年頃少女たちの内緒話
本当に、警察たちの取り調べはあっという間に終わった。あの場で質問されたことも、事実確認のみ。ユイは廊下でテロリストであった生徒と偶然遭遇し、気絶して捕まったこと。ルキノもユイが捕まったと報告を受けて、慌てて向かったが、テロリストの攻撃に大怪我を負ったことだけを話し、それで解放されたのだ。
「伝説――ただの噂だと思ってたんだけどね。なぜか本名はどの記録にも残っていないのだが、初代生徒会会長がそう呼ばれていたらしい。常識はずれの強さと行動力だったらしくって、そんなあだ名が付いたらしいけど……政府警察の人達と、僕らのことを後輩と言ってたし、その人なんじゃないかな?」
透明な階段を上りながら話すルキノの背中を眺めつつ、ユイは適当に相槌を打つ。
「ふーん。伝説の変人なんだ?」
「簡単に言ってしまえばそうなのかもしれないけど。でも、もう二十年くらい前の話のはずなんだよね。それであの見た目の若さと、現役への影響力は、変人の域を超えてると思うよ」
「でも、人のこと勝手に変な名前で呼んだり、あんたの怪我を治したって嘘付いたり、ただの変人じゃない。あるいは奇人?」
ルキノは階段の踊り場で立ち止まり、呆れ顔で振り返った。
「……ユイは本当に人に興味持たないよね」
「そうかしら? 今回はちゃんと反応しているつもりだけど」
「なんかもっとさ……すごーい! とか、秘術ってなんだろうね! とか、大きなリアクションはないのかな?」
校舎内は、もういつも通りの静けさだった。あんな騒ぎがあったにも関わらず、すでに授業が開始されているようだ。打って変わって、外では検査官たちが殺伐と状況検分をしているようである。
そんな光景を横目で見ながら、ユイは淡々と答えた。
「秘術って、どうせ最新の医療技術か何かでしょ? そんなに凄い人なら、まだ研究途中の技術の一つや二つ知ってるんじゃない? その実験体にでもされて、運良くあんたは成功したのよ」
「もし本当にそうだとしても、それはそれで凄いことだけどね」
「それはそうかもしれないけど……やめてよ。そんな女の子らしい反応は、可愛げのない女には応えてあげられないわ」
ユイがルキノを追い抜きながら一瞥すると、ルキノは口元にこぶしを当てて、苦笑した。
「根に持ってるんだ?」
「……気のせいよ」
過剰に視線を逸して先を行こうとするユイの手を、ルキノは掴む。
ユイは顔をしかめて振り返った。
「なに?」
黒い真っ直ぐな髪が、ルキノの目の前で広がる。
「本当に、ユイが無事でよかった」
外から差し込む光が、ルキノの髪をより輝かせていた。安堵するような完璧な微笑に、ユイの鼓動が爆ぜ、熱くなった顔を床に向ける。
「そ……そんなことばかり言うから、勘違いさせるんじゃないの⁉」
「今回ばかりは勘違いしてもいいよ。僕にも余裕がなかったし」
「はぁ? 意味がわかんない! 振った翌日にそんなこと言ってるんじゃ――」
ユイが声を荒立てようとした時だった。階段の上から、ユイを呼ぶ可愛らしい声と共に、小柄な少女が飛び降りて来たのだ。
ユイは赤い二つ括りを弾ませる彼女を受け止めようとして、そのまま雪崩れ込むように尻もちを付く。その痛みで顔をしかめるユイをよそに、彼女はユイの首に抱きついてきた。
「ユイぃ! 無事なんだね、怪我もないんだねぇ⁉」
「メグ……基本的には大丈夫なんだけど、ちょっとお尻が痛いかな」
「えぇ⁉ 大丈夫? 病院行く?」
「いや、いいや。こんなことで行ったら、恥ずかしいし」
横を向いて嘆息するユイに、メグが満面の笑みを向ける。
「そっかぁ。良かったぁ、ほんとーっに良かったよぉ」
笑いながら涙ぐむメグに対して、ユイは苦笑して彼女の頭を撫でることしか出来なかった。そんな二人を見て、ルキノは「やれやれ」と肩を竦める。
「じゃあ、僕はお邪魔なようだから。先に戻ってるよ」
「あ、うん……ルキノ君!」
ゆっくりと階段を上っていくルキノの背中に、メグは声をかける。
「さっきのことで、後で話があるから!」
「……うん、わかった」
一瞬間を置いてから、ルキノは手をヒラヒラと振って去っていった。
――さっきの話……?
