末路を聞いても気に止めず…。
『(あのままオルボーア国に属してたら、とばっちりを受けていただろうね…。)』
サイナの嫌な予感は的中した。
現在ウィル=ヴィレッジ領ではオルボーア国からの再同盟の嘆願が後を絶たない有様であったが、現領主のサイナはそれを拒否。実は両親を西大陸に旅行に行かせたのも、人質に取らせないようにとするサイナの案であった。密入国もあったがこの数年で信頼や利益を積み上げた他国の援助からの国境警備によって今や蟻も這い出る隙も無い程となった。
そしてかつて…、
サイナ=ウィル=ヴィレッジ=ナイトの周りにいた彼等…。
ヨハン=サイクル。
ナターシャ=ラプソディ。
ランドルフ=ヨルムンガルド。
今ではアヤカの取り巻きであった者達は…。
■■■
「サイナ様。【ヨルムンガルド】が暴徒の鎮圧に失敗しました。」
『へぇ…。あの【ヨルムンガルド】がねぇ………』
「ええ、暴徒達によって屋敷は全焼。しかも一族達は自分達だけ逃げてしまったそうですわ。」
ヨルムンガルド。
かつて【ナイト】に並んで「オルボーアの矛」と呼ばれていた軍爵の一族。
代々貴族主義で王族の守護のみに当たっており、民衆達も護る考えを持った【ナイト】とは水と油の関係であったそうだ。そして【ナイト】が貴族の座から降りたのを機に、自分達の天下とばかりに力を拡大していった。それなのに散々蔑ろにしていた民衆達に倒され,オルボーア国から見捨てられてしまうとは………何とも皮肉な最後である。
『(今思えば…ランドルフがボクにあんなにも話しかけてきたのは………。)』
ヨルムンガルドの末弟・ランドルフは、優秀な兄達と比べて平々凡々。
かつての対立関係だった【ナイト】の娘・サイナと仲良くする事で、少しでも親からの株を上げようとしての行動だったかもしれなかいなと、サイナは思った。
「…ランドルフはあの女の気を精一杯惹く為に高価な物を沢山貢いで、その工面に土地や調度品などを無断で売り払っていた様ですよ。」
『ふぅん。』
アヤカの前で尻尾を千切らんばかりに振って媚び諂い、狗に成り果てたランドルフに,今では何の関心も湧かなかった。
「あのランドルフ…、民衆達から袋叩きにされるより,掘られてしまえばいいのに。」
『………ドコを?』
「あっ申し訳ありません。私ったら、幾ら本音とはいえサイナ様の前で…。」
本音だとサラッと言って少女漫画の様に頬を赤らめてるのが余計怖い。
■■■
『………そういえば、今日も“来てる”?』
サイナは空気を変える様に唐突に言って。
「ええ!! また来てますよ!!」
憤慨しながら、それでもメイドの品格を崩さぬ様に“来たモノ”サイナへと丁寧に差し出した。
“来たモノ”は一通の手紙……ナータ…もといナターシャからの手紙だった。
幾ら独立しているとはいえ、手紙や新聞などの情報伝達はある。
オルボーア国の全ての商業を纏め上げる商会・【ラプソディ】商会。
その一族の娘であるナターシャ=ラプソディ。サイナの親友だった少女。
まだウィル=ヴィレッジ領が独立宣言を出していない頃に、彼女がオルボーア学園を自主退学して結婚したという情報もサイナは耳にしていた。
結婚相手はあこがれのヨハン=サイクル………では無くて…。
ラプソディ商会の隣国支店店長、貴族を親戚に持つ男だそうだ。
「もう毎週毎月ですよ? 結婚式の時は招待状さえ出さなかったのに…」
仮にも親友だったのに、招待状はおろか報せさえも出なかった。
それなのに何故今になって手紙が毎週毎月も送られてきているのかは…。
『冬が近くなってきたねぇ…。』
サイナはそう言ったままナターシャからの手紙を読む事無く机に置いて。
「…そうですわね。今暖炉をくべますわ。丁度燃やすモノが溜まりに溜まってますし」
メイドはサイナの言葉の意味を汲んで、サイナに恭しく渡した様子とは打って変わった様子で手紙を穢らわしいものの様に摘んで、机の隅にある木箱の中 ―ナターシャからの毎週毎月分の手紙が山と詰まった― へと無造作に入れて、その木箱を持って部屋の暖炉の中へぞんざいに中身をぶちまけた。
