レーデとの間に出来た亀裂
あれから一晩経った今、パーティの雰囲気はどんよりとしていた。
「ほら、アイシングキャットが居たぞ」
「あ、う、うん」
「·····了解」
修行の成果が素晴らしく、アイシングキャットを視界に収めたかと思ったら、二人の姿は一瞬にして消えた。
「移動術──<瞬歩・改>」
先手はクナイだ。
苦無を手に、アイシングキャットの首を切り裂こうとしたが、アイシングキャットが魔法を発動させた。
「ニャッ!」
「やらかしたっ!」
クナイの足が凍る。
その隙にアイシングキャットは次の標的──レーデを倒さんと鳴き声を放つ。
「ニャォーンッ!」
アイシングキャットの前足から、ロックアイスが地面から盛り上がるように出現した。
「──ッ!」
レーデはロックアイスを避けるために、指を二本揃えて出す。
しっかりと、モーションを決めているようだ。先程よりも素早さが上がり、ロックアイスを見事に避けた。
が──
「ニャンッ!」
「きゃっ!」
アイシングキャットが氷を纏った爪で引っ掻く、しかし、寸前に俺がレーデを救出。
なんとか、傷がつくことは防げたようだ。
「ったく、二人とも全然集中出来てないな」
右手で空を切り、アイシングキャットの魔力を吸い、絶命させながらに指摘する。
「·····ごめん」
「ん、ごめん」
「いや、分かってるならいいんだ。理由も分かってるしな」
とりあえず、この状態で狩りを続けるのは無理だし、修行もモチベーションが無い今、やっても無意味だろう。
アイシングキャットの耳を採取しながら、俺は今後の方針を尋ねた。
「どうする? 今日はもう帰るか?」
「··········いや、でも──」
「帰る」
渋ったレーデの言葉を遮り、クナイは言った。
「多分、今みたいな事が起こる。その前に、今日は終わらせて切り替える」
「·····そうか。なら、俺も手を治さなきゃな」
俺の右手は包帯が巻かれており、少し血が滲んでいる。
誰もポーションを持っていないのだ。
持ってたら、こんな傷、瞬く間に回復出来るというのに。
「·····分かったわ。そうしましょう」
レーデもその案に賛成し、今日はひとまず、終わりにすることになった。
「はい、アイシングキャットの耳であることが分かりましたぁ。これが、報酬ですぅ」
差し出された十万ゴールド。
初任務の初報酬としてはなかなかに高い。
だが、まだまだお金は足りない。暫くは宿生活だな。
報酬を受け取り、二人の所に戻る。
「··········ルーロは平気そうね」
突然、レーデはそんな事を言い出した。
「どうしたんだ?」
「·····お金」
「あぁ、初報酬で十万だ。なかなかだろ?」
「あんなことがあったのにお金の方がいいの!?」
レーデの叫び声は他の冒険者の注目を集めるには充分過ぎた。
「なんだ、なんだ? 痴話喧嘩か?」
「おい、アイツ知ってるぞ。A級スタートの裏口野郎だ」
「マジか、裏口とか·····最低だな」
野次馬どもの言葉が耳に入ってくる。
クソっ、好き勝手言いやがって。
いいもんだ。てめぇら全員追い抜いて、最強の冒険者になってやるんだからなっ!
「ねぇ、ルーロ。今は私の話を聞いてよ」
「ん、あぁ、分かってる」
いつになくレーデは怒っていた。
その目には涙さえも浮かんでいる。
「なんでアンタはそんな余裕なの? サラテの事が心配じゃないの? アンタが一番、関わりが多かったじゃない。たった一日だけど、大切な友達なんじゃないのっ!?」
レーデは、根は優しいのだ。
俺にはあんな態度を取っているが、周りにはまぁまぁ優しい。
小さい子供にはもっとだ。
だから、こんなにも必死なんだろう。
最後に見た、サラテの泣き顔が忘れられなくて、余裕そうにみえる俺が腹立つのだろう。
「あの場で俺らに何が出来た?」
「え?」
「あの場で護衛をぶっ飛ばし、サラテを助けることは出来たかもしれない。だが、それでどうなる? その後は? これからにしたってそうだ。サラテになんかあったかもしれないと、王城に乗り込むか? そんな事して、万が一何もなかった場合、俺らはどうなる?」
「·····」
俺の言葉にレーデは黙った。
「確かにあの時の泣き顔は俺も忘れられない。クナイもそうだろう。だが、だからといってどうこうなる問題じゃない。この世は現実だ。なんやかんやでサラテの問題が解決して、ハッピーエンドになると?」
「そうかもしれないけど、それでも、平気で居られるはずないでしょ!?」
「このぐらいで切り替えがきかないのなら、冒険者には向いてないよ。冒険者は死ぬ。突然の別れだって、当然ある。そんなのにいちいちこうなってたらキリがない」
「──アンタってっ!!」
バシッと頬にビンタが来た。
「そういう問題じゃないっ! たった一日でも数時間でも、関わった人に感情移入することの何がいけないの? キリがないのは分かるわ、切り替えられてない私も悪い。でも、それでも必死になってしまうのは仕方の無いことでしょう!?」
コイツは良くも悪くも〝善人〟なんだ。
だから、切り替えなんて出来ないし、簡単に感情移入しちまう。
ったく、これがレーデって奴なのか。
「だが、それでも、関係ない。俺はこの問題で冒険者として、一人の国民としてサラテにどうこうするつもりは無い」
「──ッ! そう·····アンタに言った私が馬鹿だったわ」
そして、レーデは去っていった。
クナイが困り顔でこちらを伺っている。
「·····ルーロ」
「クナイもレーデと同じか?」
「(ふるふる)」
クナイは俺の目を見て、しっかりと言う。
「私もサラテをどうこうしようなんてつもりはない」
「·····そうか」
「でも、レーデは違う。彼女は良い子」
「知ってるよ」
「現実を知らないただの子供」
「ハハっ、そうだな」
厳しい評価だ。
クナイらしい。
「そして、ルーロは諦めが早い」
「この俺が? 属性適性がなくて、追放されて、それでも頑張って来た俺が、諦めが早いと?」
「もっと、情報を集めてから判断すべき。ルーロは多分、修行のうちに取捨選択が恐ろしく早くなってる」
確かにな。
「だから、サラテのことも諦めた。『現実』だと。それは間違いじゃない。私も、そう思ってる。だから、今のところは私も何もしない」
今のところ、ね。
「なら、レーデを見ててくれないか。そして、クナイにも言っておくが、諦めが早いのはお前らだぞ?」
「?」
クナイは頭に疑問符を浮かべる。
「冒険者として、国民の一人としては何もする予定はないが、ルーロとして、いや、一人の男として行動する予定はあるんだよ」
「──ッ!?」
俺があの泣き顔を見て、何も思わないと?
俺が、国ごときに屈するとでも?
「確かにこの世は現実で、死んだら死ぬが、だからこそ、取れる手段はある」
俺は、政治が出来ない。
だから、サラテの問題に王族が関わっていたとしたら、殺せない。
俺は、勇者じゃない。
その権限をもって、王族やサラテを取り巻く環境を変えることは出来ない。
なら──
「魔王みたく攫っちまうか」
別に好感度を上げようとか、あわよくば王女様をゲットしようだなんて思ってない。断じてないが、魔王みたく攫ったらカッコよくね?
「だから、俺は手を治しがてら、情報を集めたり準備するからよ。俺が呼びかけるまでにレーデを何とかしてくれ」
「ん、分かった」
そうと決まれば、行くところはただ一つ。
「ギルド長・クリクソンの元へッ!」
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