婚約者
とてつもなく広い屋敷。王国でも帝国でも見たことの無い造りをしている家だ。
「これが望月家の屋敷なのか?」
「そうだ」
侵入に成功し、俺とセリカは屋敷の前にいた。サクヤは近くの森で待機中、レーデは戦闘能力の低いサクヤのガードとして付き添いである。
「さて、行くか」
「待て、この中は忍者屋敷って言ってな、簡単には進めねぇ造りになっている。そしてオレたちが行くべきはあそこの塔だ」
屋敷の敷地の奥、そこには月に照らされている立派な塔があった。高さは帝城には及ばないものの、結構な高さがある。
「あそこまで行くには屋敷を抜けて、裏口に出なければならない。そこまでの道中、中の者に一切気づかれずに行かなきゃいけないんだ」
そこまで聞いて、俺は一つの案が浮かぶ。
「『八咫烏の翼』で飛んでいくのは?」
これなら、塔までひとっ飛びだ。実に簡単な作戦なんだが。
「ダメだ。屋敷には結界が張ってある。屋敷の中からの飛翔なら大丈夫だが、ここは屋敷の前で結界の外。ここから飛ぶと意識が一緒に飛ぶぞ?」
つまりは裏口を抜ければ飛べるが、ここから飛ぶことは出来ないということか。
「じゃあ絶対に屋敷を抜けなくちゃならねぇのか」
「そういうこと」
そこまで説明すると、セリカは問うてきた。
「ルーロ、足を早くするもんあるか?」
「『黒狼の長靴』に瞬足があるから、俺は大丈夫だ」
「それなら、大丈夫か」
少しの迷いの末、決心したような顔でセリカは言った。
「少し本気を出す。しっかりとついてこいよ?」
『龍殺し』の中で最速を誇るセリカの足。それに追いつけるか分からないが、追い付けなければならない。
「ついて行ってみせる」
「よしっ」
そしてセリカは屋敷の扉を開き、言った。
「移動術──<瞬歩>」
途端に速くなるセリカの足。俺も負けじとスキルを発動する。
「『瞬足』」
追いつけそうで追いつけない。ファーストを解放すれば追いつけるが、魔力で気づかれるかもしれない。
ここは頑張って置いてかれないようにするしかないな。
「この壁の中に入るぞ」
「ちょ、へ?」
真ん前にあるのは普通の壁。無地の変哲もないただの板なのだが、セリカは普通に前に立つと音も立てずに消えた。
「は? 壁が回転して消えた」
「どんでん返しって言うんだ。早くしねぇと気づかれるぞ」
見よう見まねでやると、壁が一気に回転して景色が変わる。薄暗い部屋に入ってきた。
「なんでこんなもんが·····」
「ここは敵に見つかった時に逃げるようで設置されてんだ。そして裏口に続く階段が·····」
次は隠し階段かよ。どんな仕組みになってんだ?
「ほら、早くするぞ」
「分かってる」
押し入れの中に設置された階段を登り、進んでいく。
その後も数多のからくりを突破し──
「·····よし、到着だ」
「やっとか」
中にいた時間は短いはずなのに、濃厚な時間を過ごした。
「後は翼を広げて飛んでこい。オレは正規ルートで行く」
「分かった」
そして俺は設定したコマンドを言う。
「翼」
纏っていたマントが形状を変化させ、そして四つの漆黒の翼へと変貌を遂げる。
「じゃ行ってくる」
バサッと羽ばたかせ、俺は空高く飛翔した。目指すは塔の一番上、クナイのいる場所にへと。
✻ ✻ ✻
クナイは振袖を見て、ぼんやりとしていた。
「綺麗·····だけど」
本来であればそう抱ける感想も、この状況下では無理な話だ。
視界に写るのは鉄格子。端には鋼鉄の扉さえ見える。
部屋というにはあまりに場違い過ぎる素材に、監禁という言葉の方正しい。
「·····」
外を見れば夜だ。
何度見上げたか分からない星空に、クナイは落ち込んだ。
いくら待っても彼は来ないのだから。
ここは帝国である。
情報を集め、ここまでたどり着くには時間が要する。たった数日でたどり着けるはずがない。なのに、縋ってしまうのはルーロのことを信じているからだ。
だから、無意識に呟くように想い人の名を言う。
「·····ルーロ」
「呼んだか?」
その声に思わず振り向く。
いつもは影が差し、暗い場所。見えるのは夜空だけ。そんな見慣れた光景に決して存在しない者。
「るー、ろ?」
「そうだって」
ルーロはその夜空にも負けないほどの漆黒の翼をばたつかせ、そして鉄格子を『鬼神の牙刀』で切り刻む。
「よぉ、久しぶり」
「··········ルーロっ!」
そして部屋に入ってきたルーロに、クナイは感無量といった様子で抱きついた。
「もう、会えないかと思ってた」
