それぞれのダービー
『思いっきって行こう。』
そう話したのは、野本調教師。
サクスシャインの所属厩舎の調教師だ。
『もちろんです。』
早坂騎手が答える。
今回、15度目のダービー。
ダービーを知り尽くしていると言っても過言ではない。
来年の2月での引退を決めている早坂騎手にとってこれが最後のダービー。
その思いと覚悟が伝わるこの作戦。
オーナー、調教師ともに早坂に託した。
サクスシャインは5番人気とは言え、不利な外枠15番。
本来は中団から後ろで競馬をするのだが、今回はテンが決まれば外から前に行くそう決めていた。
元々前に行く競馬だったのだが、スタートが苦手のため後ろからの競馬になっていた。
『今日は行ける気がします。』
騎手の勘それがそう告げていた。
『楽しめよ。』
『はい。』
『潰しに行きます。』
ダマスカスロー、鞍上はそう言った。
天皇賞・春に加えステイヤーズS連覇を勝ったローアイランド産駒のダマスカスロー。
勝ちきれないレースが続いていたが今回の距離延長の恩恵を最も受けていると言っても過言ではなかった。
潰さないいけとは、ペースを強引に上げスタミナ勝負に持ち込む。
安楽と秦調教師の渾身の作戦である。
『今日はあの馬場だ。大丈夫、天は味方してくれている。』
安楽にとってダービーを取ることは特別な意味を表す。偉大な祖父に近づくため、そのための大きな一歩である。
しかしそれだけでない。ダービーは憧れでもあった。
俺は俺のレースを。
『今回の敵はアルファジャックル。』
的矢はそう言った。
『今回は的矢の腕にかかっている。』
今回の作戦はアルファジャックルを徹底的にマークし封じ込める作戦。
的矢の乗る馬、サルベージタキオンはここまで無敗でNHKマイルカップも勝っている。
距離に不安があるとは言え、勝てる可能性はある。
『託すよ。俺をダービートレーナーにしてくれ。』
林田調教師は今年で定年を迎えるため、これが文字通り最後のダービー。
それを的矢に託した意味を十分理解していた。
今までの全てをこのダービーにぶつける。
的矢はその覚悟をさらに強くした。
『緊張します。』
池田騎手は今年で7年目、初めてのダービー騎乗である。
今回は6番人気のスイープナイトに乗る。
『初騎乗なんだからダメで元々だ。』
そう言ったのは三財津調教師。
かつては騎手であった。
ダービー初騎乗の時は作戦にこだわるあまりに何もできずに12着。
池田の気持ちはよくわかる。
『作戦はない。お前のやりたいようにやれ。』
そう背中を押した。
強い思い。
あるものは憧れ、あるものは夢をかけ、あるものは名誉のため、あるものは最後のチャンスを。
これをぶつけるのにふさわしい、まさに日本最高のレースが今、始まろうとしていた。




