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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
二幕 共闘尾行

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変質者には用心せよ





 タカバと別れてから、ユイはご機嫌だった。自室へと向かいながら自然と笑みがこぼれてしまう中、ユイは揚々と小型通信機(モバイル)に指を滑らせる。


 ――あいつらの尾行かぁ……。


 自分を振った男と、自分を裏切った友達のデートを邪魔してやるのだ。こんなに楽しいことなんか、そうそう思い当たるものでもなく、ユイは含み笑いを堪えることが出来ない。


 魔法の訓練も、夜が更けてから少しずつ行っていた。

 まだ、そんな大それたことは出来ないものの、風を起こすだとか、火を付けるだとか、簡単なことなら出来るようになった。


 たったそれだけでも、できる嫌がらせは多い。

 

 ――どんな道具も使い方次第ってね。


 そんなことを考えながら、ユイは自室の扉を開けた。

 とりあえず何事でも始める前には、持っているものを整理し、それを把握すること。


 少しだけ整理した部屋で、肝心な明日のデート情報を掴むため。ユイはベッドに寝ころび、小型通信機(モバイル)に、オリジナルの操作卓(コンソール)を取り付けようとした時である。


 ぴちゃ……ぴちゃ……。

 水の滴る音が、かすかに聴こえる。


「お風呂の閉め忘れはないと思うけど」


 部屋を出る前に、一通りの水回りや戸締りを確認する日課はついている。虫がいないかどうかのチェックも忘れない。虐められてきたゆえの対策は、肌に染みついているはずである。


 なので、ユイは慌てて音がする方――バスルームへ向かった。


 そして見たものに対して、ユイは大きく嘆息するしかなかった。


「……あんた、なにやってんの?」


 バスタブの中で、顔だけ覗かせる男がいた。


 白い頭の先からずぶ濡れで、瞳が爛々と輝いている。そんな不審な男は真っ直ぐにユイを見つめてくる。


「エクアージュか」

「いい加減その名前で呼ばれるのは慣れてきたけど、ナナシ先生の変質ぶりには慣れたくないものね」


 ユイは皮肉を吐きながら、壁に付いたあるスイッチを押した。


 ライトのスイッチではない。盗聴器の類がないかを探るための装置を起動させたのだ。アラームが鳴らないということは、何も仕掛けられていないらしい。以前シャワーを浴びているところを盗撮されかけて以来、ユイが廃材を寄せ集めて作成、仕掛けたのである。小型通信機(モバイル)の内蔵させたものよりも、こちらの方が精度は高い。


 ――部屋に帰ったら、バスルームに担任が待ってました……なんてバレたら、えらい騒ぎだもの。


 ひとまずは安心して、ユイは怪しく沈むナナシに尋ねた。ちなみに、バスタブに張っていた水は、昨晩のユイの残り湯。勿体ぶって使いまわそうとしなければ良かったと心底後悔しても、時はすでに遅し。


「なんでこんな場所にいるわけ?」

「ここがエクアージュの部屋だからだ」

「部屋じゃない、バスルーム」

「そんな些細な問題よりも、私は貴様に言いたいことがある」


 ――全然些細な問題じゃないんですけど。


 そう追及したくても、改めてそう言われては気になるというもの。「何よ?」と口を尖らせて尋ねると、ナナシはバシャーンと水を撒き散らしながら立ち上がった。


「歩き小型通信機(モバイル)は危ないだろうがっ‼」

「見てるんじゃないわよ、この犯罪者(ストーカー)


 水の滴る長い白衣。もちろん重くなったズボンの下には、ビチャビチャの便所サンダルが浴槽のタイルの上で音を鳴らした。


 そんなずぶ濡れの男をユイが上下見渡していると、ナナシは訝しげに眉をひそめた。


「なんだ?」

「……なんでバスタブの中から登場したわけ?」

「転移がラクだからな」

「手抜きしないでよ」

「仕方ないんだ」

「そうなんだ?」

「そうだ」


 ――いや、訳が分からないから!


 そうは思っても、ナナシの顔はこれ以上語ろうというつもりがないようで。ユイは半ばあきらめて、その辺に掛けてあったタオルをナナシへ投げた。ナナシはそのタオルを受け取ると、白衣の下から取り出した丁重にカバーが掛けられた本を丁寧に拭いていく。


「感謝する。いつも転移すると、これが気がかりでな」

「もう手遅れじゃない?」

「防水加工はこれでもかと施してある!」

「そーですか」


 もうどうにでもなれと呆れて答え、踵を返そうとするユイ。だが、その肩をナナシに押し止められた。見上げれば、その金色の瞳が冷たく細められている。


「ところで、なぜ貴様は補講をサボった?」


 いつになく真面目な口調に、ユイは明後日の方向を向いた。


「何の事かしら?」

「あの程度のことをやり遂げられないで、よくも世界滅亡だなんて言えるな」


 淡々と言ってはいるが、横目でナナシの顔を見ると、こめかみが引きつっている。それに、ユイはふてくされながらも応じるしかなかった。


「魔法の訓練は、ちゃんとサボらずやっているわよ?」

「それは知っている。だがどんな力があっても、それを使うには使用者の判断力や想像力がモノを言う。魔法がなんたるかは、貴様もさすがに覚えただろう?」


 魔法とは――それは、ここ数日毎日ナナシから聞かされているものだった。

 それを、ユイは諳んじる。


「魔法とは、想いの力。自ら思考したことを神経伝達物質(パルス)を介して、外部分子(イオン)に伝え、動かす力。そのため、想像力(アイデア)の大きさが魔法の強さと比例する。で、それをそもそも行使するための動力源が、体内にあるマナなんでしょ?」

「その通りだ。ようは、とっさに想像力(アイデア)を働かせることが出来るかどうかが、魔法のミソになるのだが……あのウジウジした『魔女っ子』はなんだ? あんな恥ずかしがって、貴様の思考は正常に働くのか?」


 責められて、ユイはさらに嘆息を重ねた。


 ――わかっているわよ、そんなこと。


 ナナシの言いたいことは、わかっている。

 あの馬鹿げた授業は、自分のためのものだったということも。


 だけど、だからこそ。

 彼女のあとに、出来なかった。

 彼女と比較されて、劣ってしまう自分が怖くて。

 明確に可愛くないと比較されることに、耐えられそうになくて。


「じゃあ、明日を見ててよ」


 ユイは髪を掻き上げて、ナナシの方に向き直る。


「明日、あいつらのデートを尾行することになったの。魔法であいつらを懲らしめてみせるからさ。それが補講ってことでいかがかしら?」


 すると、ナナシは「うむ」と綺麗に拭き終えた本を抱えながら、


「そうまで自信があるのなら、特別にその補講を認めてやろうではないか。ただし、あんな醜態をまた晒さらしてみろ。次はもっと可愛い課題を用意するからな」


 少し嬉しそうにそう言って、彼はユイの横を通り過ぎていく。そして何事もなく部屋を通って、扉を開けて、通路を歩いていった。


 あまりにも当然と歩いていくナナシの背中に、ユイは何も声を掛けることが出来ない。


 ここは女生徒の寮なのだが、その一室から男性教師が出てきたことが発覚したらどうなるだろうか。

 彼の歩いた後がとにかくびしょ濡れなのだが、一体、誰が掃除をするのだろうか。

 渡したタオルをそのまま持って行かれたのだが、あとで洗濯して返してくれるのだろうか。


「……こういう時とっさに止められないから、ダメってことなのかしら?」


 ユイはやれやれと頭を振って、とりあえず雑巾を探すことにした。





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