六十一話
帰宅後、リンゼイはミノル族の親父に地下の実験室を案内した。一つだけ、使っていない小さな部屋があったので、そこの竈はどうかと聞いてみる。
魔術で火をつけてから火力の上昇を示せば、問題なく鍛冶に使える物だと認めてくれた。
普段の生活は土の中に掘った穴で暮らしたいと言うので、お好きにどうぞとリンゼイは答えた。食事の世話などについてはスメラルドにお願いした。
鍛冶に使う道具などは持参をしていたようで、火箸や入れ槌、やすり、金床などを並べている。
足りないものがあったら言ってくれと伝えたが、ここ百年以上は素材さがしばかりしていたので、品物には困っていないと言う。
最後に、ミノル族の親父はさっと手を差し出した。
『ダツサイア・ノウフンゲンニ・エモオトイタガリア!』
『旦那様、奥様、ニンゲン風の挨拶ですって』
クレメンテとリンゼイはミノル族と同じ目線になるようにしゃがみ込み、握手を交わす。
ミノル族の名は『ノム』。
屋敷に新たな住人が加わった瞬間であった。
その後、リンゼイは庭に鉢がないかクレメンテと共に探しに行った。
庭師であるイミル・レオンハルトに聞けば、ちょうどいい大きさの鉢を譲り受ける。
ふと、庭を見渡せば噴水が撤去されて、周囲の植物を別の場所に移した後に、広場の拡大がなされていた。二頭の竜が寛げるように工事を行っていたのだ。
「工事、終わったんだ」
「ええ、奥様。昨日に、なんとか」
「そう。ご苦労様」
噴水の代わりに設置されたのは、竜の湖水と繋がっている大きな桶。底に描かれた魔法陣に触れたら、転送された水が溢れて来るという、ウィオレケの発明品である。
「ウィオレケさん、すごいですよね」
「あの子、仕事や生活の効率化が趣味みたい」
「まさか、『メディチナ』の作業工程の見直しばかりじゃなくって、竜の生活まで見直してくれるなんて、ありがたいお話です」
ちょうどよかったので、竜を呼んでみれば、メレンゲもプラタも竜の湖水が好きな時に飲めて、かつ主人達の近くで暮らせることを喜んでいるように見えた。
クレメンテとリンゼイは二頭の竜をほのぼのとした気分で眺めた後、今度は自分達の作業を再開させる。
それは、怪植物の移植であった。
怪植物を植える前に、封印の呪文を鉢に描きこまなければならない。
「すぐに済むから、ちょっと鉢を持っていて」
「分かりました」
室内ですれば汚れてしまうので、庭の片隅で行う。
鉢は土を固めて焼いたものなので、刃物を入れたらすぐに傷が付く。
リンゼイはナイフで呪文を刻んでいった。その真面目な様子を、クレメンテは至近距離で眺める。
途中、頭上に影が出来たと思えば、好奇心旺盛なプラタが二人の様子を覗き込んでいた。
影が出来て、作業がしやすくなる。
外側から内側までびっしりと呪文が刻めば、『封印鉢』の完成となった。
中に入れる土も普通のものとは違う。
「この石を砕いて」
「分かりました」
魔力を含んだ石を槌で砕き、それを土に混ぜるのだ。
クレメンテが離れた場所で魔石を砕いていたら、プラタが自分に任せろと言って手伝いを申し出てくれる。爪先を当てれば、一瞬で石は粉末状になった。
「プラタ、魔術を使ったのですか?」
そうだと頷くプラタ。
ありがとうとお礼を言えば、とんでもないと首を振る。
どこまでも人間くさい竜であった。
他にも、森で摘んだ薬草を魔術で発酵させて、土の中に入れる。以前作っておいた、魔物の骨の粉末も混ぜ合わせた。
怪植物の根を鉢に植え込む。
革袋の中の怪植物はすっかり大人しくなっていた。
取り出して、様子を伺っていたが、微動だにしない。
とりあえず、葉に付着している毒を手袋を嵌めてから布で綺麗に拭き取る。すると、薄汚れているように見えた葉が、鮮やかな緑に変わっていった。ついでに根も拭いてやると、真っ白になった。いつの間にか、赤く虚ろだった目は仄かな緑色に変化していく。
「目の色が変わりましたね」
「邪悪な成分が抜けていっているのかも」
