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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
六幕 最愛悪友

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世界を破滅させる意味がなくても

 ただ、指を鳴らすだけ。それだけで、ずっと自分を嘲笑っていた奴らの顔を恐怖の色で塗り替えてやることが出来る。

 ただ、指を鳴らすだけ。それだけで、そいつらが生きるも死ぬも、全ては自分の思うまま。


 ――殺してやる。


 それは、爽快でなくてはならない。

 『正義』なんて偽善を振りかざす甘く可愛い令嬢を、目の前から消し去る行為に罪悪感なんて抱くわけがない。

 

 だって、自分は化け物なのだから。

 指を鳴らすだけで人を殺める魔女なのだから。


 メグの目の前で、赤い爆発が起こる。だけど彼女は迅速に飛び退くことで、呆気なくそれを躱してみせた。


 そして、メグは悲しげな顔で言う。


「争うしか……ないのかな?」

「そういうさ、私が悪いみたいな言い方、やめてもらえる?」


 ユイは吐き捨てるように笑った後、メグをキッと睨みつけた。


「先に、私に銃口向けたのはあんたよ」

「――そっか、あの時のリュリュちゃん!」


 ――思い出したって、遅いわよ。


 メグとルキノの初デートの時――エクティアタワーで爆破事件が起こり、安易(・・)にユイが馬鹿げた着ぐるみを身にまとい助けに行ったあの時――彼女は計画の邪魔になったユイに、何の躊躇いもなく銃口を向けた。


 その時のメグと、今の自分。それとまるで変わらない。


「あんたは、計画の邪魔だった私を平気で殺そうとしたわよね? それと同じよ――私の計画に、あんたが邪魔なだけ。どちらかと言えば、私の方がマシなくらいじゃないかしら?」


 ユイは「明確な恨みがあるだけさ」と苦笑しながら、再び指を弾く。人造人間(ヒューマノイド)の入るカプセルが次々と破裂し、ガラス片が赤い電灯に照らされ妖しく乱反射する。


 きっと気持ちがいいはず――ユイは自分にそう言い聞かす。

 メグもどきをどれだけ破壊しても、メグ自身の表情が曇るだけで、少しも面白くない。

 だけど、メグ自身を殺せば。

 こんなことになった発端を殺せば、きっと――――


 ――私の気持ちも晴れるはず!


 赤いきらめきが冷たい床の上で静まる。

 その奥で佇む一人の少女に向けて、ユイが殺意を持って手を掲げた時だった。


 指を鳴らそうと、くっつけた親指と中指が離れない。

 ユイは思わず歯ぎしりをする。


「……何よ、その笑みは?」


 メグは微笑んでいた。

 両手を広げて、全てを受け入れるかのようにあたたかい笑みを携えて。


「ユイに殺されるなら、あたし、いいよ?」


 優しく笑う少女は言う。


「大好きな友達に殺されるなら、本望だよ。人造人間(ヒューマノイド)の破壊してもらえて、あたし自身も破壊してもらえる。こんな願ったり叶ったりなことはない。パパも死んで、あたしも死ぬ。死後の世界なんてあるとは思えないから、可愛いことは言えないけど……でも、パパを殺す覚悟をしていた以上、ちゃんと死ぬ覚悟してたから、あたし」


 ゆっくりと話す彼女は両手を広げて、静かに目を閉じた。


「大好きだよ、ユイ。あたしの友達になってくれて、ありがとう」


 ――前にも言われた覚えが……。


 いつもあざとい発言が多いメグだったけど、その中でもユイは覚えていた。


『あたしね、そんなユイのことが大好きだよ』


 それは彼女に裏切られる直前。彼女の幼馴染を助けたことを感謝された時に『何があってもこれだけは覚えておいてね』と告げられた言葉。


「何よ……それ……」


 その時と今が同じような状況なのは、何の因果だろうか。

 あの時も襲われていたアンドレ=オスカーをユイが助けた。そしてさっきも、死にゆく彼をユイが助けた。


 両方とも、ユイにとっては気まぐれ。

 決してメグのためなんかではない。良心なんかではない。


 でも、自分でも覚えているのだ。


『だって、あの坊っちゃんはメグの幼馴染なんでしょ?』


 あの時はそれが当然だと思って、わざわざ感謝されることに違和感を覚えるほど、彼女を好いていた自分のことを。


「性格悪すぎるわよ、あんた……」

「ナナシ先生にも言われたねぇ」

「そんなに腹黒くて、よくいけしゃあしゃあとお嬢様やってられるわよね」

「お嬢様だから腹黒いんだよぉ」

 

