六十二話
ついにやって来た即売会当日。
リンゼイは早朝から身支度に追われていた。
「奥様、まさか、旦那様のその黒い腕輪をドレスに合わせるおつもりで?」
「違う。いつもの癖で着けただけだから」
そう言いながらリンゼイは溶岩の腕輪を外して、丁寧に宝石箱の中にしまった。
「奥様、こちらが本日のドレスでございます」
「あ、そう」
侍女が持って来たドレスを見て、うんざりという表情になる。
即売会の為に作られたドレスは深紅の生地が使われており、襟や裾などは金糸の刺繍で縁取れている。夜の社交場なので、当然ながら胸元が開いた意匠である。会場で邪魔にならないように、スカートは体の線に沿った形で、膝下からひだが入っているおり、裾は円型に広がっていた。
派手な化粧を施され、耳には真珠が付けられる。
首飾りも初めて見る品で、大粒のダイアモンドで胸元が彩られた。
「ねえ、これって、すごく高価なやつ……」
「こちらは王妃様からの結婚祝いの品になります」
「は!?」
「先日届いていたのですが、奥様も旦那様もお忙しそうになさっていたので、こちらでお礼文は送りしました」
「な、なんてことを……」
「ご安心なさって下さい。奥様の筆跡を真似て書きましたから」
「……」
王妃からの返事が届いていると、今更ながらに手紙を渡された。
髪を結っている最中であったが、銀盆の上の手紙とナイフ取って開封する。
中には、首飾りを気に入ってくれて嬉しいと言う文面と、今度『メディチナ』の品を見せてくれという遠回しの茶会のお誘いがあった。
実を言えば、リンゼイはセレディンティア王国の王妃が苦手であった。良く言えば天真爛漫。悪く言えば空気が読めない。そんな人物であった。
病弱なので、ほとんど公式の場に出ないので接触する回数は片手で足りる程度であったが、それでも強烈な人物であったことは覚えている。
「最近の、王妃の具合は、どうなの?」
「心配いりません。病弱という設定なだけですから。本人は至って健康です」
「……」
問題発言が多いので、あまり外には出さないようにしているという、内部事情をエリージュは平然と語った。
話を聞けば、王妃は貴族の娘ではなく、平民の手で育てられたという。
父親に刃向う形で国王が連れて来て、無理やり結婚をしたという。
「なんていうか、よくそんなめちゃくちゃなことが成り立ったなあと」
「王妃様はとある侯爵とどこぞの子爵夫人の間に生まれた娘で、まあ、血筋は悪くないからと」
「ああ、そういうこと」
貴族間の醜聞は珍しい話でもない。リンゼイは適当に話を受け流す。
生まれた子供は当然ながら子爵家の者として認められずに、孤児院に預けられた。淑女教育を受けずに育った王妃は、水面下で謀反の為の活動をしていた現在の国王と街中で偶然出会ったと。
「まあ、王妃様は国民人気も高いですし、平民生まれだということで、国王が変わった後も王家が糾弾されずに済みましたから、悪いことばかりではありませんでした」
「そうだったね」
暗黒の暴君が支配する国から、太陽のような王妃が照らす暖かな国とまで言われていた。
だが、奔放な部分も多く見られるので、露出は最低限とされている。
「王妃に商品を献上しておけば良かった」
「王妃様のお茶会も人生経験だと思って」
「私、魔術師なのに」
「その前に奥様は『メディチナ』経営責任者であり、旦那様の妻でもあるのです」
「……」
何か言い返してくると思いきや、リンゼイは押し黙って考えごとをするような表情となり、最後に「考えておく」と呟いた。
その発言を聞いたエリージュは、変化の兆しに目を見張ることになる。
「奥様、お返事など、面倒ならば、代筆もしますので」
「大丈夫。今度は自分で書くから」
「左様でございましたか」
リンゼイの言葉を聞いて嬉しくなるエリージュ。思わず身支度にも力が入っていまい、今までの中で一番時間がかかってしまった。
◇◆◇
即売会の準備はクレメンテと使用人を中心に進められる。
夕方になれば、リンゼイもやって来て売り場作りを手伝った。
途中、リンゼイの着飾った姿をじっくり見てしまったクレメンテが上気せてしまうという場面もあったが、準備は順調に整っていった。
クレメンテの背中が丸まっていたので、リンゼイは叩いて直す。
「大丈夫なの?」
