十八話
今日も風呂の世話を手伝うと主張するエリージュを振り切ってから入浴をするリンゼイ。
浴室に用意されている洗髪剤や石鹸、入浴剤などはどれも一級品ばかりで、彼女も気に入っている。髪の毛も毎日手入れをして貰っているので、今まで以上の美しさとなっていた。一人でお風呂を楽しむ。
脱衣室で体の水分をタオルで拭い、このままでは服が濡れてしまうので裸の状態で髪の毛を拭いていく。ある程度まで乾いたら、波打った濃い紫色の髪を櫛で丁寧に梳った。
エリージュが準備をしてくれた服に着替えようと下着に手を掛けた瞬間に、突然脱衣室の扉が開かれる。
「⁉︎」
『わ、わ~お。絶世の美女発見』
「……」
『こんな綺麗なニンゲン、見たことな~い』
「それは、良かったね」
『へへ、ごめんね。もう、とっくに着替えているとばかり』
「別にいいけど」
入って来たのはリリットであった。
扉はどうやって開けたのかと聞けば、自力でドアノブを捻ったと言う。意外と力が強いなと、リンゼイは思った。
「で、何の用なの?」
『さっきクレメンテから連絡が来て、霊薬を分けて欲しいって言ってきたから渡したよ。良かった?』
「悪くはないけど」
渡した数を聞いて少しだけ驚いたが、在庫はたっぷりあるので問題ではないと思ってしまう。用途についても、仕方がないだろうと考えていた。
『それでね、派遣された一部の兵士達、十五人位が魔物の毒にやられているみたいで』
「作れってこと?」
『おお、話が早い。あ、ドレス着てもいいよ』
「……少しだけ、後ろ向いてて」
『はあい』
妖精の乱入によって彼女の体はタオルで隠されていた。それを取り払って下着とドレスを纏う。リンゼイにも羞恥心というものが存在したのかと、リリットは意外な一面を発見出来たと笑みを浮かべていた。
『それで、魔物の毒なんだけど』
双子大蛇の毒。
猛毒を持つ個体として、魔物図鑑には要注意と書かれている。
直接浴びてしまえば、遅発性の毒がじわじわと命を脅かす。世界的に数も多くないので、生態についても多くは解明されていない。
『薬、作れそう?』
「ええ、大丈夫。万能解毒薬を昔授業で作ったことがあるから」
『さすが、魔術学校の優等生!』
着替えが終われば地下の実験室に移動をする。
机の上にセレディンティア王国の地図を広げ、目を細めるリンゼイ。
「解毒薬の材料は、シメジキノコ、ハルキ草、竜の湖水」
地図を眺めながら、どの辺にありそうかと考える。
『そういえば、この国の出身じゃないのに、よく材料の場所とか分かるよね』
「ええ。前に大霊薬を作った時にいろいろと調べたから」
『そうなんだ~』
地図を見て周囲の環境を予測してから、材料が生えている場所を推測する。
これも薬草学の授業で習ったことだと言う。
調合の材料となる薬草などの知識や作り方は全て頭の中にあった。
かつて、魔術学校を過去最高の成績で卒業したリンゼイを、周囲の者達は若き賢者と呼んでいた。
「シメジキノコは王都の東部にあるユユマル洞窟にあると思う。ハルキ草はその辺の森にありそう」
『ああ、雑草係、じゃなくて、クレメンテが居ないのが悔やまれる~』
「いや、今回は居てもハルキ草を知らないから頼めないでしょう?」
『あ、そうだった』
リンゼイは逸れた話を元に戻す。
竜の湖水は十分にある。
ユユマル洞窟に行く途中にある森でハルキ草を摘んでから行けばいいという話になった。
『リンゼイも霊薬持って行くでしょ?』
「あ~、そうね」
何があるか分からないので、念の為に道具箱に霊薬を大量に入れて行く。
『わたしはここで待っているね。またクレメンテから連絡があるかもしれないし』
「そうね」
『一人で大丈夫?』
「平気」
リンゼイはリリットに実験室の待機要員をお願いしてから、しばらく出掛けるという旨をエリージュに伝える。
今回は行き先が洞窟だということで、ドレスは勘弁したかった。
「でしたら、ご婦人用のズボンをご用意いたします」