「なるほど」
ナイフを片手に下手に暴れたら大変なことになるとリンゼイが脅しつつ、拘束していた紐を解く。怪植物はそっと目を閉じて、動かないままで居た。
大人しくしているうちに、クレメンテは鉢の中に怪植物を挿して、土を被せていく。
「これで大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとう」
お礼を言われてデレっとなるクレメンテ。リンゼイはその様子に全く気付かない。
仕上げは前に作った『植物魔力活性剤』を土に掛ければ作業は完了となった。
瓶の中の『植物魔力活性剤』を全て入れたら、怪植物はガサガサと葉を揺らす。
『アア~~、沁ミルゥ~~』
「……」
「……」
何か喋ったような気もしたが、幻聴だと思ってスルーをする。
最後に、名前が書かれた板が差し込まれた。
怪植物の名は『メルヴ・メディシナル』。異国語で薬草という意味がある。リンゼイとクレメンテが二人で考えて決めた名前だ。
「これをどこに置くかが問題かもね」
「どういった環境を好むのでしょうか?」
「生まれ育った環境と同じ、薄暗くて、湿った場所?」
その辺は参考書を見直さないといけないとリンゼイは言う。
『光合成、シタイ~~』
「……」
「……」
再び鉢から聞こえてきた言葉に思わず顔を見合わせる。
やっぱり喋っているかとリンゼイが聞けば、クレメンテはコクリと頷いた。
「こ、光合成をしたいと、おっしゃっていますね」
「そのようね」
「どうしましょうか?」
「……」
リンゼイは杖を取り出して、地面に魔法陣を描く。その上に怪植物を植えた鉢を置くようにと、クレメンテに指示を出した。
「この魔法陣は?」
クレメンテは怪植物を魔法陣の上に置いた後で質問をする。
「邪悪なことを考えたら反応して炎上するやつ」
『ヒエエエエエエ~~!!』
「……」
「……」
わさわさと葉を揺らしながら、絶叫をする怪植物。
クレメンテとリンゼイは、その様子を真顔で眺めている。
『イヤアアアアアア~~、コノ環境、ノビノビ、育テナイ~~!!』
ぶつぶつと言う文句が聞こえていたが、疲労感からくる幻聴だと思い、二人はそのまま屋敷の戻ることになった。
怪植物はそのまま庭に放置される。
念のために、屋敷の住人には近づかないように言っておいた。
代わりに、二頭の竜が変わった植物を暇潰しに見守ることとなる。
『……竜ニ見張ラレルトカ、罰ゲーム、カイナ』
『クエ?』
『……』
『ア、ナンデモナイデシュ』
本日も庭先は平和だった。
◇◇◇
それから、即売会に向けて商品の量産が進んでいく。
実験室を掌握しているのはウィオレケであった。リンゼイでさえ、無駄な動きをすれば注意される。
着実に在庫は増えつつあった。
即売会の当日に向けて、会場である伯爵家にも少しずつではあったが在庫が運ばれている。
朝から夕方まで薬の生産、夜はウィオレケの勉強を見る、という生活を送り、疲労感がピークになれば霊薬で回復するという生活を送っていた。
ウィオレケを寝かせた後で行われる『メディチナ』の定例会議では、何度も欠伸を噛み殺すリンゼイ。
「リンゼイさん、大丈夫ですか?」
「ええ、まあ」
「無理はしないで下さいね」
「あなたも」
「はい。ありがとうございます」
そんな気遣い合う二人を見て、穏やかな顔をしながら目を細めるエリージュ。
結婚した当初に比べたら、随分と雰囲気も柔らかくなったように思っていた。
絆も深まっているように見えたが、まだ本当の夫婦関係ではない。
なんとか、自分が生きている間にどうにかしなくてはと、頭の中で画策をする策士・エリージュであった。
そんな侍女の意図など気付かずに、クレメンテとリンゼイは定例会議を始めていた。
アイテム図鑑
竜の新居
クレメンテの屋敷が魔改造されて、大型竜が二頭、寛げるようになった。
飼い犬ならぬ、飼い竜は外部から見えないような魔術が施されている。




