青い空に嫌味を言おう
目を開くと、ユイは瓦礫の上で膝を折っていた。
焦げたような臭いが、辺りに充満していた。立ち上がる粉塵の上には、やっぱり青々とした空が、まるで果てのないように広がっている。
「まぶしいわよ」
開けた廃墟のようなその場所では、その呟きがやけに響く。
――生きてるの?
辺りの風景に、ユイは見覚えがあった。普通に学園の中庭だった場所だ。
背後には透明感輝く校舎が悠然と建っている。だけど、授業を受けているはずの大勢の生徒たちが、廊下の壁ガラスに張り付いて、あんぐりと口を開けていた。
ユイもつられるように、彼らの見る先に顔を向ける。中庭の半分が、焼け野原のように全てが燃えつくされ、木々や花々が炭カスとなってに舞っている。そして、木目の風情のある校舎があった場所は、いびつでつまらない積み木のように、瓦礫が山になっていた。
その光景の中に、
「ルキノは……?」
いつも眩しかった彼はいない。瓦礫とともに、一つの黒い死体が埋もれていた。躓きながらも走り寄ると、やはりそれは一人の男子生徒らしき物体。
「どっちよ⁉」
いくら見渡しても、もうひとつの死体は見当たらなかった。
これはルキノなのか。そうではないのか。
見分けたくても、黒く顔の原型もない姿では、ハッキリとわからない。立ち位置で判断しようにも、始めにユイがいた場所もどこだったかわからない。
焦る気持ちが、どんどん思考を鈍らせる。
目から溢れそうになる涙が、どんどん視界を歪ませた。
――あれは、本当のことだったの?
目の前で、自分を庇って跡形もなく弾け飛んだ彼の夢。ただの悪夢であってほしくて、自分で頬をパチンと叩いても、痛みも痺れも感じなかった。
今が悪夢か。現実か。
どこから夢で、どこから本当のことなのか。
がむしゃらに瓦礫に手を叩きつけても、なぜか痛みは感じなかった。ただ、どんどん手が傷つくだけ。どんどん手が赤く染まるだけ。
「どうして……!」
一際大きく手を振り上げて――下ろそうとした腕が、下りなかった。
「ユイ! 何してるんだ⁉」
制止する声が凛々しく、止められた手があたたかい。
ユイがグシャグシャな顔を上げると、そこには傷一つない、眩しい美青年がそこにいた。
「やめてくれよ、痛いだろう?」
青い空を背景に、陰る彼の顔がなおのこと綺麗で、心配そうな緑がかった瞳がなおのこと光って見えた。それを覆う金糸の髪が、汗に濡れてより輝いている。
そんな彼に「痛い」と言われて。
「痛い……?」
ユイが虚ろに聞き返すと、紛れもないルキノは、苦笑した。
「痛くないわけないだろう。見てるこっちが痛くなってくるよ」
「そうか……痛いのか……」
ユイはそっと、自分の膝の上に手を下ろした。言われてみれば、確かにジンジンと痛みが響いてくる。手が傷だらけなのはもちろん、爪も欠けてしまった。自分で手を重ねるだけでも、顔をしかめてしまうくらいに痛い。
「ちょっと、痛いんだけど!」
再び顔をあげたユイは、口を尖らせて文句を言う。
それに、ルキノも膝をついて、笑っていた。
「なにそれ、八つ当たり?」
「違うわよ! あんたのせいなんだから正当な訴えよ! 一昨日、爪の手入れを念入りにしたばっかりだったんだから‼」
「そうなんだ。昨日なんか気合入れるようなこと……」
言いかけて、ルキノは気づいたのか、口を一旦閉ざして、
「告白するから……か」
改めて図星をつかれて、涙が引っ込んだ代わりに、ユイの顔は赤く染まった。その顔を背けて、乱れた髪を髪にかける。
「そうよ……あんたのせいよ……今だって、無事なら無事とさっさと出てくればいいものを……勿体ぶってるんじゃないわよ!」
「それはゴメン。心配して泣いてくれてたの?」
「ば、馬鹿じゃないの。誰があんたのことなんか……」
罵倒を続けようとするユイに対して、ルキノは長いまつげを伏せる。
「僕は心配だったよ。ユイが誘拐されたなんて聞いて、生きた心地がしなかったよ」
「大袈裟。昨日振った女のことなんか、心配してどうすんのよ」
吐き捨てたユイの言葉に、ルキノはなかなか返事をしない。ただ複雑そうに、誤魔化すように、ルキノは微笑む。そして、
「……たとえ付き合うような関係じゃなくても、クラスメイトには違いないだろう? クラスメイトの心配するのは、当然のことじゃないか」
ようやく語った言葉に、ユイは嘆息した。
「ずいぶんとご苦労さまね。そんなんじゃ命がいくつあっても――」
言いかけて、今度はユイが言葉に詰まった。