「あ、はい。その、リンゼイさんが来たら、元気になりました」
「何言っているの? きちんと霊薬を飲んで」
「でも、本当なんです」
「いいから!」
「……はい」
道具箱の中に入れていた緑の霊薬を取り出して、一気に飲み干す。
削られていた体力は回復して、朝一番の元気を取り戻した。
夜会が始まったようで、大広間から楽団の演奏する音楽が聞こえてきた。
クレメンテとリンゼイは、改めて即売会の会場を見渡す。
商品の一つ一つは、丁寧に並べられていた。
エリージュの選んだ美しい瓶に、イルが描いた可憐な猫妖精のタグ、皆で作った薬に、花の妖精姉妹とスメラルドが作成したおまけの花石鹸など、『メディチナ』の従業員全員の頑張りが、この会場の中に大集結をしていることに気付く。
「まさか、気まぐれで始めた薬屋がこんなことになるなんで、思いもしなかった」
「そうですね。商売の知識がなかったばかりに、リンゼイさんには苦労を掛けてしまいました」
「そんなことないって。多分、私、楽しかったんだと思う」
「だったら、良かったです」
どこか影のあるような暗い笑顔を見せるクレメンテであったが、今、リンゼイに見せた笑顔は晴れやかなものであった。いつもとは違う表情に、リンゼイはハッとする。
「――私も、とても楽しい日々でした」
森の中での薬草採取は、地味な作業だったがやりがいがあり、木々に囲まれた空間は空気も澄んでいて、そのお蔭で体調も良くなったのではと考えていた。
「もしも『メディチナ』を畳むことになっても、私は自分で勉強をして、薬に関わるお仕事に就けたらいいなあと、考えています」
国内の薬学は遅れていても、他の国は進んでいるのかもしれない。
留学をして、一から勉強するのも一つの道だと、クレメンテは話す。
それが、新しい将来の夢だと語った。
クレメンテの前向きな姿勢に、リンゼイは驚くことになる。
「リンゼイさんは、国に帰ってなにをするのでしょう?」
「!」
問いかけられて、言葉に詰まるリンゼイ。
祖国に帰ってから、待っているのは父親から勧められる望まない結婚。
家庭に縛られたら、行動範囲もぐっと狭まることは目に見えていた。
それに、国に行ってまでやりたいことは見いだせないままでいる。日々、忙しくしていたので、考える暇もなかった。
薬作りは楽しい。だけど、祖国で同じことは出来ないと思っていた。
国民のほとんどが回復魔術を使えるので、薬の需要はゼロに近い。
それに、国に帰ってもリンゼイは一人だ。家に帰っても、温かく出迎えて貰えることなんてありえないことである。
薬屋をしたいなどと言えば、父親に反対されるのは分かりきっていること。
彼女のすること全てに理解を示してくれる人なんて、世界にただ一人しか居なかった。
「私は――」
「はい」
「あなたが居ないと駄目みたい」
「え?」
なにか、信じがたい言葉が聞こえてきたが、運が悪いことに即売会会場が解放されて、客がやって来る。
店主であるクレメンテとリンゼイはあっという間に取り囲まれることになった。
クレメンテとリンゼイはこういった人付き合いを苦手としていたが、二人で一人前だと思うようにしていた。
リンゼイの愛想笑いが崩れそうになれば、クレメンテがやんわりと教えて事なきを得る。
顔を隠す扇子は手放せない品となっていた。
このような助け合い精神を以て、社交の場を乗り切ることになる。
しかしながら、この困った状態も長くは続かなかった。
参加者たちはすぐに買い物に夢中になる。
即売会の売れ具合も順調であった。
『メディチナ』の商品は当日お持ち帰りの後払い仕様となっている。後から使用人が商品を受け取りに来るので、それまでに袋詰めをしなければならない。在庫を管理するのはウィオレケである。他にも、用意した品の数に間違いがないか、目を光らせていた。
次々に報告される完売報告に、夫婦は驚くことになる。
『メディチナ』の即売会は大反響の後に閉店をすることになった。
アイテム図鑑
王妃の首飾り
王妃は笑顔でこの首飾りを、クレメンテの妻への贈り物にすると夫に伝えた。
それは、結婚十周年の時に贈った品物であったが、夫は震える声で「いいんじゃない?」と言うしかなかった。
意見の一つも言えないのは、惚れた者の弱みである。




