それは楽しいごっこ遊び
◆ ◆ ◆
――まったく、いつまでこんな格好してなきゃいけないのかしら。
不服に口を尖らせながら、ユイはホールの入口からヒョコッと中を覗き込む。
髪はほどいて頭の帽子は脱いだからいいものの、この重い衣装を着替えるというのは時間経過的に不自然。そのためヨレヨレになった白無垢は引きずりながら、中の様子を伺って、
「わお」
ユイは眉をひそめながら、小さく感嘆の声をあげた。
血だらけで倒れるテロリストの集団の山がなかなかの惨さだった。それを隅から怯えた表情で見る患者たち。そんな彼らを宥めながら、制服を着た警察に各々説明しているクラスメイト。
――警察の到着前に戻るつもりだったんだけど。
モナとの話が長引いたか、と反省しながらも、どうしようか思案していると、
「ユイさん!」
警察と話をしていた生徒の一人が、表情を明るく駆け寄って来た。小柄な彼に怪我はなく、頭のオレンジの鶏冠も元気に尖っている。
「ユイさん、無事だったんすね! 良かったぁ、起きたらいなかったから、心配してたんすよ!」
「あ……あぁ、ごめんね。怖くて逃げてた」
とっさに言い訳すると、ヒイロが笑ってユイの袖を叩く。
「もう、軍事クラスが怖いから逃げるってダメじゃないっすかぁ! でも本当に良かった。怪我とかないっすか? 他の場所で襲われたりしませんでした?」
「うん、大丈夫……そう、ずっとトイレに隠れてたから」
「アハハ、王道っすね!」
何も知らないで笑うヒイロに、ユイは笑い返す。
――ずっと知らないでいられたらいいねぇ。
ユイの調べでは、この弟は姉の行為を知らず、もちろん反政府組織なんて他人事だと思っているらしい。
――お付き合いごっこが、楽しそうで何より。
それは、ただのごっこ遊び――モナたち反政府組織がユイの邪魔をすれば、当然すぐさま彼は――そのための、彼氏彼女ごっこ遊び。
「ユイ!」
ユイは凛々しい声に呼ばれて、視線を動かした。
ボロボロになった王子様が松葉杖を懸命に動かして、向かって来る。その脚は衣装の上から何重にも包帯が巻かれ、しっかりと固定されているようだった。
「ルキノ……動いて大丈夫なの?」
「あぁ、もうこれくらいの怪我なんとも思わなくなったさ!」
「あー、そうですか……」
一向に完治しない彼だが、嘆くことなく堂々とした態度で笑う顔に、
――何か吹っ切れたのかしら?
と、ユイは苦笑するものの、その頭頂部に若干の違和感を覚えた。
彼の象徴である神々しい金糸の髪が、どこかおかしいのだ。光の加減かと思い、自分の顔を左右に動かしてみるものの、やはり頭頂部の輝きがどう見ても見当たらない。
ルキノがムッとした顔で訊いてきた。
「何、僕の顔に何か付いてる?」
「いやぁ……なんかペンキでも被った?」
「何を言ってるんだ君は。僕がそんな無様な真似を――」
言ってるうち、ルキノの顔が赤く染まっていく。
「へ? ルキノんの頭に何かあんの?」
「うん、ルキノの頭がさ――」
背の低いヒイロがジャンプしようとしてるのを、ルキノはドンと吹き飛ばす。そして即座にユイの手を引いた。
「ちょっとおいで!」
「えぇ? ちょっと……」
戸惑うユイの手を容赦なく引っ張って、ルキノは松葉杖を片手で器用に突きながらホールの外へと連れ出した。後ろからはヒイロの「なんだよー!」と怒る声が二人の背中を押す。
廊下に出ると、ルキノは壁にもたれかかり、深いため息を吐いた。
「忘れた……すっかり忘れてた……」
「どうしたのよ、いきなり?」
顔をしかめながらも、ユイは掴まれたままの手をモゾモゾと動かす。どんどんと汗ばんで来る手が恥ずかしい。ユイがソワソワしていると、ルキノはそんなユイを見て「ふっ」と笑った。
「何? 久々に手を握られて、恥ずかしくなっちゃった?」
「そ……そんなわけないでしょ! いつまで握ってるのよ!」
「んー、そうだね。あと三十秒だけ握っててもいいかい?」
「はぁ⁉」
顔を真っ赤にして声をあげるユイに、ルキノはクスクスと笑いながら手を離す。
「あーあ、本当にユイは可愛げがないねぇ」
「け……結構よ。そんなもんなくったって」
「はは、それは残念だね」
そう言いながら、目頭を押さえて声を上げながら笑っている彼を見て、
――あれ?