 ニコリと笑う彼女に対して、ユイは唇を噛み締め、掲げたままの手を強く握る。手のひらに爪が食い込む。その痛みと唇の痛み、どちらが強いかなんて、ユイにはわからない。


「……あんたを殺すことなんて、ただの過程にすぎないのよ」

「そうなの?」

「そうよ。ただの前哨戦にすぎないわ。ブライアン社を潰せば、エクア全土の大問題でしょう? 政府も巻き込んだそんな大きな問題、足掛かりにはもってこいじゃない」


 そう口早に話すユイに、メグは「うーん」と唇を尖らせながら両手を下ろす。


「その……世界を破滅させた? その後、ユイはどうするつもりなのかなぁ?」

「……さぁ?」

「普通に考えたら、志半ばに政府警察(エクアポリス)に捕まって、死刑になっちゃうよねぇ。だってエクティアタワーを最終的に炎上させたのもユイだし、ランティスでマナタンク破壊したのも……その様子だとユイなんでしょう? ブライアンのことがないとしても……終身刑じゃ済まない規模のことしていると思うんだぁ、あたし」

「……そうなったとしたら、何だって言うのよ」


 ――あんたには関係ないでしょ。


 ユイがそう言うよりも早く、メグは困ったように顔をしかめた。


「ユイ、それ、やめない?」

「……はぁ?」


 簡単に言ってくるメグにユイが眉根を寄せると、メグは真面目な顔で話す。


「あたしはユイを傷付けたから。あたしを殺すことでユイの気が晴れるならそれでいいと思ってたけど――このままじゃ、とてもユイが幸せになれると思えないから。だからね、その世界をどうのっていうのは、やめた方がいいと思うの。ほら、だって世界破滅しちゃったらさ、ルキノ君だって死んじゃうことになっちゃうし。そんなの、ユイも悲しいでしょう?」

「な――ルキノのことなんて今更……⁉」


 その名前に赤面するユイを見て、メグはクスクスと笑う。


「ねぇ? だからやめよう? きっと上手くいくよ。このまま何事もなかったように、残りの学園生活楽しんでさぁ。普通に就職して、普通に結婚して。あたし今までの償うつもりで、何だって協力するよ! だから、ね?」

「でも、このまま生きてたってあと十年しか生きられないのよ⁉」

「そうなんだぁ?」


 とっさに返したのは、ユイにとっての大義名分。

 だけど、メグは「ふーん」と小さな唇に指を当てた後、あっさりと言ってのけた。


「まぁ、その問題はあとでみんなで考えよっか」

「え……?」

「あたしはもちろん、ルキノ君も全力で協力すると思うし。アンドレも間違いないねぇ。あたしとアンドレの持っているコネを駆使すれば、エクアで受けられない医療はないと思うよ? それでダメだとしても、ナナシ先生って昔から天才なんでしょう? みんなで十年頑張れば、十年が十五年になって、二十年になって――ね? 何とかなるように思えるでしょう?」


 彼女はニコニコと笑う。

 それは、いつも通りの笑みだった。明るくて、あざとくて、可愛くて。演技なのかもしれないけれど、発言に間違えはない、そんな文句のつけようのない笑み。


 それに、ユイは目を丸くするしかない。


「で、でも根本的に私ずっと迫害を受けて――」

「大丈夫。ユイがそんなのに負けないこと、みんな知ってるから」


 ――そんなこと言われたら、私はどうすればいいのよ……?