何のことかわからないユイがそれをメグに尋ねようとするも、先に喋りだしたのはメグの方。
「ねぇ、ユイ」
「ん?」
「大丈夫?」
「うん」
「痛いとこない?」
「……平気だよ」
「怖かった?」
「大したことないよ」
元から赤い瞳のメグの目が、いつもより赤い。そんなユイよりもかなり背が小さい彼女と、階段の同じ段に腰を掛けても、視線の高さは合わず、メグが心配そうな顔ごと上げてくる。
――可愛いなぁ。
「大丈夫だってば!」
苦笑しながら胸を張るユイの胸元には、黒いリボンが当たり前のように付いている。それを見つめながら、メグがモゴモゴと訊いてきた。
「あ……あの、ね……昨日のほうは……えと……大丈夫?」
「振られたこと?」
「……うん」
リボンをもらった経緯は、以前メグにだけ話したことがあった。複雑そうなメグの態度に、ユイは視線を下ろす。
「大丈夫よ。見ての通り、ルキノともちゃんとやってたでしょ?」
「……うん」
――仕方ないなぁ。
自分よりも落ち込んでいるようなメグに、ユイは出来る限りの明るさを見せるため、少しだけ意地悪なことを言うことにした。
「で、メグはいつタカバに告白するのかしら?」
「え?」
「そんなに目を丸くしないでも……お互い今月中に告白しようって、約束だったじゃない?」
「そう、なんだけど……」
言いながら、膝に顔を埋めるメグ。
「まさか、もう告白した?」
ユイがそう訊くと、彼女は首を横に振る。
――なんでメグが、こんなに落ち込んでいるのかしら?
振られたという結果が出たのは、自分なのだ。しかも、翌日クラス中にその恥が晒されて、おまけにテロリストに拉致られ、九死に一生の体験をしてきたばかりなのである。
――正直、人の恋路を応援する余裕、全くないんだけどな。
そうは言っても、大事な友達のためだ。
「なんか、タカバに嫌われるようなことしちゃったの?」
ユイは極力優しい声音で尋ねる。しかし、彼女はそれにもフルフル首を振って、
「タカバ君、やっぱりいい人だよ」
「……うん」
「さっきもね、あたしバレないようにしてたはずなのに、ユイのこと心配なのかって気遣ってくれたんだよぉ。いきなり頭撫でられたのはビックリしたけど、嬉しかったんだぁ」
――だったら、なおさら早く告白しなさいよ。
どう見ても、タカバもメグのことが好きだ。
はっきり言って、タカバは馬鹿である。どうして進級できているのか、不思議なくらいの馬鹿である。
しいて彼の長所を上げるとすれば、実技だと優秀なくらいか。体力脳筋馬鹿とも言える。彼が風邪を引いたという話も聞いたことがなく、昔の言葉でいえば『馬鹿は風邪を引かない』を地で行くほど健康そうである。
なぜだかユイにはわからないけれど、友達はそれなりに多いらしい。無理矢理付き合わされているのかと思いきや、意外にも慕われている様子をしばしば見かける。
だけど、ユイはやっぱり思うのだ。
「ほんと、あれのどこがいいのかしら?」
「むぅ、それってタカバ君のことぉ?」
少しだけ顔を上げたメグが、むくれている。それに、ユイは小さく舌を出した。
「あら、声に出てた?」
「はっきり言ってたよぉ。本当、ルキノ君なんかやめて、タカバ君にしなよぉ。きっと、付き合ったら彼女のこと大切にするタイプだと思うよ?」
「え……なにそれ。あんたがタカバのこと好きなんでしょ?」
その当然な質問に、メグはコクリと頷いた。
「好きな人と、好きな人が一緒になって幸せになってくれるんだったら、それに越したことはないのかなぁって思って……」
「なに馬鹿なこと言ってるのよ。同情とかだったら、腹立つだけだからやめてほしいんだけど?」
「ゴメン! そういうわけじゃ……」
明らかに苛立ちを露わにするユイに、メグは立ち上がって否定した。再び泣きそうな顔になっているメグに対して、ユイは肩を竦めて、