いつもはドキドキするものでも、久しぶりに会えたということもあり、ルーロは抱きしめ返す。
「あぁ、俺もだ」
長い抱擁を終え、二人を見つめ合い。そして、現状を理解し、頬を赤らめる。
「そ、その助けに来たんだ」
何とか言葉にしたルーロは、気を取り直してクナイを顔を見る。
「その前に聞きたい。お前は自分の意思でここに来たのか? それとも、誰かに強制されて──」
そこまで言って、その先は言えなかった。
「感動の再会だね」
入ってきた男に気を取られたからだ。
「クナイちゃん。浮気を良くないよ?」
その男が入ってきた瞬間、クナイの顔は喜びから絶望へと変わった。
急に項垂れたクナイを不思議そうに見てると、男が言った。
「申し遅れたね。僕の名前はイッセイだ。ちなみに漢字で書くと壱に星って書くんだよ」
そして爽やかな笑みを浮かべるイッセイは足音をたてながら、二人に近づく。
そしてクナイの肩を掴み、強引に引き寄せた。
「そして何を隠そう、クナイちゃんの婚約者です」
「は?」
驚愕の事実にルーロは素っ頓狂な表情だ。
「ちなみにクナイちゃんは僕にメロメロなんだよ。ねぇ、クナイちゃん?」
追い討ちをかけるかのように、イッセイは続け様に言う。
問われたクナイはおずおずと、だが確かに頷いた。
「ほらね。僕たちは相思相愛なんだよ。だから、君みたいなおじゃま虫は帰ってくれないか?」
ルーロはハッとした表情で、クナイに質問する。
「それはクナイの意思なのか?」
「··········」
「ウン、ソウダヨ」
裏声でクナイの声を真似たイッセイが肯定する。
「てめぇ、ふざけんなよ」
「ふざけてなんかないさ。事実だからね」
やれやれとイッセイはクナイを突き飛ばすと、ルーロの元へ歩みを進めた。
「おいっ! ──ガハッ」
急に腹部をパンチされたルーロは悶える。
「君さぁ、そろそろ分かってくれないかな?」
流れを完全に持ってかれたルーロは、続け様に拳を蹴りを、避けることすら叶わず喰らい続ける。
「やめ、やめてっ!」
「ハハッ、女の子に守られてるじゃん」
投げ飛ばし、そしてクナイの元へ帰っていくイッセイを朧気にルーロは見る。
「ねぇ、クナイちゃん。そろそろ覚悟を決めようか。ほら、彼も目の前にいることだしさ」
もはや、脅迫である。
だが、その脅迫が成立してしまったのはルーロのせいであった。だからこそ、ルーロは歯噛みして、悔しげに睨んだ。
「アハハっ、ほら、ほら、クナイちゃん?」
クナイはルーロを方を見て、そして決断した。
「私、お兄ちゃんと結婚する」
「はい、決定ぃ!」
イッセイは指を鳴らした。
すると、気絶したセリカが現れる。
「ほら、このカスも連れて早く逃げてよ。泣きながら、悔しそうに、自分の弱さを噛み締めながらね」
「ウォォオオオオオッ!!」
咆哮と共に、立ち上がり、ルーロは殺気を放つ。
「てめぇは殺す」
「ボコボコの君に僕が負けるはずないのに、馬鹿だね」
そしてスっと空気が変わったイッセイの瞳を見た瞬間、クナイが鬼気迫る表情で怒鳴った。
「もう帰ってッ!!」
「··········」
「ルーロじゃあお兄ちゃんに勝てない。だから、早く·····」
懇願するかのように言うクナイに、ルーロは悲しげな表情をした後、セリカを抱き抱えて翼を広げた。
「──っ!」
最後にクナイの表情を見て、ルーロは飛び去って行った。
「やっと帰ってくれたね」
「·····」
イッセイの言葉に暗い顔をするクナイ。
「そんな悲しむ必要はない。彼も結婚式に呼ぶつもりだったんだ」
「──ッ! なんで·····?」
「だって、彼の目の前でクナイちゃんを僕の物にへと変えたいだろ?」
──怖い。
それしか思い浮かばない。
だが、これで良かったのだ。ルーロじゃあイッセイに勝てないし、第一、クナイにイッセイからの申し込みを断ることなんて無理なんだから。
「僕のこの傷。覚えてるよね?」
「·····ん」
「君のせいでこれは付いたんだ。その責任は取ってよ?」
体にある無数の傷。その中で一つ、大きい傷がある。それがかつてクナイが与えてしまった傷だ。
「君が魔属性の魔法を使ったからこうなったんだ」
「·····」
クナイにとって消せない記憶、いや消してはならない記憶だ。
あの日の事を思い出し、そして再度決心する。
──結婚をすると。
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