮肉な要求を告げるユイは、


「なぁ……なんでこんなことになってんだァ?」

「知らないわよ。でも確実に私もバレてるわよね……」


 どんよりと、タカバと共に頭を抱えていた。


 目の前には大量のお客さん。

 その一番最前列では、絶世の美男美女が喜々とお喋りしていた。


「ねぇねぇ、ルキノ君。タカバ君たちは何を歌うのかなぁ?」

「どうやら、古代の歌(アンティークソング)を歌うようだよ。昔は誰もが知っていた名曲が、今の時代で忘れ去られているのを嘆かわしく思ったらしく、そういった歌を再興していこう! ていう試みらしいんだ」

「そうなんだぁ! 確かに、名曲が消えちゃうのは勿体ないよねぇ」

「そういうこと! しかも、エクラディアの軍事クラスといえば、将来有望なエリートだからね。そんな彼らが大々的に活動しているんだから、注目しないほうが不思議じゃないかな?」

「ふふ、ルキノ君。自分でそれを言う?」

「でも、本当のことだろう――なぁ、タカバ?」


 疑問符を投げかけられて、タカバは「うっせェーよっ‼」と一喝した。


 そんなこんなで、目立つルキノたちの会話を耳にした人々がどんどん集まって来て、今に至る。

 半円状に囲まれてしまったユイたちに、逃げ場はない。


 タカバの固唾を呑む音が、ユイにも聴こえた。


「オメェ、ギターなんか弾けんの?」

「それが弾けちゃうから、余計タチが悪いんじゃない……」

「仕方ねェ……じゃあ、オレは適当に踊ってやるから、歌は任せたぞ」

「えっ⁉」


 批難の声を上げるユイに、タカバは親指を立てた。ニヤリと笑った口元から白い歯がきらりと輝く。


「オレが古代の歌(アンティークソング)なんか、知ってるわけなくねェ?」

「……ですよねぇ」


 ユイも深呼吸して、嘘っぱちの金髪を掻き上げた。

 とりあえず、今の自分は傍から見たら、金髪の派手なサングラスの女なのだ。いつもと違う自分。ならば、いつもと違ったことでもできるはず。


 ――こいつらの前で泣き言なんて、言ってたまるか!


 完全に、嵌められている。だけど、このまま泣き寝入りなんて御免である。


 ――どうせ、神様だろうが女神様だろうが偉そうに突っ立っているだけなんだから。


「じゃあ――行くわよ!」

「おう!」


 ユイの掛け声に、タカバが威勢よく答えた。


 ルキノがリズムを取るように、指をパチンパチンと鳴らしだす。その隣で、メグも楽しそうに手拍子していた。


 ユイは覚悟を決めて、ギターを掻き鳴らす。


「いーとーまきまき、いーとーまきまき、ひっぱりのばして、よいよいよい♪」

「ハァ⁉」


 いい感じのタイミングで、タカバの驚きの合いの手が入る。狼狽えながらも、膝を曲げ伸ばししながら、手をくるくる回して始めたようだ。


「でーきたできたー♪ かーみさまーのぱんつー♪」


 メグが見ていられないとばかりに、顔を手で覆いだした。ルキノは目に涙を浮かべて、腹を抱えている。


 こうなれば、もう自棄である。


「二番行くわよー!」

「お……おう!」


 ユイがさらに一層ギターを鳴らすと、タカバも調子が出てきたのか、中腰で両手を前や横に動かしていた。


「たーねをまきまき、たーねをまきまき、ふみつけそこのけ、どんどんどん♪」


 その歌は、四番まで平和の象徴たる広場に響き渡った。





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