魔女っ子になりきれない二人
いつしか、空のスクリーンが橙に染められていた。その下では、白い鳥に模した機械が、カァカァと帰りを促すように鳴いている。
暖かくも寂しい後光を背に、ユイはがらんとした教室で、膝を付いていた。
「もうやだ……なんでこんなことをやらなきゃいけないの……?」
「てか、なんでテメェも出来ねぇんだよ。それでも一応、女だろォーが?」
教室に残っている生徒は、背の高い二人だけだった。ユイの隣で、タカバを床に座りこんで荒い息をしている。そんな二人を、ナナシは呆れた様子で見下ろしていた。
「私は貴様ら二人に、同じようなことを言いたいがな。どうして、そんな頑なに出来んのだ? ちょっと一瞬、我慢すればいいだけだろう。もう全員帰っているのだぞ?」
ユイは親の仇を見るかのような目で、ナナシを見上げる。
「うるさいわね……女にだってねぇ、こう……捨てられないプライドみたいなものがあるのよ!」
「こんなことで根を上げているようでは、先が思いやられるぞ、エクアージュよ。貴様がこれから先、どんなことをしなければならないのか、全く想像ができないわけでもあるまい」
言われて、ユイは歯ぎしりする。
確かに、これから世界を破滅させるにあたって、いくつもの死戦を潜り抜ける必要があるだろう。とっさの判断が遅れて、あっけなく死ぬ可能性だってあるはずだ。恥ずかしいからと効率的な作戦が実行できないような奴に、世界滅亡だなんて大それたこと、どんな力があったって出来やしないだろう。
そんなことはわかっている。そんな理屈はわかっているのだが。
――できるわけ、ないじゃない。
あんなに可愛らしいメグを見て。あんなに輝いている、裏切り者を見て。
あれと同じことが、こんな黒くて可愛げのない女に、出来るわけないじゃないか。女だからこそ、できないのだ。同じ女だからこそ、その差を感じて、できないのだ。
ナナシは項垂れるユイを見下ろしつつ、腕の時計を確認した。
「とことん付き合いたいのは山々だが、そろそろ部活動にも顔を見せんといけない時間でな。すぐに戻ってくるから、しばらく貴様らは自習をしとけ」
そう言い残して、ナナシが足早に教室を出ていく。
その背中を見送って、
「行ったな」
「行ったわね」
「先生の部活って、なんだ?」
「噂では、漫画研究部っていうマイナーな部の顧問をしているらしいけど」
「……よくわかんねェーけど、すぐ帰ってきそうだな」
「そうね。あいつの好みの漫画を読んでいるかどうかで、活動時間が大幅に上下するらしいわ」
そこまで淡々と話して、ユイとタカバは顔を見合わせた。
「じゃあ――どうする?」
「何が?」
真面目な顔で訊いてくるタカバに、一応ユイは疑問符を返す。
だが、何が言いたいのかは、わかっていた。
ユイは制服のポケットから、小型通信機を取り出した。手のひらサイズの折り畳み型の機械で、通常の機能よりかなり精密な整備を施してあるのが、ユイの自慢である。自分で改造してあるのだ。
ユイはその画面越しに、教室を一周見渡す。
「特に、監視の虫とかはいないみたいだけど」
「さすが劣等種! これで今のうちに逃げられるな」
ニカッと歯を見せながら親指を立ててくるタカバに、ユイは嘆息を返した。
「今、劣等種言われるのは、さすがに違うと思うんだけどね」
ともあれ、ユイもタカバと同意見。さっさと帰ろうと立ち上がった時だ、座ったままのタカバに、ユイは手を引かれた。
「なぁ……頼みがあんだけど」
――どうせくだらない事でしょう?
即座に断ろうと、口を開きかけた。が、彼の真剣な眼差しに、ユイは思わずたじろいでしまい、
「……なに?」
唾を飲み込んでから、ユイは冷たく尋ね返す。
「ここじゃ、あれだから……場所変えようぜ」
タカバの目が珍しく、気恥ずかしそうに泳いでいた。
「頼むっ! 情報を分けてくれ!」
人がいない物置の端で、タカバはいきなり土下座をした。
古びた模型兵器が積み重ねられている薄暗い物置。隅に虫でもいないかと思わずユイはキョロキョロと見渡してしまう。
そんな所で、乱暴な男と二人きり。
――危なかったかしら?
そう考えた時には、彼は額を床に付けていたのだ。
「ねぇ、タカバ。その行為がどんなものか、知っててやってる?」
「あぁ! テメェ、古代文明とか好きだろ? だから調べてきたんだ。昔の奴らは、本気で何かをお願いする時、昔の人はこうしてたんだよな⁉」
「うん……間違っちゃいないんだけど、なんか……まぁ、いいか」
他に誰が見ているわけでもないし、見てたところで、タカバがどう言われようが、ユイには関係ないことだ。ユイは気を取り直して、憮然とした態度で腕を組んだ。
「情報って、なんの情報よ?」
「メグちゃんとルキノの野郎、デートするんだろ? それって明日なんだよなぁ? どこデートするとか、テメェ知ってんだろ。教えてくれよ、頼む!」
メグとルキノの初デート。その話は、教室中で持ち切りだった。
二人が付き合いだしたという話が広まるのが早く――というより、ただでさえ有名な二人が登下校やランチタイムも二人で過ごしている姿があちこちで目撃されていれば、誰も否定のしようがないだろう。
そんな二人が初めて迎える週末の休日。必然的に、デートをするのではないか、どこへ行くのかと噂が飛び交っているのだ。
――まぁ、さっきも早々に二人して帰っていったしね。
そんな二人に幸せそうな顔を脳裏で塗りつぶしながら、頭を擦る勢いで必死に懇願をしてくるタカバを、ユイは半眼で見下した。女の中では一番背の高いユイたが、それでもタカバの方が圧倒的に背が高い。そんな相手をこうして見下ろすこと自体は、少しだけ気分が晴れる光景だった。
なんせ、あのタカバが。いつも『劣等種』と嫌がらせをしてくるタカバが、『劣等種』であるユイに頭を下げているのだ。
――ついでにそのざんばら頭、踏みつけてやりたいところだけど。
そんな高揚した気分を隠して、ユイは平然を装う。
「それを知ってどうするつもり?」
「それは……」
ユイの当然な質問に、タカバは言葉を詰まらせた。
彼らの待ち合わせ時間や場所くらいなら、噂を辿っていけば割と簡単に探し出せるだろう。盗聴器をフルに使えば問題ないはずだ。その情報を元にタカバがすることといえば、どうせ尾行するとか、邪魔をするとか、その程度だろう。
――教えてあげたところで、私に何の不利益もないけれど。
そこまで考えて、ユイの口角がニヤリと上がる。
「面白そうじゃない」
「へ?」
ユイのあっさりとした返答に、タカバはポカンと顔を上げた。
「その話、乗ってあげる。ただし、私も明日行くからね」
「ハァ⁉」
「尾行でもするんでしょ? 私も行く。情報は全部、私が仕入れるんだもの。異論はないわよね?」
有無を言わさず、ユイは髪を掻き上げる。
タカバのアホ面と、遠くから聴こえる鳥の声がいい感じで調和していた。