 きっかけは、ルキノに振られたことだった。その失恋がなければ、あの自暴自棄は晩に、あいつ(ナナシ)に出会うことはなかった。

 そして、その後メグがルキノに告白して、付き合うことにならなければ――二人がキスをしなければ――ナナシからの「腹いせに世界を破滅させよう」という申し出を受けることはなかった。


 だけど、それは起きた。ユイは受諾した。そして、行動した。

 エクティアタワーを炎上させ、大規模マナタンクを破壊した。その結果、何人もの人に怪我を負わせ、何人もの人が死んだ。


 数えきれない。数えたくない。


 そこまでしたのに、彼女はアッサリとユイをこれまでを否定する。


「そこまで悩むくらいなら、もっと早くにあたしを殺そうとしてくれて良かったのに」

「……そうしたら、どうなったというのよ?」


 メグの目が見れないまま、ユイが低い声音で尋ねると、彼女はやっぱり可愛い顔で告げる。


「死んであげたよ?」

「――――これ以上馬鹿にしないでっ‼」


 考えるよりも先に叫び、衝動のままに指を弾く。

 小さな爆発が、そう広くない室内で無秩序に散開した。ユイ自身にも火の粉が飛ぶものの、メグは再び跳ねるように躱す。


 そして何事もなかったかのように元の椅子に着地すると、「あーあ」と肩を落とした。


「仕方ないかぁ……」

「何がよ⁉」

「話し合いでユイを止めたかったんだけど、頭に血が昇っちゃったようだからぁ」


 「ユイが短気なのはわかっていたんだけどなぁ」と嘆息して、メグは少しだけ真面目な顔をした。


「ちょっと痛いかもだけど、我慢してね?」


 ――え?


 その直後、メグの姿が消える。そしてユイが息をするよりも早く、目の前には赤く獰猛な獣の姿があった。


「ごめんっ!」


 ポキッ、とその音もまたアッサリとしたものだった。

 腕から脳天にかけて痛みが駆け抜ける。ユイがその痛みに顔を歪めるよりも早く、ユイの身体が宙に浮いていた。次の瞬間にはもう、背中から壁に衝突している。


 反射的に、ユイは胃からこみ上げてきた何かを吐き出していた。ズルズルと座り込み、咳で呼吸がままならないユイをメグは心配そうな顔で見下ろす。

 

「魔法のメカニズムはね、すでに結構解明されているんだ」


 だけど、ユイはそのメグの顔を見上げることすら出来ない。

 苦しいからだけではない。痛いからだけではない。


 ――どうして……?


 認められないからだ。


「想像と知覚を同一可視したものが、具現化するんだよね? だからあたしはね、ユイの想像するよりも早く動けばいいだけなんだ。それはあたしにとって、簡単なことなんだよ」


 メグはユイに手を差し出す。その手はやっぱりユイよりも小さい。


「だって、魔法が使えたとしても、ユイは普通の女の子だもん」


 格闘技は苦手だった。タカバにだって勝てない。それどころか、普通の男子にすら頭や武器を使わないことには勝てない。そんな人間に――――


「あたしね、運動神経のパルスが人間よりも速いのはもちろん、知覚神経の速度の方がそれを遥かに上回っているの。ユイにはあたしの動きを目で追うことも、感じ取ることもできない。だから、あたしはユイが魔法を使うよりも早く、動けばいいだけ――勘違いして欲しくないのは、ユイが弱いって言いたいんじゃないんだからね?」


 メグは、とても悲しそうな笑みを向ける。


「あたしが人間じゃないだけだから」


 ようやく呼吸が落ち着いてきたユイは唇を噛みしめる。そんなユイにかけるメグの声は優しい。


「ありがとう――今も、ユイはあたしが人間だという前提で、ずっと話していてくれたよね。ユイは無意識だったのかもしれないけど、でもあたしは――」

「だったら、私も人間やめてやるわよ」


 ユイの右腕は折れていた。まるで腕が上がらない。指を少し動かすだけでも激痛が走るが、それでもユイは指を鳴らした。


 パチ――その音はいつもより弱い。


 それでも、その突如上がる焔は、人の身丈よりも大きなものだった。天井を這うほどに大きく、そして太い――それは、ユイの全身を巻き込めるほどに。


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