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この兄メは

「そんな馬鹿な話がありますか!」

「ごめんなさい、でも、これは本当なんだって。帰り道で拾ったんだ」


 何なんだろう、一体。

 今、私こと湯野浜睦希の目の前に展開されているのは、大方は何度も見かけている風景だ。

 怒っているのはママ、その前で小さくなっているのは兄の葉月。


 兄は高二になった今でも、いや、むしろ小さい頃よりずっとアニメが好き。いわゆるオタクの人だ。

 兄はやせ形でぼさぼさの髪、陰気な顔に眼鏡、一目見ただけでオタクのレッテルを貼られそうな外見だ。

 そして、中身がそのまんまなのが何より痛い.


 今日も怪しいフィギュアを持ち帰り、それをママに見とがめられ、叱られているのだ。

 我が家は母子家庭で、母が公務員だから安定してはいるものの、経済的に豊かとは言えない。


 兄は趣味のために小遣いをはたいて、それでも足りなくて家の金に手をつけたことがある。

 その時はこっぴどく怒られ、それからはそんなことはしていないはずだ。


 だが、それからもなぜかこんな風にフィギュアなどを手に入れてくることがあり、そのたびに『貰った』『拾った』などとごまかしを言うのだ。


 本当は、ママも私も理由を知っている。

「シィ姉、またお小遣い、あげたんでしょ?」

 私は台所で片づけをしている彼女にそっと聞いてみる。彼女はほんわりと微笑み、小声で答える。

「睦希ちゃん、私、知りませんよ」


 彼女はそう言うと、水切り籠の食器を食器棚に収めてゆく。その動きに連れて長い金髪がさらさらと揺れる。

 彼女は詩衣夏しいか、遠い親戚に当たるそうだが、外国人にしか見えない。

 波を打つさらさらの金髪、真っ青な瞳、白い肌。それに日本人には絶対にないような格好いいプロポーション。


 彼女は小学校まで近くに住んでいて、その頃は葉月や睦月とも仲良くしていた。

 特に兄とはとても仲がよく、子供ながらに結婚の約束などしていたらしい。


 その後引っ越して音信不通になり、その間に兄はオタクの道に走ったわけだが、今年、突然に我が家で引き取られることになった。

 何でも家族に不幸があって、天涯孤独の身になったとか。


 でも、やって来た彼女には不幸の気配は少なかった。

 彼女は家に入るなり、兄に抱きついて再会を喜ぶ声を上げた。兄も驚くほど落ち着いて抱きしめ返し、その後で彼女は泣き出したけれど、それはどう見ても嬉し泣きだった。


 彼女は兄と同級生だったが、向こうで高校を中退してきたそうで、母と相談した結果、通信制の高校に通うことになった。

 昼間は近所の漫画喫茶でバイトをしている。


 だから、彼女のバイト代の中から兄に小遣いが回っているのではないかと、ママも私も心配しているのだ。

 何しろディープなオタクの兄だ。どれだけお金を出しても、もっともっとと欲しがるに決まっている。

 それではどぶにお金を捨てるようなものだ。


 でも彼女はそんなことは気にしていないようだった。

 食器の片づけが終わると、兄のそばに正座して母に頭を下げた。

「お母様、その辺で許してあげてください。ハズキは悪いことをする人ではありませんから」


 それを聞くと、ママも頬を緩める。

「もう、詩衣夏ちゃんは葉月に甘いんだから。もっとしっかり手綱を握っておかないと、そのうちに痛い目を見るかもよ」

「大丈夫ですよ、お母様」


 それから彼女は隣の兄に小声で言った。

「ほら、もういいから、片づけてきてください。すぐに夕食ですから」

「うん、シィカ、ありがとう」

 兄はママに小さく頭を下げて部屋を出て行った。


 ママはため息をついてそれを見送り、台所へ向かった。

「じゃあ詩衣夏ちゃん、睦希、晩ご飯の準備するからね」

「はい」「はーい」

 私はまだ着替えていなかったので、一旦は部屋に戻る。

 手早く部屋着に着替え、エプロンを取り出す。


 着替えながら詩衣夏さんのことを考えた。

 彼女が兄と仲良しだったのは確かだ。だが、それはもう随分前のことで、それから長いこと音信不通だった。

 なのに、彼女はここに来た途端、兄と恋人同士になってしまった。

 二人は出会った瞬間に抱きしめ合い、キスまでしかねない様子だったのだ。


 今では二人は婚約者として、母もそれを認めている。

 彼女が来て数日後、二人は母の前に頭をついて、それを認めて貰った。もちろん本当に結婚するのは兄が就職してから、ということなのだが。


 そのあたりの展開は、考えてみるとちょっと不自然だ。

 それでも二人は確かに好きあっている。そばで見ているだけでそれはよくわかるし、何となく納得してしまう。


 二人はいつもラブラブだ。

 もちろん他の家族がいるときにはべたべたしないが、寝る前には詩衣夏さんは必ず兄の部屋に行き、そこでしばらくの時間を過ごす。

 別にエッチなことをしているわけではないようだが、それは二人にとって、とても大事な時間らしい。

 出てくるときの彼女の顔を見ればよくわかる。


 それにあの時、婚約の事を言い出した時の兄は、普段の意気地なくて優柔不断なのとはうって変わって、とても真剣で男らしかった。

 詩衣夏さんの前では兄もあんなになるのか、と思うと、誇らしいような、寂しいような変な気持ちになる。


 ただ兄はそれ以外はあんまり変わっていない。

 相変わらずオタクだし、普段はやっぱり意気地無しだしぐずぐずしているし。


 だから台所で立ち働く詩衣夏さんを見たとき、ちょっと戸惑ってしまった。

 彼女はそれはそれは美人で優しくて、それに家事もてきぱきこなす。


 ただし料理の腕は駄目。

 というより料理がほとんど出来なかった。それでもただ今母の元で修行中で、めきめきと腕を上げているところだ。

 そんなわけで、どこからどう見ても兄とは釣り合わなさすぎる。


「あら、睦希ちゃん、私の顔に何かついてる?」

 じっと見つめていたのに気づかれたのか、詩衣夏さんが私に尋ねた。ちょっと不思議そうな、でも慈愛に満ちた笑顔。

 それはやっぱり情けない兄には似合わない。


 だから聞いてみた。

「ねえ、シィ姉、お兄ちゃんなんかで本当にいいの? 骨の髄までオタクだし。きっとシィ姉よりお人形の方を大事にするような奴だよ?」


「とんでもありません!」

 だが、その途端、彼女はきっぱりと言い切ったのだ。

「ハズキは、いざとなればお人形を叩き壊してでも、私を助けに来てくれる人です。私、知ってるんですよ」


 彼女は、そう言うとあでやかに笑った。

 それはまるで、実際にあったことを語っているような、ひどく確信に満ちた言葉だった。


「そそそそ、そうかな?」

 私は何だか気後れがしてしまったが、それを聞いていたママがにっこり笑ったのが見えた。

「まさに愛の力、かしら?」

「はい。そうです!」

 はっきりと答えた詩衣夏さんの姿が、私には輝いて見えた。

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