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自暴自棄な夜に





 エクアの世界は、すべて科学で出来ている。


 ユイの黒髪をなびかせる風も、電灯のあかりに呼び寄せられている虫も、星がまたたく夜空も、すべては人工的に科学で造られたものだ。


 たとえ、初めての告白が無残に玉砕しようとも。

 そのまま部屋に帰る気力も沸かず、学園内の手近な噴水広場で呆然としていようとも。


 ユイのことなんか一切気にすることなく、夜は無情にも造られる。


 空のスクリーンは、エクアで異端とされている色にも関わらず、時間になれば黒色に染まる。人間という生物の体内時計は、定期的に暗くならないとどうしても狂ってしまい、正常な活動が出来なくなるらしい。


 ――だったら、黒髪だって毛嫌いしてるんじゃないわよ。


 しかし、たとえユイが思っても、世界はそうと認めない。だから、これは完全な八つ当たりだ。


「ほら、虫。あんたもピンクに光ってみたらどうなのよ」


 涼やかな音を奏でている虫の役割は、その音のみ。夜の風物詩とやらで、人類が遊び心で世界に取り入れた機械である。他にも、監視カメラが搭載された虫や、清掃用の虫など種類は多岐にわたるが、色はたいてい黒か白。その時間と場所により、目立たないように変色する仕組みである。無論そのため、夜に活動する虫の色は黒が多い。


「私も……この髪がピンクだったら、フラれなかったのかな……」


 ふと、ユイは自分の髪に触れる。

 たとえ、白い手足が長くても、切れ長の顔つきがどんなに整っていようとも、髪と瞳が黒ければ、このザマである。


 真剣に告白したのだ。


 彼とは、学園に入学してから十年間、ずっと同じクラスだった。

 黒髪のユイは、クラスでも、それ以外でもいじめられる。その時、いつも助けてくれるのが彼だったのだ。


 卒業まで、あと一年。

 最後の年くらいは、楽しい学生生活を過ごしてみたい。

 好きな人と、堂々と一緒にいられる生活がしたい。


 そう思って、告白したのに。


 ――けっきょく、この髪が原因でフラれちゃったけど。


 黒髪だからと、健康や知能に異常があるわけではない。遺伝的要素かといえば、両親とも金髪の健常人だから違う。ただの突然変異――特別な機関で精密検査を幾度となく受けたが、原因も不明。遺伝子に異常はなし。しかも、どんな染料を使っても髪が痛むだけで染まることはなく、カラーコンタクトも目が受け付けてくれないというオマケ付き。


 ただただ、色が違うだけ。それだけで、この仕打ちである。


「諦めなきゃいけないのかな……色々と」


 目の前の噴水も、この時間帯ではゆるりと水面が動いているだけだった。

 誰もが寝静まった夜。節電のため、無駄なエネルギーを消費しないという合理性のために、ただ水を循環させているだけである。


 その水面をぼんやりと眺めながら、ユイは愚痴をこぼす。


「だったらさー、いっそのこと、こんな世界滅んでしまえばいいのに」


 なぜ、自分だけが苦しまなければならないのか。

 なぜ、自分だけが泣かねばならないのか。


 そんな八つ当たりを口にした時だった。


「ならば、自らの手で世界を破滅させてみたらどうだ?」


 黒い水面が、突如盛り上がった。


 ぴちょ……ぴちょ……。


 その影が、不可解な音を立てながらユイに近寄って来る。


 ぴちょ……ぴちょ……。


 水が滴るよりも粘質。不気味というより滑稽。そんな音とともに目の前に現れた男は、黒い外套を着ていた。その色は当然、エクアとは不釣り合いな色。


 夜に紛れるそのフードの下から覗く、冷たく長い銀髪。鋭い眼光は輝かしい金色。無機質のようにも思える整った顔つきの男が、ユイの前で片膝を付く。


 つられて視線を下げたユイは、その音の正体に気が付いた。


「それ、サンダルよね? しかもトイレの」

「うむ。俗に言う、便所サンダルというものだな」

「どうしてそんなものを外で履いてるのよ?」

「歩きやすいからだ」


 ――ペタペタして歩きにくくないのかしら?


 濡れた素足で履く固定する箇所がろくにないサンダルである。

 だが、それに疑問を覚えたとはいえ、真顔で答える男に対して、ユイは異を唱えることもなく、


「……そっか」


 納得してあげると、男は少しだけ嬉しそうに「そうだ」と頷いた。

 そして男は、ユイを見上げる。


「ではエクアージュよ。共に世界を破滅させてはみないか?」

「ちょっと待って。誰よ、そのエクアージュって」

「無論、貴様の名前だ」


 やはり真剣な顔で言う男に、ユイは頭を抱えた。


 ――どこからツッコめばいいのかしら?


