レーデの成長
今回、三人称です。
今も鮮明に写し出される記憶。
「サラテ·····」
赤髪の少女は、布団にくるまって、過去を後悔するように、何度も何度も呟いていた。
「·····レーデ。大丈夫?」
レーデがいるのは泊まっている宿。『戦士たちの休息』という、駆け出し冒険者には嬉しいコスパで評判だ。
しかし、そんな部屋も電気をつけずに、レーデはただ布団の中でうずくまっていた。
近くで呼びかけるクナイの言葉にも反応しない。
ただひたすらに〝サラテ〟と呼び続けるだけ。
「サラテ·····」
「·····どうしよう」
ルーロに見てろと言われても、今のレーデは見るに堪えない姿だった。
元気づけたくても、つけられない。
不意にクナイは過去を思い出す。
消したくても消せない記憶。
「お兄ちゃん·····そうだね」
意を決して、クナイは行動に移した。
「起き、ろっ!」
「え·····?」
布団を引き剥がす、布団から現れたのは目の下にクマのあるレーデ。
眠れなかったのだろう。健康的だった肌も艶を無くしていた。
「──っ!」
クナイはあまりに悲惨なレーデに、息を呑むが、それでもと声を荒らげた。
「貴方がそうやって、一体なんになるの!?」
「·····」
滅多に聞かないクナイの荒らげ声。
レーデは言葉を失っていた。
「サラテが攫われたからそうなってるの? ルーロがサラテをどうこうするつもりがないからそうしてるの?」
クナイは必死に言葉を絞り出すように、怒鳴った。
「違う、貴方はただ逃げてるだけッ!」
「逃げ、てる·····?」
言葉の意味が分からなかった。
クナイの言ってる、その意味が。
「貴方の本心はなんなの? 助けたい? なら、あの時、貴方が向かうのはここじゃなくて、王城だった。貴方は逃げた。助けるつもりのないルーロから、認めたくない現実から!」
ルーロと亀裂が出来たあの日、レーデは真っ先に宿へ戻った。
別に、深い理由があった訳じゃない。ただ、心を落ち着かせたかったのだ。
「私は、逃げてない」
「違うっ! じゃあなんで、〝助ける〟の言葉があの時出なかったの!? 自分だけは助けるって、意志を、その覚悟をなんで見せなかった!?」
「それは·····」
「本当にサラテが心配なら、行動に移してる。ルーロだって、今頃は準備が完了してるっ!」
「え」
レーデは耳を疑った。
ルーロがサラテを助けるために行動に移してる·····?
そんな事があるはずないと。あの時、どうこうするつもりはないと断言したんだ。
「あの場で貴方に何が出来た? あの場で本気で彼らを相手にしたとして、勝てたか? 多分負けてた。それに勝ってたとして、国家を反逆しただで済む訳ない。計画もなしにそんな行動に移すなんて、命を捨ててるものっ!」
「それでも、平気でいられるはずが──」
「それだよ。レーデ」
「──っ!?」
あの時からだ。ルーロと口論している時から、レーデは何時だって心の話をしていた。
『平気でいられるはずがない』、『なんで平気でいられるの?』、『金の方が大事なんだ』。この言葉の何処にサラテを心配する覚悟があったのだろうか。
「何時だって貴方は自分のことばかり。サラテの話をしていない」
「そんな訳──」
「じゃ、言ってみなよ。『サラテを助けたい』って」
「·····っ」
レーデはどうしても出なかった。
いや、自分でも分かってはいるのだ。どうして、出ないのかなんて。
「ルーロが目の前で傷ついて、サラテが私たちを庇うように、犠牲になるように泣き顔を見せてきて·····」
一体、あの場で何が出来たかなんて分かりきってる。
〝何も出来ない〟のが、正解だ。
「私は弱い。とても、ルーロとの差がどれほどだなんて分からない。そんなルーロが怪我をして、サラテが庇ってくれて·····私は何も出来なかった」
そう。事実として何も出来なかった。
助けたいという心がある。でも、弱いという事実が足を震わせる。
あの時、ルーロにぶつけたのは──
「八つ当たりだったんだ。ルーロが正しいことを言ってるのは分かる。でも、その選択が出来るのは〝強者〟なんだって、分かってるから、弱者な私は何も出来ないって、知ったから」
あの日、追放された時のルーロの気持ちが今わかった。
ただひたすらに悔しかったのだろうって、見返してやりたいって強く思ったのだろう。
「私は心の何処かで思ってたんだ。自分は強いって。でも、追放したルーロに負けて、あの時何も出来なくて、私は弱くて、とても〝選択〟が出来そうにないよ」
追放されてルーロは『見返してやりたい』っていう選択をとった。
心が強い証だ。とても、真似できそうにない。
あの時、サラテは『自分が素直に従う』っていう選択肢をとった。
自己犠牲を選択出来る強さをもっているという証だ。
そして、今回、レーデは『助けたい』っていう選択をとれずにいる。
自分が弱いことを自覚してしまったがために、躊躇っている。
そのもどかしさが、そのイラつきが、八つ当たりとなって亀裂を産んだ。
そう、最初から全部──
「私が悪かったの」
「私がこんなに迷って、悩んで、それでも『助ける』っていう選択がとれなくて、でも、目の前には余裕そうなルーロがいた。それが腹立たしかった。何故、そんなに余裕でいられるのか、何故、そんなに強いのか。私には分かりっこない」
どうすればいい? どうすれば、ルーロを越えられる。どうしたら、サラテを助けられる?
疑問が浮かび、解決出来ぬまま、新たな疑問が浮かぶ。
嗚呼、もうどうでも──
ギュッと、レーデは温もりを感じた。
クナイが抱きしめたのだ。
「貴方は子供·····何も知らないただの子供。その力は確かに矮小で、非力なものかもしれない。でも、だからこそ、私がいる」
「──ッ!」
優しく背中をさする。
それはまさに聖母の如く、レーデは自然と抱き締め返していた。
「今はそうやって逃げてもいい。でも、いずれ選択が迫ってくる時がくる。そうしたら、一人で抱え込まず、私を頼ればいい、ルーロを頼ればいい。貴方は一人じゃない」
レーデの頭を撫でる。
「人は一人でも生きては行ける。でも、それは多分楽しくないと思う。誰かと笑って、それを共有して人生を彩っていくのは、運命じゃない、レーデがやること」
クナイも先日、ルーロから言われた。
「私も一人だった。ずっと、一人で『化け物』って呼ばれて、誰も近づこうとしないし、離れていく。でも、ルーロだけは違った。初めて話しかけてくれたし、離れていかなかった。それが嬉しかった。だから、私も同じことをする」
抱きしめる強さが増す。
まるでここにいることを分からせるために。
「泣いて、いいよ」
「う、うわぁぁぁぁぁああッ!」
せき止めていた何かが外れたように、レーデは年甲斐もなく泣き叫んだ。
「怖かった」
「ん」
「私は弱かった」
「ん」
「サラテに押し付けちゃった」
「ん」
「そんな私でも、助けられるかな?」
「ん、きっと、出来る」
確定してる未来じゃない。
護衛と言われた男二人の力は未知で強大だ。だが、勝てると思う。
だって──
「私たちがいる。それがパーティ」
「ありがとう、クナイ·····」
ルーロの知らないところで、一人、成長した。
レーデが今後、どういう風に成長するかは神のみぞ知ることだろう。
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