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ガキ大将が寝付けない理由



 ◆ ◆ ◆



「くそ、どーしてオレが劣等種なんかと!」


 愚痴を吐き捨てながら、タカバは夜の街をジョギングする。

 エクラディア学園の大半の生徒は寮で生活しているが、タカバは幸いにも実家がエクバタ市内にあったので、たまに寮の友達の部屋に潜り込むことはあったが、基本的には実家から通っていた。


 夜に営業している店はほとんどなく、点在している街頭の明かりがタカバの行先を照らしている。一歩奥に入った路地からはあまり良くない声がヒソヒソと聴こえるが、もちろんそんな場所に足を踏み入れたりはしない。実家のある住宅街のメイン通りを軽く一周――のつもりが、今日に限って寝付けそうになく、もう三週もしていた。


「よぉ、タカバ君。精が出るね!」

「オイッス!」


 仕事帰りの近所に住むオッサンに会釈しつつも、タカバは足を止めない。

 もうすぐ、四回目の実家の前を通り過ぎようとした時だった。


 実家であるパン屋の店の前で、幼女がぬいぐるみを抱えてジッとこっちを見ている。


「マール⁉」


 タカバが歩幅を広げて駆け寄ると、ショートヘアの無表情な幼女はまっすぐにタカバを見上げた。


「マル、タカバ(にい)迎えにきた」

「迎えって……危ないだろォーがよー?」


 妹のマールは五歳。日付変更にはまだ時間はあるものの、完全に空が夜を告げた時間に一人で出歩いていい時間ではない。ツヤツヤの丸い頭を撫でながら、タカバは少しだけシャッターの開いた店の奥を覗く。すると、兄の一人がお金を数えながら親指を立てていた。しっかりと監視は付いていたようである。


 それに一安心して、タカバはものすごく軽く妹の頭を小突いた。


「いいか、こんな遅くに一人で外出ちゃいけないんだぞ!」

「でも、タカバ兄がぜんぜん帰ってこなかった」

「兄ちゃんはもう大きいからいいんだ!」

「でも、タカバ兄はバカ兄」

「……これでも勉強は頑張ってるんだけどなぁ」


 学力のことを言われれば、たとえ五歳相手とはいえ、タカバに見栄を張る自信はない。

 もちろん、学力が落ちこぼれているとはいえ、エクア屈指の学園のエリートクラスに所属している。その中で出来ないとはいえ、世界基準ではそれなりの学力はあるのだが、それでもタカバは、それを言い訳には使わない。


 代わりに、ニカッと明るく妹に笑いかける。


「悪かったな。じゃあ、お家帰るか!」

「なに悩んでる?」


 だけど、妹はぬいぐるみを抱く力を強めて、その場から動こうとはしなかった。そして、図星を突かれたタカバも誤魔化すことができずに「うっ」と顔をしかめる。


「相変わらず、マルは鋭いな」

「バカ兄が帰ってこない時は、たいてい悩んでるとき」

「……確かに、そーかもしれねェーけど……」


 自覚はあった。

 だけど、五歳の妹に話せる内容でもなかった。


 だって、あまりカッコイイ話ではないのだ。

 タカバはジャージのポケットに入れていた、テープでグルグル巻きにしてある細いタッチペンを握る。




 あれは、エクラディア学園の入学試験の時だった。

 当時十歳になろうとしていたタカバは、子供なりに一生懸命考えて、この進学先を希望した。


 自分は頭が良くないから。

 力と体力しか取り柄がないから。


 あまり裕福でないパン屋の三男坊に生まれた自分が、大好きな家族のために出来ること――それを子供なりに考えた結果が、身体を使って稼ぎ、家に仕送りをすることだった。

 身体を張った高給取り。そして子供ながらにして憧れたカッコイイ職業が、正義のために市民を守る政府警察(エクアポリス)。その正義のためだとかという建前は、しょせんアニメや漫画の受け入りだったが、タカバはそんな本質まで考える子供ではなかった。


 ようは、カッコよく得意なことで稼げればよかったのだ。


 苦手でも根性があったタカバは、出来る限り勉強を頑張った。

 そして迎えた試験当日――頭の良くない自分がするべき最大の対策を、タカバは怠ってしまったのだ。


 ――ヤベーッ! タッチペンがねェー‼


 試験は机に内蔵された画面に直接書き込み、選択する形で行われる。一応素手で触っても感応するシステムではあるのだが、やはり手汗などの影響で百パーセント動作が保障されるものではない。そのため、各自タッチペンを持参するのが暗黙の了解なのである。


