問題は山積み………?
昨日更新できなかったので、2話更新します。
「なんか悪いな、あたしのせいでみんなを残すみたいになっちまって………」
「いいのよ、みんな承知の上だし。それに、ここでの生活は下よりも快適だしね」
「人族に目を瞑れば、だろ?」
はあ、とため息をつく。頭の中にあるのは当面の問題と、とあることについてである。……とはいえ、当面の問題に割く力1割、とあることについて割く力9割なわけで。いや、実際はもっとひどいかもしれない。
とりあえず、ほとんどのことが頭から抜け落ちているような感じである。しっかりしなくては、と思っているのだが、どうも集中できないのが現状だ。
「ティオ?」
「あ、なんでもねえ。とにかく、一人で行動するのは避けた方がいいってことだよな」
「そうね、それが無難だと思うわ」
食材を買い込んで、フロアを移動する装置――――なんでも『えれべーたー』というらしい――――の前で待つ。しばらくすれば、やって来るであろう。
なのだが、ここはフロア2。人族も利用する場所だ。何もトラブルが起きないというわけがなかった。特に、女二人であった場合は尚更。
「おいおい、他種族がいるぜ?」
品のないような笑いを浮かべて近付くのは、やはりと言うべきか。人族の男だった。それも10人ほど人を引き連れている。態度がデカいのはそのせいか、と思って、少しだけ前に出る。ナトゥラは近接戦があまり得意ではない。あたしが敵を引きつけて、魔法でどうにかしてもらうのがいいだろう。
「何の用だ?」
「はあ?決まってんだろ、ここにいるんだ。生活するための金を払うか、無いなら別のもので払えってことに決まってんだろ!」
舐め回すような、ねっとりとした視線。それが何を示しているか、わからないほど子供ではなかった。鳥肌が立ったことに気が付かれないようにしつつ、集団を睨む。いつ動いても、すぐに動けるように。
「そうそう!」
「とっとと払えよ!」
同意の声が上がる。舌打ちしたくなるのを我慢し、攻撃してもいいかと考えた。幸い、ナトゥラはすぐに動けるようだし。
剣は危険だし、拳をお見舞いしようと構えを取ったときだった。
「へえ?じゃあ、僕にも払ってもらえるのかな?」
ちょっと高い声が聞こえた。集団の肩が跳ね上がる。ゆっくりと振り返れば、そこには予想通りの人物がいたようだ。
「やあ、ティオ。それに、ナトゥラさんも。二人には貰うものを貰ってるしね。もう納めなくてもいいのだけど……君らは何かしら払ってくれたっけ?」
「あ、いえ、これはですね………」
途端に挙動不審となる集団。けれど、中にはバカなやつもいるようで。
「ふざけんなよ、てめえ何様のつもりだ!俺たちが本気になりゃあな、お前程度………!」
「ほう、つまりそれは我らの恩人に、恩を仇で返すということでいいのだな?」
吠えた人物はすぐに声がしぼんでいった。それもそのはず、角から現れたのは人族の王子だった。後ろには数人騎士を連れている。何かをすれば、すぐに捕縛されるだろう。というか、もうされそうだったが。
テキパキと動き、集団をすべて捕らえた王子はこちらに頭を下げ、この状況を作った人物と少し話をしてから去っていった。……出会ったときとはえらい違いである。
「ごめんね、同族が」
「……ああ、いいよ。お前のせいではねえし」
頭を下げるタクミをすぐに遮った。何故なら、心の中では既に別の気持ちでいっぱいだったからである。
「そう?ナトゥラさんも何かあったら、言ってくれてもいいんだよ?」
「……いえ、ティオが何も言わないならいいんです。あ、その、なんですが………」
「ん?あ、また絡まれるかもしれないし、僕が送っていくよ。荷物貸して」
サッとあたしとナトゥラの手から荷物を奪い、持ってくれた。……本当に、さっきのやつらとはまるで違う。対応が紳士的というか、かっこいいというか。
そのまま『えれべーたー』に乗り込み、自分たちの暮らすフロアへと移動するのだった。
※ ※ ※
「ねえ、ティオ?」
「んー………?」
「あなた、あの人族の子に恋してるの?」
ぶっと息を吹き出し、ストレートに聞いてきたナトゥラの顔を見た。ちなみに、タクミはもう仕事に向かってしまった。遅れを取り戻すことが大事だし、やるべきこともたくさんあるからね。とのことだ。行ってしまったのを少し残念にも思ってる。
そう、頭の大半を占めていることというのは、タクミのことである。あたしは完全に恋に落ちちゃっているのだ。それがわからないほどに、自分の気持ちに鈍感ではなかった。
ただ………
「わ、わかってんよ……相手が人族だってことぐらい………」
油断させているつもりなのかもしれない。また、あたしを。もしくは、あたしたちを陥れるつもりなのかもしれない。あの優しさは嘘で、ほんとはひどいことをしようと画策しているのかもしれない。
けど………
『大丈夫?』
いつも、あいつは優しく微笑みかけてくれる。それを信じたいと思ってしまうのは甘えなのだろうか?少し。ほんの少しだけでも、まだ見ていたいと思うのはいけないことなのだろうか。あの人族に、夢を見てしまうことが………
「いや、そうではないのよ?むしろ、あの人族とは仲良くなるべきだと思ってるわ」
「………へ?」
思わず、間抜けな声が出てしまう。だが、それほど衝撃的だったのだ。だって、ナトゥラはあたしよりも長く奴隷として扱われていた。恨みや憎しみはあたしよりもずっとあるはずだ。なのに、どうして?