暖炉へと積もった手紙は殆どが封が切られてないものばかりであったが、上に積もった古い手紙は封を切られて便箋が開かれており、書かれていた言葉は…。
【助けて。】【あの男が】【毎日嫌な事ばかり】【オルボーア国がおかしく】【何で】【私達親友でしょ?】【亡命の手引きを】【助けて。】【この手紙を見たらすぐに】【みんな"あの女"の所為だ】【助けて。】【なんでこんな】【助け、
ボッ。
……………………………――――――。
悲痛の叫びを山と書いた手紙達は瞬く間に燃え、火を赤々と大きく膨らませていった。
「御都合極まりない懇願が記された手紙 でも、炎はとても綺麗ですわね」
『…………………そうだね。』
ハァと重い溜息を吐いて、サイナは灰となっていく手紙をぼんやり眺める。
宛てられた手紙には全て自分の不幸語りと,亡命への手引きの嘆願がこれでもかと記されていた。
亡命手引きの嘆願以外のサイナへの言葉は、一言も書かれていなかった。
ナターシャが自主退学したと聞いた時からサイナは容易に想像できた。
オルボーア学園在中、ナターシャはアヤカに影でイジメを受けている事に。
[一つ前]のサイナの様に。
自主退学はそれに耐えかねた彼女が独断で退学届を出したのだろう。そうして傷付いた彼女は家に引き篭もって引き篭もって、引き篭もり続け………遂に引き籠もり続ける彼女に業を煮やした体面を気にする両親から。
『…まぁ体裁が悪いとして無理矢理結婚をさせられるのは当然か……。』
それは[一つ前]のサイナの両親の様に…。
■■■
消し炭になった手紙からサイナは視線を外す。
『ヨハンせ……【サイクル】は?』
昔の癖で"ヨハン先生"と思わず言ってしまった言葉を訂正して尋ねた。
別に心配などといった情ではない。ランドルフやナターシャの情報を知り,次にヨハンはどうなったかを知りたかった好奇心であった。
オルボーア国の国務の一族【サイクル】。
中でもヨハン=サイクルはオルボーア国建国始まって以来の天才とも評される程の頭脳明晰を見せていたが、王族から反感を買い,追放されたそうだ。
そしてオルボーア国王女・アヤカの推薦によって国務の仕事へ復帰。
だが………オルボーア国のこの情勢から結果は想像に難くないだろう。
「ヨハン=サイクルは行方不明となっている様ですわ。」
『…………………………ふぅん…そうなんだ…。』
ランドルフやナターシャには生々しい程の報告にも関わらずヨハンだけ“行方不明”。
何ともベタでありきたりな報告であった。
■■■
彼等の報告を聞いても、サイナの心には全く響かない。
最早彼等は大切な存在だった存在であり、興味も情も無い。
オルボーア国がアヤカによって不幸にあった事にさえ。
両親と自分の領地・ウィル=ヴィレッジ領に危機が及ばないだけで充分だ。
『さて、お茶も飲んだし仕事しよっと。お父さまやお母さまが帰ってくる前に片付けないと……もしかしたら家族が増えるかもしれないし…』
「そうですわね。サイナ様は弟か妹…、どちらをご希望でしょう?」
『弟か妹か…弟も良いけど、妹も良いな…』
サイナの統治するウィル=ヴィレッジ領は今日も平和。
オルボーア国なんて、彼等の事なんて。
『(ボクはちゃんと笑みを浮かべているよ。ボクにはもう『コレ』しか…両親とこれから逢うだろう「新しい家族」、ウィル=ヴィレッジ領の皆しかいないんだ。護る為ならどんな事だって………)』
「私もサイナ様の護るものに入ってますよね!! ね!!」
『あ、も。勿論だよ…(何でボクの考えてる事を………)』
[一つ前]の妹であるだけだったアヤカの事なんて。
もうサイナの知った事ではありませんでした。
それから数日後。
ついに暴徒と化したオルボーア国の民衆がとうとう王城へと押し入り、王族関係者や国王夫妻,そして暴動の元凶であるアヤカが捕らえられ、オルボーア国は崩壊して……世界の地図から消えた。
【アヤカ様は光と共に現れた異世界の美しき少女。】
【魔法を使え、繁栄をもたらす女神として現れた存在。】
そう当初は謳われて、養子としてオルボーア国王女となったアヤカは、
【オルボーア国を不幸に貶めた魔女にして悪女。】として処刑された。