 焦るタカバの手が、どんどん汗で滲んでいく。そうなればなるほど、画面は思うように反応してくれない。


 ――くそォ、くそォ……。


 試験官を上目で見るも、忘れ物をしたということが判明した時点で、試験は落ちるという噂があった。体調管理然り、自己管理が出来ていない者は不要という判断が下されるらしい。


 一応、学校は他にもあるものの、評判は悪く、家からも遠くなってしまう。家から通えないとなっても、仕送りなどとても頼める経営状況ではないのは、子供の目から見ても明らかだった。


 ――ここまでか……。


 俯いて、血が滲むほど唇を噛み締めた時だった。隣の席から投げ込まれたタッチペンが、タカバの机の上をコロコロと転がる。慌ててその方向を見ると、黒髪の長い少女が口が「使えば?」と言わんばかりに動いていた。


 試験開始前、まわりの受験生たちがヒソヒソと黒髪がいると話していたのは耳に入っていた。だけど、タカバ自身は直前の追い込みに余念がなく、まったく気にしてなかったのだが、


「恩に着るぜ!」


 口パクでそう返事をしようにも、その少女はすでにプイッと前を向いて、自分の画面に注目していた。その呆気ない対応に少し唖然とするタカバだが、向いてきた幸運に小さくガッツポースをし、揚々と答案に答えを記入していく。


 そして――予想以上の手応えを感じて全ての回答を終えた時、試験終了の合図が鳴った。

 タカバは試験管が去った直後に立ち上がり、隣の少女に礼を告げる。


「助かったぜ! ありがとな‼」

「なにが?」

「……へ?」


 タカバがポカンと口を開いている間に、少女は黒髪をなびかせて会場を後にしようとしていた。


「ま、待てよ!」


 慌てて彼女の腕を引くものの、冷たい同色の瞳に拒絶され、彼女はそそくさと歩いていってしまう。


 ――名前……。


 呼び止めようにも、彼女の名前を知らない。

 ふと閃いたのは、その黒髪を侮蔑する差別用語だった。いい言葉ではないのはわかっている。だけど、とっさに他の案が出てこなかったタカバは、


「劣等種ッ!」


 と叫ぶと、彼女は一瞬振り向き、舌打ちしていた。


 ――女の子が、舌打ち⁉


 そのギャップに驚いている間に、彼女の姿は帰ろうとする人混みの中に消える。


 ポツンと残ったタカバの手には、彼女が貸してくれたタッチペン。

 タカバはそれをギュッと握りしめ、


「あいつ、性格悪くね⁉」


 感謝を通り抜け出てきた苛立ちのままに力を込めると、細いタッチペンがポキっと二つに折れていた。





 そんな性格の悪い女と、明日は二人で行動しなければならない。そんなことになったキッカケは自分かもしれないが、それでも嫌なモノはしょうがない。

 しかも、こちらは十年越しの借りが、今もポケットにあるのだ。入学してからいつでも返せるようにと常に携帯しているものの、この十年、未だにその古くボロボロになったタッチペンはタカバの手元にある。


「……まぁ、大人になると色々とあるんだよ」

「どーせ、まだペン返せてない」

「なんでわかんの⁉」


 タカバが鋭い五歳の指摘に驚愕すると、その五歳児の幼女はタカバのジャージのポケットに容赦なく手を入れてくる。そして、タカバの手の隙間から無理やりそのタッチペンを取り出した。


「あ、やっぱりまたテープよれよれ。こんなの返されても、たぶん困る」

「けどよォ、新品返そうとしても『こんなペン見覚えない』とか受け取ってもらえねェーし」

「バカ兄、そのペン借りてもう何年?」

「……十年になんのかな」

「マル、十年前ぜんぜん生まれてない」

「だよなァ……」


 タカバが盛大なため息を吐くと、その下りてきた肩をマールはポンポンと叩く。


「でも、なかったことにしないバカ兄はえらい。卒業までにがんばれ」


 ぬいぐるみを抱えた無表情な五歳児に励まされ、もうバカ兄と言われても気にしない兄は乾いた笑みを返した。


「まぁ、明日チャンスっちゃチャンスだしな――マル、ありがとな!」


 そして、タカバは可愛い妹を抱き上げ、頬釣りをする。


 


 

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