十九話
目的地は難なく発見された。セレディンティア王国最も美しいと言われている洞窟である。
長い期間を経て、雨水の浸食などで出来た洞窟は、湿地帯にあるだけあって中はじめじめと湿っている。
地面は土で、植物も豊富に生えていた。
洞窟にある素材も深層部に行けば行くほど魔力を多く含む、良質な物が多いとされている。よって、リンゼイは一人で洞窟の奥まで攻略しなければならない。
「ま、そういうわけだから。あなた達はそこか空で待っていなさい」
リンゼイは抱えていたプラタをメレンゲに託しながら言う。
二頭の竜は仲良く尻尾を振って見送ってくれた。
洞窟の入り口で杖を取り出し、魔術で光の球を作りだす。それを頭上に従えながら中へと入った。
リンゼイがこのように単独で素材集めをするのは久々であった。
学生時代以来なので、十年以上前になる。
振り返ってみれば、魔術学校は無茶な課題ばかりだったなと、振り返っていた。
地下迷宮に大蜥蜴の鱗を採りに行ったり、森の奥地に住む少数民族の秘伝魔術を習いに行ったり、国の魔物討伐任務の補助を言い渡されたり。
学生時代の頑張りが、今の逞しい精神を持つリンゼイを作りだす欠片となっていた。
まずは洞窟の出入口に転移陣を展開させた。これがあれば、帰るときは呪文一つで戻って来られるという、便利魔術の一つである。それから、無駄な戦いをしなくてもいいように、魔物避けの呪いも忘れずに掛けておいた。
準備が終われば先に進む。
洞窟に入ってすぐの場所に、黄色く斑点のあるキノコが生えていた。
名をルル茸。
これも深層部の魔力を多く含む物ならば、とある薬品を作る時の素材となる。
リンゼイは覚えていたらルル茸も採取して帰ろうと考えていた。
高い天井からはぽたり、ぽたりと地上から浸透してきた水が滴って来ている。
湿度が高い為に、なにもしなくても額にはじんわり汗を掻くような環境であった。
岩壁にも発光鉱物が含まれているからか、ほんのりと青く光って内部を幻想的に見せている。周囲を漂う虫の羽根は、淡い黄色の光を放っていた。妖精虫と呼ばれている、薄暗い洞窟の中に生息する生き物である。
リンゼイは周囲を気にしながら、さくさくと進んでいく。
一時間ほど歩いても、解毒薬に必要なシメジキノコを発見することは出来なかった。
こうなったら、素材の中の魔力はどうでもいいから生えていないかなどと考え始める。
魔力が多少足りなくても、以前作った『植物魔力活性剤』で足せばいいと思っていた。
洞窟の内部は美しいが、じめじめとしている環境を鬱陶しいと思っていると、更なる最悪最低なものを目にしてしまう。
「……げ」
目の前には、白い透かしの白い膜のようなものが張られてあるのが分かった。
全面に張ってあるので、通るには焼き払わなければならない。
それよりも問題なのが、その膜を張った主のことである。
静寂に包まれていた洞窟内に、地面を這う物音が響き渡った。
図上の光球の明るさを強めれば、カッと真っ赤に光る何かが大量に浮かんでくる。
突如として現れたのは、手のひら位の大きさの六ツ目蜘蛛。
しかも一匹では無い。
巣にある卵を守るように、ぞろぞろと這い出て来ていた。
彼らはリンゼイに向って警戒の色を表す六つの赤い目で迫っている。
数は把握出来ない程だった。
三十以上は蠢いているように見えた。
単体はそこまで強力な魔物でもなかったが、数が集まれば脅威となる。
腹の先から勢い良く発射される糸を複数の蜘蛛から浴びてしまえば、ものの数分で全身を糸に巻かれて身動きが取れなくなるという恐ろしい状態になってしまうのだ。
六ツ目蜘蛛の弱点は火。だが、一匹一匹焼いていたらキリがないほどの数がじりじりと迫っていた。
一歩でもリンゼイが踏み出せば、そこは六ツ目蜘蛛の縄張りとなっている。
洞窟は一本道。
蜘蛛をどうにかしなくては、前には進めない。
目の前の光景に舌打ちをしてから、ぶつぶつと文句を言うように呪文を紡ぐ。
蜘蛛の中でもひと際大きな個体が、リンゼイに襲いかかって来た。
洞窟の壁を伝って近付き、腹の先を向けて糸を放つ。
しかしながら、蜘蛛の糸が届く寸前にリンゼイの魔術が完成する。
勢い良く発射された糸は、どこからともなく現れた大きな土壁に阻まれてしまった。
――出でよ、泥人形!