「卒業までのあと一年、素敵な青春にしようって約束でしょ? 約束守らないんだったら、予定通り、私からタカバに言っちゃうからね」
「それはダメっ!」
ニヤリと笑うユイに、メグは両手をバタバタさせながら必死に言う。
「き、気持ちはちゃんと自分で伝えるからぁ‼」
「はいはい」
ユイはクスクスと笑いながら思う。
メグの気持ちをユイがタカバに伝えたとしても、それはそれでいいのではないかと。こんなに可愛い女の子を、あの馬鹿な男が振るわけはないだろう。そこまで馬鹿ではない――と、かろうじて、ユイは思っている。
想像がつくのだ。
授業の終わりに、大きな彼と、小さな彼女が、少し恥ずかしそうに一緒に教室を出ていく姿を。
休日に街を歩けば、仲良く手を繋いで笑いあっている二人と遭遇して、逆にこっちが恥ずかしい思いをしそうなことも。
――まぁ、友達が取られるみたいで、少し寂しいけどさ。
メグは、ユイの唯一の友達。その友達にもっと近しい存在が出来て、寂しくないわけではない。きっと、ユイの一人の時間がますます増えてしまうだろう。
――それでもさ、友達の幸せはお祝いしてあげなきゃいけないよね。
「それなら、ほら。ちゃんと頑張らなきゃ」
「うん……」
メグは頷くと、またすぐに顔を伏せてしまった。
――やっぱり、先に告白した友達が失敗すると、怖くなるものなのかしら?
励ます言葉を考えながら、ユイは髪を掻き上げようと手を通す。
その時だ。
「へ?」
思わず間抜けな声をあげてしまった。目の前に何かが飛んできたのだ。それはユイの前髪に張り付き、その場でバタバタと羽根を擦り合わせる。手で払うと、白くて小さいそれが、ユイの顔から落ちた。それは、すぐにユイの足元を這いずり回る。ユイの背筋に冷たい汗がにじみ出て、悪寒が脳天まで走り抜ける。
「いやぁぁあああああ!」
ユイはメグに抱きついた。その白光りするものを横目で見ながら、歯をカタカタと震わせる。
メグは、小さく笑った。
「ユイ、いつものことだけど……ロボットだよ? 衛生的にも問題ない上に、むしろ細部清掃用だよ?」
「だけど、だけどね……?」
基本的に、虫と呼ばれるロボットは、変色する。昼間ならば、白に。夜なら、黒に。外観を損なわないようにという配慮からだ。その虫の機能はそれぞれで、風情のための鈴の音ロボットや、清掃用のロボット、中には盗撮、盗聴など犯罪に使われるものも多々ある。
ユイは、昼間に活動する清掃用ロボットに好かれていた。色の黒いものは、ゴミとして認識されやすいのだ。
「私、ゴミじゃないもん」
「はいはい、わかってるよ」
小さくうずくまるユイの頭を、メグは笑いながら撫でる。
泣き言を漏らすユイを、穏やかな目で見つめて、
「……じゃあ、虫さんのお仕事を邪魔しないためにも、戻ろうか?」
「ちょっと、虫のためー?」
口を尖らすユイに、メグはニコニコと笑う。
「それはどうかなぁ?」
そして、素早く立ち上がると、メグは赤い髪を弾ませながら、駆けて行く。
ユイもスカートを払いながら立ち上がると、メグは少し進んだ所で、振り返っていた。
「ユイ! アンドレのこと、守ってくれてありがとね‼」
「ん?」
一瞬なんのことか理解が追いつかなかったが、ユイは首を傾げながら言う。
「だって、あの坊っちゃんはメグの幼馴染なんでしょ?」
すると、メグはクルっと踵を返し、白いスカートがヒラリと膨らむ。そして、メグは振り向きざまに笑った。
「あたしね、そんなユイのことが大好きだよ」
目を伏せたその顔は、少し悲しそうで。だけど、それは一瞬。メグはすぐさま、満面の笑みを見せる。
「それだけは、どんなことがあっても覚えていてね!」
メグが走り出す。可愛らしい走りのはずなのに、そのスピードは速い。見た目にそぐわず、油断も隙もないのだ。
「ちょっと、待ってってば!」
そんな彼女の後を、ユイは必死で追いかけた。