 そのエクアージュという呼称しかり。

 世界を破滅させるという提案しかり。

 そもそもお前は何者だという存在しかり。


 悩むユイに、男は言う。


「貴様は、失恋したのだろう?」

「……なんで知ってるのよ?」

「こんな夜更けに一人で物思いにふける少女なんて、失恋した以外に何があるというのだ?」

「いや、年頃なりに悩みは色々あるけど……」


 卒業後の進路しかり。

 普段の学生生活しかり。

 黒髪ゆえの苦労しかり。

 

 だけど、いくら半眼で睨んでも、狼狽えることない男の言い分にわざわざ反論する気にもならなかった。


「……だったら、なんだっていうのよ?」

「貴様は今、『こんな世界破滅してくれ』と願ったであろう。だから、それを共に叶えようと提案しているのだ」

「願ったというか、愚痴ったというか……てか、仮に私がそうお願いしたとして、あなたが叶えてくれるわけではないんだ?」


 それは、揚げ足取りのような疑問。

 だけど、男はそれに臆することなく、まっすぐにユイを見る。


「私がそれを一人で叶えたとて、貴様は喜ぶのか? 復讐なり、腹いせなり、自分で行うからこそ楽しいのだろう」

「楽しいのかしら、それ?」


 金色の目は、とても綺麗だった。

 空に瞬く星よりも、強い意志を秘めた光は眩しい。


「楽しいさ。きっと、生きる希望になるくらいには、な」

「希望的観測がやけに仰々しいわね」


 ユイは鼻で笑う。


 ――私の事を心配してくれてるのかしら?


 寮もある学園内の警備体制は万全だ。四面巨大な壁に囲まれたこの学園に、外からの不審者が侵入したという報道を、ユイは一度も聞いたことがない。だからこそ、今、目の前にいる男は、夢か錯覚なのだ。


 ――だからこそ、こんな都合のいいこと言うのかしら?


 失恋して悲しい。

 誰かに慰めてもらいたい。


 そんな自分の甘えから来るまやかしは、普通とは少し違った気晴らしを提案して来るけれど、


「それも……いいかもね」


 ユイはそう思わずにはいられなかった。


 悲しい夜に、幻に励まされる哀れな自分に、希望はない。明るい明日が考えられないからこそ、こんな時間まで帰れる勇気が出ないのだ。


 帰って眠れば、嫌でも朝が来てしまうから。

 ツライ現実が、やって来てしまうから。


 だから、ユイは時間を引き伸ばすために訊く。


「じゃあさ、どうやって世界を破滅させるのよ? やろうと思えば、明日一日でこの学園破壊することくらいできるのかしら?」

「それも可能だが、ここは貴様の生活区域であろう。いきなり生活基盤が崩れると、些か今後の作戦に支障が出る。それは好ましいとは言えないな」

「やけに具体的ね……じゃあ、校舎の一つくらいなら問題ないってこと?」

「ふむ。それくらいなら、景気づけにちょうどいいだろう」


 容易く答える男に、ユイは夢とはいえ顔をしかめる。


「えらく簡単に言うわね……具体的に策はあるの? 校舎まるまる吹き飛ばせる爆薬なんて、そうそう簡単に入手できないわよ?」

「心配には及ばん。魔法を使うのだからな」

「ま……魔法⁉」


 予想外の単語を聞いて、目を見開いた時だ。


 男の夜空にまたたく星のような瞳が、間近に迫っていた。

 ひんやりとした吐息が唇に近づいた瞬間、柔らかいものが優しくそこに触れる。唇の隙間に入り込むのは、少しだけ甘い香り。


 意識が遠のいたのは一瞬。

 ユイが男を押しやると、男はニヤリと口角を上げた。


「魔法の力で、世界を破滅させようではないか。エクアージュよ!」

「だ……だから、誰なのよそれは‼」


 慌てるユイを尻目に、男は外套の裾を大きく翻した。


「では、エクアージュよ! 明日景気づけが成功した暁には、改めて世界滅亡へと足を踏み出そうではないか!」

「え……ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 ユイがそう呼び留めても、男は振り返ることなくスタスタと歩いて行く。

 そして、再び噴水に足を踏み入れては、そのまま沈んで行って。


「えええええええ⁉」


 慌てて後を追い、ユイは噴水を覗く。

 水面が弧を描くように揺れていた。だけど、深くもない噴水に潜る変質者の姿もなく、ただ星の光を反射するのみ。


「な……なんだったのよ、今のは」


 夢だとしては突拍子もなく、幻にしては現実的だった。


 ふと、手で唇に触れると、濡れていた。ユイはそれをゆっくり撫でてから、首を振る。


「あーもう、止め止め。バカバカしい。さっさと部屋に戻ろ!」


 ユイは髪を掻き上げて、踵を返す。


「世界を破滅させる、か。現実逃避にしても、突拍子がなさすぎるけど……さ」


 ――悪くはないのかもね。


 その空想にこんな感想を抱いてしまうユイは、肩を竦めて自嘲した。





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