22着目 お呼ばれ! リリエンタール大公!!
「レオナさん達に招待状が来ているわ」
いつも通りギルドに顔を出すと、ヘルミーネさんからいきなり告げられた。
「招待状って、誰から?」
「領主様よ。リリエンタール大公様」
ここアイレンベルク帝国の貴族位としては最高であり、帝国内で三人しかいない『大公』の位を持つ人の一角。リリエンシュタットをはじめ帝国の南部地域を治めている大貴族の当主。
そんな大物がなぜ?
「詳しくは聞いてないけど、十中八九ヴェラセネ・キンダー関連でしょうね」
振り返ってみれば、(成り行き的な色が強いが)ヴェラセネ・キンダーがらみの事件に頭を突っ込み、それなりの成果を何度か挙げていた。
まぁそれは置いておくとして、一つ問題が。
「オレとローザって、リリエンタール大公と会うのに色々と問題が出ませんか?」
オレもローザも、元はと言えば貴族家の出身だ。
エルマは元々リリエンタール大公領の領民なのであまり問題にはならないが、オレとローザの場合は実家に断りも無く勝手に他の貴族と会合して問題にならないか心配なのだ。
「あなたたち、勘当されているから関わりは無いわよ。それにリリエンタール大公様はかなりやり手だから、あなたたちの実家から何か言われてものらりくらり躱すくらいお手の物だから、何も心配いらないと思うわ。それに招待の体を取っているけど実質命令に近くて、もし正当な理由無く断ったら責任問題になるから」
どうやら拒否権は無いらしい。
そういうわけで、オレ達はリリエンタール大公の屋敷へと向かうことになった。
リリエンタール大公の屋敷は、リリエンシュタットの中心にある。どうも街の成り立ちからして、屋敷を中心にした設計になっているらしい。
そして大都市であるにも拘らず広大な敷地を有している。しかも敷地内に大きな建物が何棟も建っていた。
元々は町役場としての機能も持たせていたらしいが、リリエンシュタットが大きくなるに従って役場として手狭になったため、現在役場は独立して別の場所に構えている。
つまりリリエンタール大公の屋敷とはリリエンシュタットの歴史と共に歩んできた存在なのだが、そんな屋敷の応接間にオレ達三人は通されていた。
「お待たせしました。私が現リリエンタール大公、アウレール・リリエンタールです」
現れたのは三十代中頃の、物腰が丁寧な男性だった。
この男性が、帝国に三人しかいない大公の保持者の一人で、広大なリリエンタール大公領を治めている人物のようだ。
かなり驚いたのだが、こんな大貴族なのに物腰が非常に丁寧で、尊大な感じが一切感じられないのだ。
「ああ、リリエンタール大公領、特にここリリエンシュタットは商人の街ですからね。その街を統括するためにも商人の考えや価値観をたたき込まれましてね。このような振る舞いも、相手を不快にさせないようにしているだけですよ。相手を不快にさせてしまえば、取引が吹っ飛んでしまう恐れがありますからね。
さて、今日はようこそおいで下さいました、レオナ・エーベルハルトさん、ローザ・カウニッツさん、エルマさん」
なんと、リリエンタール大公は確実にオレ達一人一人と目を合わせながら名前を言ったのだ。確実に顔と名前が一致している。
これが、大公家の情報網の力なのか……?
「今回皆さんとお話をしたかったのはですね、皆さんをスカウトしようと思いまして」
衝撃的な言葉に、オレ達は言葉が出なかった。
だがリリエンタール大公はそれを横目に話を続けた。
現在、帝国中でヴェラセネ・キンダーの活動が活発になってきており、ここリリエンタール大公領でも二度、ヴェラセネ・キンダーの活動により損害を被っている。
この事態に皇帝や各貴族、特に三大公がヴェラセネ・キンダーに対抗するための人材を求め始めているらしい。
リリエンタール大公としても、領内の安全を守るため優秀な人材を探していた。
そんな時、過去二回に渡りヴェラセネ・キンダーがらみの事件解決のために重要な働きをした冒険者の話を耳にした。
つまり、オレ達だ。
「そこでですね、もしよろしければ、当家の嘱託冒険者になりませんか?」
嘱託冒険者とは何か?
冒険者は体が資本の職業なので、そう長い間活動できない。必然的に第二の人生を考える必要がある。
第二の人生も様々で、ヘルミーネさんのようにギルド職員として裏方に回ることもあるし、冒険者で稼いだ資金を元手に商売を始める人もいる。
また、非常に有名になった冒険者に限った話だが、貴族家からスカウトされて仕える場合がある。極まれに皇族から推薦を受け帝室に仕え、さらに貴族位まで貰った人もいるとか。
貴族からのスカウトは冒険者引退後の理想的なキャリアとみられることが多いが、トラブルも存在する。
この例に限ったことでは無いが、貴族家の家風と合わないとか、古参の家臣と会わないとか、まあどの職場にもありそうなトラブルだ。
それを回避するために生み出された制度が『嘱託冒険者』だ。
冒険者を引退すること無く、パートタイムで貴族家の家臣の仕事もする。お試し的な意味合いが強い非正規雇用のようなものだ。
嘱託冒険者をしばらく続け、問題ないようであれば正式に貴族家に仕え、不安があれば簡単にお断りすることができる。
三ヶ月~一年ぐらい様子を見るケースが多いそうだ。
「もし当家の嘱託冒険者になっていただければ、使用人用の住居を用意しますし、屋敷に滞在しているときはお食事もご用意します。もちろん、冒険者の活動も今まで通り行っていただいて構いません。ただ、当家からの依頼を優先して受けていただくだけで結構です」
条件としては、かなり破格だ。
特に冒険者の活動に関して。通常の場合、半日は冒険者、もう半日は家臣の仕事を割り当てられる場合が多く、何日もかかるような大きな依頼は見送らざるを得ない場合が嘱託冒険者には多いと聞く。
なのにリリエンタール大公は、『自由に活動していい』と言ってきた。大公からの依頼を優先するという条件が付くが、それでも破格なのは間違いない。
「あたしは受け手もいいと思うけどなぁ。宿屋生活はそろそろ卒業したいと思ってたし」
「それは同意しますけど、問題は私やレオナさんの立場です」
エルマの言うことは、オレも同感だ。いつまでも宿屋生活をし続けるのはどうかと思っていたし。
だが、ローザの言うとおり不安に思っている部分がある。
これは、確認しないとな。
「非常に魅力的な条件で前向きに検討したいところですが、一つ確認が。オレとローザの事情についてご存じですよね?」
「ええ、存じています。ですがあなたたちはご実家から絶縁された身ですので、どう身を振ろうが皆さん次第です。ですが、当家の嘱託冒険者になった後、何らかの事情でご実家から『帰ってこい』と言われたときは――」
言われたときは――?
「全力で皆さんをお守りします。こう、色々な商人と長く付き合っていると、相手の信用を一気に失墜させる術はいくつか心得をいつの間にか持ってしまう物でして」
さらっと恐ろしいことを、いい笑顔で言われてしまった。
だが、その笑顔がこの状況に限っては頼もしく思えた。
そしてオレ達は、リリエンタール大公家の嘱託冒険者になったのだった。