どこから夢だったにしろ、ルキノが怪我一つないのはおかしいのだ。そのことに、ルキノ自身も今気づいたのか、 不思議そうに、ルキノが自分の身体をあちこちと見渡していた。しかし、彼は怪我どころか、制服すらも汚れ一つ見当たらない綺麗な姿。
「私のこと……助けに来てくれたのよね?」
「あぁ。シオンに爆弾投げられたことは覚えているんだけど」
「シオンって誰よ?」
「あー、君を捕まえてた副生徒会長だよ。本当、君は人の名前覚えないよね」
「うるさいわね。基本的に興味がないのよ、他人には」
投げやりに答えるユイに再び苦笑して、ルキノは自分を見渡すのを止めた。
「ま、いいや」
「……何が?」
ユイが顔をしかめると、ルキノは優しく微笑んだ。
「ユイも、僕も、無事。それなら、不思議なことの一つや二つあっても、別にいいかなって」
「何よ、それ。そんなロマンチストな奴だっけ?」
「基本的にそういうのは好きな方だけどね……だけど特に今は――」
ルキノは立ち上がり、無残な死体を見下ろす。黒を誰よりも憎んでいた男は、誰よりも黒く焼き焦げて、神様に召されたのだ。
「最後くらい、友達の言ってたこと信じたっていいだろ」
「理屈を教えてほしいのなら応えてやろう――小僧!」
どこからともなく、そいつは悠々と歩み寄ってきた。スラックスのポケットに手を入れて、足場の悪い瓦礫の上を平然と便所サンダルで歩く男は、声高々に告げる。
「貴様の傷は、この伝説の秘術で癒やしてやったのだ!」
彼の後ろからは、続々と政府警察の対テロリスト班が武器を構えて近寄ってくる。そして、ユイたちが包囲されるのは、あっという間だった。
「……色々と、意味がわからないんだけど?」
ルキノがユイを庇うように、前に立つ。その後ろから、ユイは顔を出して目を細めた。
それに、便所サンダルの男は腰に手を当てて鼻で笑った。
「深読みするな、エクアージュよ。だが、言葉の通りだ。死にかけていたその小僧を、私が助けてやった!」
「だから、そのエクアージュって誰よ?」
「貴様もよくやったな、エクアージュよ。無事に世界滅亡への第一歩を踏み出せたようで何よりだ」
「第一歩って……?」
ふと思い出すのは、昨夜のこいつとの会話。
『じゃあさ、どうやって世界を破滅させるのよ? やろうと思えば、明日一日でこの学園破壊することくらいできるのかしら?』
『それも可能だが、ここは貴様の生活区域であろう。いきなり生活基盤が崩れると、些か今後の作戦に支障が出る。それは好ましいとは言えないな』
『やけに具体的ね……じゃあ、校舎の一つくらいなら問題ないってこと?』
『ふむ。それくらいなら、景気づけにちょうどいいだろう』
世界を破滅させようという無茶な提案をされて、自棄ついでに話してみた作戦。
ユイは、瓦礫のクズとなった旧校舎跡を呆然と見る。
――確かに、校舎一つ破壊されたけど……。
「素晴らしい魔法だった。さすがは我がエクアージュ! 我がナナシという命名に加えて、さらなる偉業を成し遂げたのだ!」
「ユイ、こいつと知り合いなのか?」
ルキノに問われて、ユイは頷くことも、首を振ることも出来なかった。
認めたくない。話したくない。
ルキノに振られて自暴自棄だった時のことなんか、話したくない。
その最中、対テロリスト班の一人が、声を発する。
「伝説、被疑者たちはどうしますか⁉」
「被疑者ではない、彼女たちは被害者だ。事情聴取も後で私がしておこう。本人たちも心身不安定ゆえ、日常へと戻す」
「しかし、この女は黒髪――」
即座に否定、指示をするナナシという男に、なおも食い下がろうとするが、
「それがどうした? 彼女はれっきとしたエクラディア学園の生徒であり、我らの後輩だ。これ以上の異論があるのなら、一般人である私の助けなしでは子供のテロリスト一人炙り出すことも出来なかった能なしの上役や民衆に、今回の話を広めさせてもらうが?」
彼の一瞥と脅しで怯んだ男に嘆息して、ナナシは便所サンダルの踵を返した。
「では、私もこれにて失礼する――仕事があるのでな」
「あ、ありがとうございました‼」
「うむ。くれぐれも、この二人は丁重に扱うように!」
政府警察のエリートたちが、一斉に頭を下げた。それに片手を上げるだけで応えて、その男は去っていく。
「なんだったのかしら……?」
その後、目を見合わせるユイとルキノに対しても、立派な大人たちは不自然な優しさと笑顔を向けるのだった。