「あの……確か、ヨロズさん?だったかしら?は、精霊が懐いているのよね………」
「ええええ!?精霊って人族嫌いのはずだろ!?空気が淀んでるとか、魔力がアレだとかで!」
「そのはずなんだけど……どうも、真っ直ぐ過ぎるらしくてね。特に精神の精霊が好んで近くにいるのよ」
……まったく知らなかった。じゃあ、ナトゥラは反対しないということなんだろうか?ちょっとだけ期待を持ってしまう。
「それだけじゃなくて、ヴォルドやガドルもあの人を買ってるわ。なんでも、あの人族の作品を見て人柄がわかったんだとか。まあ、これはドワーフにしかできないことなんだけど………」
「そ、そうだな………」
「それに、ロドルフやラウルも普通の人族とはまるで違う匂い、って信用してたみたい。だから、きっと反対する人はいないと思うわ」
「ん?いや、ちょっと待て」
そこで気付いた。気付いてしまった。重大な事実に。
「………もしかして、あいつを……タクミを信用してなかったのって、あたしだけだったのか…………?」
震える声で問いかける。その答えは……視線を逸らされた。それが、答えだった。
「うわあああああああああああ!」
「お、落ち着いて、ティオ!気付けなかったのは仕方ないことだから!」
それから落ち着くまでに20分ほど掛かるのだが……長くなるので、ここでは割愛することにする。
「はあ……はあ………わ、悪い………」
「ううん、私たちも伝えようとしなかったから。ごめんなさい」
「いいよ。あのときのこと、思い出しちゃうからだろ?」
あたしの心は意外と弱い。それに気付けたのは、ここに来てからだ。恐らく、ナトゥラたちは奴隷生活で荒んでしまったあたしを気遣ってくれていたのだろう。トラウマの残るあたしがあのときを思い出さないように、と。
だが、あたしの言葉が意外だったのだろうか。ナトゥラは驚いたような顔だった。
「……本当に変わったわね、ティオ」
「どういうことだ?」
「前だったらいいよって言っても、ちょっとムスッとしてたもの」
「うっ……ごめん、ほんとに………」
心当たりがあるだけに、頭を下げた。
「何かきっかけでもあったの?」
「……タクミがさ、言ってくれたんだ」
怪我が完治してから、きちんと治っているかという確認も兼ねて、部屋を訪れたときのことだ。部屋に入れてもらい、寛いでいた。
でも、あたしの考えなどお見通しだったようで。軽く。とても軽く、痛みも感じないような強さで、額を指で小突かれた。否、触れた、と言う方が正しいかもしれない。とにかく、優しさを感じるような触れ方だったのだ。
『……君のせいじゃない、って言ってるでしょ?あまり背負い込み過ぎると潰れちゃうよ?』
あたしがどうにかしなきゃ、という思いを見抜かれたようで。意地を張ってしまい、少しだけ口を尖らせた。別に?お前には関係ないじゃないか、と。
『そうだね、関係なくはある。でも、今にも潰れそうな子を放っておくほど、冷酷にはなれないのさ』
そう言って、頭を撫でた。それはとても優しくて、どこか安心できて。ついつい、身体の力を緩めてしまうほどだった。
それなのに、襲うことはなく……優しいままでいてくれた。変わらないままでいてくれたのだ。
『君の全てを知ることはできないけれど。僕は言ってしまえば、見栄を張る必要のない他人だ。だからね』
僕にぐらいは甘えてもいいんだよ?と。その言葉を聞いたときに、泣いてしまったのだ。ようやく、溜め込んでいたものを吐き出すことができたように。ただただ、タクミに甘えていた。それを嫌な顔一つせずに受け入れてくれた。あたしには、それだけで十分だったのだ。
「そう。それは仕方ないかもね」
ナトゥラは頷き、そっと隣に座った。彼女はあたしがどんな異性に会ったのかも知っているのだ。その結末やどんな対応をされたのかも。
「そう!そうなんだよ!あんな優しくされて、『甘えてもいいよ』なんて言われたらイチコロだって!仕方ないんだよ!」
「なんと言うか、乙女ねえ……ただ、私が言いたいのはそこじゃないのよ」
指を突き付けられて、頭が冷える。……ちょっとテンションが上がり過ぎたかもしれない。一旦落ち着くことにした。
「問題が色々とあるでしょ?ほら………」
「……ああ………」
ナトゥラの言った通り、立ちはだかる問題は山積みだ。
まず一つ。そもそも、タクミは女である。あんなに可愛らしい風貌で、声も高く、華奢な男がいるわけがない。同性愛というハードルが立ち塞がっているのだ。この時点でかなり高い壁である。
だというのに、タクミは成人してなさそうである。それが二つ目だ。実際は何歳かまではわからないのだが、人族なのだ。見た目通りの歳と考えてよさそうである。となると、10歳かそこいらなわけで……あいつの気持ちが変わらないように、最低でも5年はあたしの方へと気持ちを傾けておかなければならない。これがなかなか難しいだろう。そもそも、今むこうはあたしを好いているのかも怪しいわけであるし。
さらに、タクミは恋愛をする気がゼロなのだ。自分がろくでなしだとか言っているが、そんなわけがないし……何かがあったのかもしれないと考えるのが自然である。その問題をどうにかしないことには、お付き合いすらできないわけで………
その他にも、他種族のことを恋愛対象として見てくれるのか。どんな相手がタイプなのか。アマゾネスとの結婚に忌避のようなものはないか。あたしの村まで来てもらえるだろうかと細かなものがあり……頭を悩ませる。正直、自身が無くなってきてしまうほどだ。
「大丈夫よ、ティオ。私は応援してるから!」
「あ、ありがとう、ナトゥラ………!」
やっぱり、持つべきものは信頼の置ける親友だと思いながら、問題の解決法を考えていくのだった。
……実はこれらの問題、本人に聞けばほとんど解決してしまうのだが………ティオが知るのはもう少し先の話となる。