土から生まれた大きな壁は人型に変わり、リンゼイを肩に乗せて立ち上がる。
泥人形の出現と共に蜘蛛達は一斉に襲いかかって来た。
しかしながら、自慢の糸も泥人形には通用しない。
六ツ目蜘蛛達が一斉に足元に糸を吐き出して体の均衡を崩そうとしても、力がある泥人形はぶちぶちと引きちぎって一歩、一歩と先を進んでいく。
壁を伝ってリンゼイに糸を吐き出そうとした六ツ目蜘蛛は杖で払われて地上に落とされている。
「もう、ごめんてば!」
一応、侵入者はリンゼイ側なので、謝罪をしつつの進行となる。
先に進む為に蜘蛛の巣を裂く時も、卵には触れないようにと泥人形に注意をしていた。
今回の場合は、卵のある巣に近づいた為に六ツ目蜘蛛を荒ぶらせてしまったのだ。悪いのはリンゼイ側だったので、なるべく防御に努めながら通過して行った。
蜘蛛の巣を通り過ぎれば、泥人形の肩から飛び降りる。
それから泥人形の形状を壁に練り直し、蜘蛛が追って来られないように通路の全面を塞いだ。時間が過ぎれば壁が朽ちるような呪文も掛けておく。
ついでに、泥人形に張り付いた六ツ目蜘蛛の糸も頂いた。
世界で一番強力な糸と言われている代物である。道具箱に入れて持ち帰ることにした。
それから更に一時間、洞窟の中を歩くことになった。
進んでいくうちに道の幅も広くなり、通路の数も増えていく。
帰りの心配はしなくてもいいので、気まぐれに進んで行った。
そして、深層部と思われる広場に辿り着けば、キノコ類が大量に生える場所へと辿り着いた。
「……でも、やっぱり、そうなるよね」
リンゼイは諦めたように呟く。
そこにあったのは、薬の材料となる豊富なキノコだけではなく、別の存在も鳴りを潜めていた。
広場の中心に鎮座するは、巨大キノコ。名を迷宮茸。
高くそびえる木のような外見をしており、生の証である目がぎょろりとリンゼイの姿を捕らえ、裂けたような大きな口がヒュウヒュウと音をたてている。
どうやら地中に埋まっている個体のようで、身動きは取れないタイプのようだった。
まだ、リンゼイとも距離があるので、攻撃をする気配もない。
迷宮茸の胞子の中には即効性の猛毒が含まれている。
少しでも吸いこんでしまったら最後。肺の中に菌が入り込めば、錯乱状態となって数分で死に至るという恐ろしい魔物である。
迷宮茸は乾燥に弱いので、火の魔術で焼き払えば簡単に倒すことが出来るが、相手が巨大キノコともなれば、火力は最大で立ち向かわなければならない。
しかしながら、そのような戦法で勝利をしても、周囲は焼け野原となってしまい、目的であるシメジキノコの採取が出来なくなってしまう。
無敵の結界というものはあっても、数秒間しか展開出来ない。
魔術式の媒介代わりとなる、彼女の相棒の竜さえ居れば話は別であったが、現在は離れているので使えなかった。
万能に見える魔術師であったが、いろいろな小細工を行わなければ単体の戦力は低いものである。
戦いながらキノコを採取。
そんなことをちらりと考えて、無いなと思うリンゼイ。
当然ながら、足元に目的のキノコはない。
敵を倒すしかないのだ。
呪文を唱え始めれば、生命の危機を察した迷宮茸が、胞子を出すために体を揺り動かす。
――遅い!!
リンゼイは心の中で叫んでから、杖をくるりと回して印を組み、魔術を発現させる。
杖を地面に叩きつければ、湿った地面に氷柱が走って行く。
触れたら氷結効果がある魔術である。
氷に触れた迷宮茸は瞬時に表面が凍結状態になった。が、すぐにひびが入って、砕け散ってしまった。当然ながら、中のキノコは無傷である。
リンゼイは氷系の魔術は得意では無い。だが、良い時間稼ぎにはなった。
再び呪文を展開させる。
なにもない地面から現れたのは、複数の大きな影。
胞子を吐き出そうとする迷宮茸の周囲に、四体の泥人形が出現をして、体に覆い被さるような体制になるとすぐさま泥状となり、全体を隙間なく埋めていく。
しばらくその状態を眺め、問題ないと分かった時にリンゼイは口の端を緩める。作戦は大成功であった。
迷宮茸はチョコレートが掛かったお菓子のような状態でいる。
泥の硬度を高めているので、今度は身動きが取れないでいた。
これで胞子が充満することはない。
リンゼイはさっさと目的のキノコを集め、ついでに魔力保有度の高いルル茸も採取した。
十分過ぎる程の大量のキノコを集めると、出入り口へと繋がる転移魔術を展開させた。
最後に、泥人形の術を数分後に解けるような魔術を施してから、その場を後にする。
解毒薬の材料は全て集まったので、後は家で調合をするばかりであった。
アイテム図鑑
六ツ目蜘蛛の糸
世界一強度の高い糸とも呼ばれている。
六ツ目蜘蛛基本的には大人しい魔物だが、産卵時期の巣に近づけば全力襲いかかって来る。