「あ、あるんだ」
ついでに滑りにくい長靴もあればよろしくと言えば、「そちらも持ってまいりますね」という返答があった。勢いに任せて言ってみるものだと思う。
エリージュが持って来たのは軍服のような詰襟の上着に、体の線にぴったりと沿うようなズボン。
「う、上に魔術師の外套を、着たいなあと」
「ええ、ご準備しておりました」
「ありがとう」
行先が魔物の居る洞窟だと言えば、あっさりと魔術師の外套の着用を許された。
髪の毛は動き回っても邪魔にならないように、三つ編みにしてから後頭部で巻いて、髪飾りで留めてくれた。
「お化粧はどうなさいますか?」
「あ~、うん。お願いしようかな」
「かしこまりました」
魔術師の外套を着て出かけることを後ろめたく思ったので、エリージュの提案を断れないリンゼイ。
魔物がはびこる洞窟に行くとは思えないほどの、完璧な化粧を施してから出かける。
厨房担当のソウル・リシュテッドが、小腹がすいた時に食べるようにと、お弁当を持って来た。ありがたく受け取って、道具箱の中に収納する。
「どうか、お気をつけて」
「ありがとう、いろいろと」
恭しく頭を垂れるエリージュとソウルに見送られながら、リンゼイは庭に出る。
「メレンゲ~、プラタ~」
噴水の前で寝転がっている黒竜と銀竜を呼ぶ。
洞窟までは遠いので、リンゼイはプラタを入れる袋を用意していた。
「メレンゲ、ずっと銜えて飛ぶのは大変だから、この子は私に任せて」
メレンゲは低い声で返事をして、お言葉に甘えて銀竜を任せることにする。
エリージュに用意して貰った布の上にプラタを乗せる。
「あなた、また大きくなった?」
『クエ!』
プラタは片手を挙げて元気のいい返事をする。
子竜の顔だけ出るように包んでから結び、左右の布を繋いで輪を作ってから、リンゼイは首から下げる。
「これでよし、と」
リンゼイはメレンゲに跨り、合図を出す。
黒竜は大きな翼をはためかせ、大空へと舞って行く。
◇◇◇
リンゼイは王都の近くにある、深い森の中に降り立った。
ハルキ草を採る為である。
ハルキ草は木々の下、日が余り当たらない半陰地によく生えている。薬草の一種と言われているが、単体で食べると胃腸のただれ、呼吸まひに陥る。
ぷちぷちと素手で摘んでいたが、しゃがみ込んでから数分で腰が悲鳴を上げた。
すぐに、原因であるものを取り除こうとする。
「プラタ、ちょっとあなた、重いから下ろすよ」
『クエ?』
リンゼイは首から下げていたプラタを地面に下ろしてから、薬草採取を行う。
『クエッ、クエッ、クエ~!!』
「……」
布に包まれたまま、身動きが取れない姿で放置をされたプラタは、リンゼイに向かって抗議の声を上げていた。
「やっぱり、駄目?」
『クエ~~!!』
溜息を吐きながら、リンゼイは銀竜を包んでいた布の結び目を解く。
「その辺の物は食べないこと、私の後ろから離れないこと、守れる!?」
「クエ~」
分かっていると言わんばかりに、尻尾を振りながら返事をする。
久々にリンゼイから構って貰っているので、プラタも嬉しいのか母親の元へは行かずにべったりと付き纏っていた。
リンゼイはプラタが飽きる前に、さっさとハルキ草を集めて、雑な手付きで薬草箱に突っ込んでいく。
「よし、大丈夫!」
作業が終了すれば、プラタの首根っこを掴んで素早く布に包み、首から下げる。
「あ、明日は筋肉痛かも」
開けた場所で丸くなっていたメレンゲに報告する。
子供の竜だと思って甘く見ていたと、リンゼイは弱音を吐いていた。
「昔はあなたを背負って一日中動き回っても平気だったのに、どうして……」
足りないものは若さなのか。
リンゼイは気付いていたが、口に出すことも恐ろしい言葉だったので、黙って竜に跨ることにした。
再び竜は飛翔をして、ぐんぐんと目的地を目指して雲を割るように空を駆る。
アイテム図鑑
ハルキ草
奥さん、毒草ですって!