ユイは少しの違和感を覚えて、訊いてみる。
「ルキノ、何かいい事でもあった?」
「ん? どうしてそう思うんだい?」
「いや……なんとなくだけど」
モジモジと告げるユイに対して、顔から手を離したルキノはやっぱり微笑を浮かべていた。
「へぇ……君にバレるとは、僕も落ちたもんだね」
「はぁ⁉ どういう意味よ!」
怒るユイに対して笑うルキノは、やっぱり綺麗だった。
やはり頭頂部の色はどこかおかしくて、せっかくの衣装もボロボロで、王子様というには貧相に見えるけれど。それでも、心から楽しそうに笑う彼は、今までに見たことがないくらいに美しい。
――もう、何を今更緊張してるのよ、私は!
ユイは何重にも重ねられた胸元を押さえる。奥に隠された胸が高鳴りが、辺りに響いているように思えたのだ。ユイはそれを誤魔化すように、口を動かす。
「そ……それで? わざわざ私を連れて来て何の用なのよ?」
「ん? 僕が何で機嫌がいいか、興味ないの?」
「そんなものあるわけないじゃない」
プイッと顔を背けるユイに、ルキノはまたクスクスと笑いながら、
「あぁ、そうだね――用件はこれのことだよ。君の背が高いことを失念していた僕が悪いんだけどさ」
そう言いながら、ルキノは自分の髪を摘み上げる。
「髪?」
「そうそう。何か隠すもの、持ってないかな?」
「え?」
ユイはキョトンと目を丸くする。
彼の髪は、頭頂部だけ黒ずんでいた。黒といってもユイのように真っ黒ではなく、くすんだ黄色というか、黄土色というか。しいて言えば、彼の弟よりも薄暗いラクダ色。その分、毛先がやたら金ピカに光っているように見える。
「えーと……」
彼はさっきペンキなどを被ったわけではないと否定していた。そのことから推察して、ユイはおずおずと答えを口にする。
「あんた……髪を染めてたの?」
「あぁ、そうだよ。アバドン通販の最高評価かつ最高級の髪染めを毎週使ってたんだけど、入院中には怪我の都合もあってさせてくれなくてね。何か問題あるかな?」
――しかもうちの商品‼
必死にあれこれ言うルキノと合わせておかしくて、ユイは苦笑する。すると少し顔を赤らめて、ルキノがむくれていた。
――拗ねてる? あのルキノが拗ねてる⁉
意外な彼の表情に、ユイは成すすべがなかった。
可愛いのだ。カッコいいけど、可愛いのだ。
――こんなの反則じゃないの⁉
ユイが再び顔を赤らめワタワタしていると、ホールの入口から覗く六つの目を見つけた。
「ルキノっちがユイさんナンパしてる」
「ルキノ君がユイを口説こうとして失敗してる」
「兄ちゃんが哀れすぎてウケる」
それは、小柄な三人衆だった。彼らは笑い堪えるように顔をクシャクシャにしながら、口を手で押さえていて。
ルキノは一歩後退りながら声を荒立てた。
「なっ……君たち、じ、事情聴取はどうしたんだっ⁉」
「いやぁ、我先にとサボりだしたルキノ君に言われたくないよねぇ」
一番小さなメグが、圧倒的に背の高いルキノを見下さんとばかりに顎を上げ、即座に言い返す。
それに「うっ」と、呻きしか返せないルキノ。
そんなルキノを、ユイはポカンと見上げていた。
顔を真っ赤にするルキノを、初めて見た。
簡単に言い負けてるルキノを、初めて見た。
――これは一体、誰なんだろう?
思わず、疑問符が浮かぶ。目の前の表情豊かな美青年は誰なんだろうと、考えてしまう。
ユイの知っているルキノはとにかくキザな男だ。
いつも気取ったような態度で、偉そうで、隙がなくて、嫌味が多くて。
それなのに、いつも行動が優しくて。
「な、なんだよ……」
そんな彼が、ユイに対して恥ずかしそうに顔をしかめてくる。
「ルキノ、あんた誰?」
「は?」
一瞬大口を開けた彼が「ハッ」と即座に視線を逸らした。そしてルキノは、
「……ちょっと具合が悪いみたいだ。先に休ませてもらうよ」
と言って、そそくさと通路を歩いて行ってしまった。彼が立っていた壁には、松葉杖が立てかけられたまま。メグがそれを手に取って笑う。
「あははー。逃げちゃったねぇ。これなくても大丈夫なのかなぁ?」
「……心配なら持って行ってあげれば?」
ユイが嘆息交じりにそう言うと、メグはすぐに首を振った。
「いいよ。面倒だし」
「……彼氏じゃないの?」
ユイが尋ねると、彼女は長いまつ毛を伏せてから、ニコリと笑う。
「甘やかすのも良くないからね! まぁ、一人になりたい気分だと思うし?」
「ユイさんユイさん! ルキノっちと何話してたんすか?」
割る込むように入って来るヒイロ。その後ろでは、一人の少年が「兄ちゃんダセー」と腹を抱えて笑っている。
「まぁ、色々とね」
ヒイロに適当に返事をしながら、ユイは彼の元へ向かう。そして笑い転げる少年の肩をポンと叩いた。
「ずいぶんと楽しそうね、ルイス君。お兄さんと何かあったの?」
「アハハ……あー」
見上げた彼の顔が、固まる。即座に顔を逸らした彼は、自分のラクダ色の髪をクシャッと握った。そして、悔しそうに言う。
「お陰様で散々な目に遭ったけど……悪い事ばかりでもなかったよ」
――何があったのかしら?
この少年を囮に、反政府組織をおびき寄せたのである。そのことをなじられることはあっても、感謝される謂れはない。
――感謝、でいいのよね?
ユイが首を傾げていると、わずかに背中を引かれる感触に振り返る。すると、ヒイロが唇を尖らせていた。
「何、ユイさんこの少年の知り合いなの?」
「えーと……」
説明していいのか悪いのか、ユイが思案していると、ルイスがこれでもかと眩しい笑顔を作った。
「いつもルキノ兄ちゃんがお世話になってます! 弟のルイスです。ユイお姉ちゃんとも昔会ったことがあったんだ」
あえて幼稚な雰囲気を出したルイスは、見た目以上に可愛らしい。その愛らしさにたじろぐヒイロの隣で、メグがクスクスと笑っている。
その時だった。
「しゅうごおおおおおおおおおおおおおおうっ‼」
ホールの方から命令がかかる。ナナシの声だ。ユイがこの場に着く僅か少し前に反対方向へと去っていったナナシ。いつの間にホールの中にいたのかは定かではないが、ナナシの摩訶不思議さは今に始まったことではない。
「やべ! ユイさん、戻るっすよ!」
ヒイロがユイの手を引く。さっきの手より小さく、だけど骨ばった手は男性の手。
だけど、ユイは何も感じない。それよりも気になることがあって、ユイは扉を通りながらも振り返る。
「ねぇ、あんた今昔って――」
「責任持って、お姉ちゃんもオレの面倒看てよね! 同居はゴメンだけど‼」
「はぁ⁉」
問い詰めたい気持ちをよそに、ユイの手を嬉しそうにヒイロが引く。
ホールの中心には、いつも通りの白衣姿のナナシが仁王立ちで立っていた。
「貴様らああああ! 情報提供という重要な任務を放り出して遊んでいるとは何事だああああああ!」
どうやら、これからお説教のようである。
◆ ◆ ◆
ナナシ教師の怒号を聞きながら、メグはルキノの松葉付けを「よっ」と片手で抱えた。
「じゃあ、ルイス君も病室戻ろうか?」
「……メグさんは行かないでいいの?」
眉根を寄せるルイスに対して「いいのいいの」と答えながら、ルイスの手を引く。
「それよりも、ルイス君に訊きたいお話があってねぇ?」
「な、何?」
ルイスはその手を振り払おうとするが、グッと力を込めた彼女の冷たい手はビクともしない。
メグは笑う。
「昔ユイと会った時のこと、聞かせてもらえるかなぁ?」




