最終話
――ミラージュ公国。
ヴィッシュ・リトルは魔術師団に拘束された。
その姿は呪われた醜悪なものであった。
悪魔に魅せられ、妖精族に害を与えた罪人として、裁かれることになる。
捕まっていた妖精は全て救出された。
国は妖精に謝罪し、大きな対価を払うことになった。
ヴィッシュ・リトルの著書は回収され、完全閲覧不可となる死禁書扱いになる。
狂人の犯した事件は、外部に漏れないよう、慎重に扱われていた。
事件を解決したと言われているトラン・アイスコレッタは、妹・リンゼイと妖精と全身甲冑の男の手柄だと主張していた。
だが、リンゼイ・アイスコレッタは国と結んだ契約があり、国外に出られるわけがないので、気のせいだろうと周囲の者達は言っていた。
――セレディンティア王国。
王妃は部屋で一人、小首を傾げていた。
自らは世界の終末を知らせる存在だったはずなのに、いつの間にか、世界を祝福する存在に変わっていたのだ。
不思議なこともあるものだと、お茶を飲みつつのほほんとしていた。
――花の妖精国。
世界樹を中心に、豊かな森は輝いている。
妖精の住む城下町は『春の儚い存在』のお祭りで賑わっていた。
広大な花畑には、大きな蜂と共に祝福の舞を踊る筋肉妖精達が……。
今日も花の妖精国は平和であった。
◇◇◇
リンゼイは夢の中でリリットとクレメンテを見る。
ぼろぼろと涙を流しながら、文句を言った。
「リリットもクレメンテも、私より先に消えるなんて酷い! す、すっごく、悲しかったんだから!」
申し訳なさそうに謝るリリットとクレメンテ。
リンゼイは二度と失くさないようにリリットをポケットの中に入れ、クレメンテに抱き付いた。
『リンゼイ、わたしをポケットに確保とか、雑過ぎる……』
「だって、また居なくなったら困るし」
『それに、そんなにクレメンテにくっついて、恥ずかしくないの?』
「だって、夢の中なんだから、いいでしょう?」
普段なら照れて他人の目がある時は甘えたりしないが、夢の中だと思っているので気にしない。
「さて、そろそろいいか?」
「待って、まだ……」
『リンゼイ、続きは家でしなよ』
「そんな都合のいい夢なんてある訳ないでしょ!」
「姉上、私も辛くなってきた」
「え、ウィオレケ? あれ、美食王も……?」
いつから居たのかと聞けば、最初からと言う。
ふと、真顔になって頭の中を整理するリンゼイ。
冷静になれば、ここがエルベールの屋敷で、弟が居て、随分現実的な夢だと思った。
否。ここは夢ではないのでは? と。
『リンゼイ、非常に言いにくいことを言ってもいい?』
「な、何?」
『もう、気付いているかもだけど、ここ夢じゃないんだ』
「……」
リンゼイは静かにクレメンテから離れ、膝に竜の子を乗せている弟とエルベールの方を見る。
二人は並んで長椅子に座っていた。
「リンゼイ・アイスコレッタよ、落ち着いたか?」
「……じょ、冗談よね?」
「残念ながら、というべきなのか。よく分からないが、ここ現実だ」
リンゼイはカッと頬を染め、クレメンテの背後に隠れる。
「ど、どういうことなの!? どうして、私達、普通に戻ってきているの!?」
「それを今から説明しよう」
「えっ、ウ、ウソでしょう!?」
「姉上、嘘じゃない。とりあえず落ち着いて、そこに座るんだ」
「いやあああ!! ……じゃないけど、なんかやだ!!」
『リンゼイ、本当、落ち着いて』
クレメンテに手を引かれ、リンゼイは長椅子に腰掛ける。
「では、話すぞ」
「よ、よろしくお願いします」
いまだ顔の火照りが治まらないリンゼイであったが、エルベールに頭を下げて状況説明をお願いする。
「まず、言わせてもらえば、世界は変わった」
ヴィッシュ・リトルの凶行を阻み、水蛇を倒して未来は変わった。
なのに、リンゼイ達は今までと変わらない状態で居る。
ありえない話であった。
花の妖精国は滅んでおらず、ヴィッシュ・リトルは犯罪者としてミラージュ公国に拘束されていた。
そして、世界に終末を知らせる精霊は居なくなった。
「一体、どういうことなの?」
「一言で言えば、魔法で無理矢理どうにかした」
「はあ!?」
媒介は賢者の石と二つの冊子。
「ここにあるお主達の記録を基盤として、新しく始まる世界を捻じ曲げた」
一冊はクレメンテのリンゼイ語録や思い出が綴られた日記帳で、もう一冊はセレスティーナが記録したリンゼイの人生と結婚生活、『メディチナ』の軌跡について書かれたものであった。
ちなみに、二冊とも勝手に拝借をしてきたものだと言う。
「新しい未来に、私達の記憶や行動、実績などを継承させたってこと?」
「簡単に言えばそうだ。ことはもっと複雑ではあるがな」
「そんなことが――」
「出来るのが魔法だ。まあ、賢者の石だけでは魔力が足りず、私の寿命を百年ほど削ってしまったが」
成功する保証はなかった。なので、エルベールは誰にも言わないままで実行に移したのだ。
一つの疑問が浮かび、リンゼイは質問をする。
「どうして、そこまでしてくれたの?」
「気まぐれ、か?」
その答えはエルベール本人もしっくりこないものであった。
「……お前達のことをずっと見ていた。だから、なんだろう、見られなくなるのが残念、なのか?」
「いや、普通に見ないで欲しいんだけど」
「姉上、我慢するんだ」
「だって、なんか嫌」
頑張って作った『メディチナ』や数少ない友人、クレメンテとの結婚生活、様々なことがエルベールの頑張りによって守られた。
生活を覗かれるくらい、我慢をしろと弟に注意される。
「私は、自分の国を助けられなかった。だから、余計にお主らに肩入れをしてしまったのかもしれん」
後悔はしておらず、清々しい気持ちだと語っていた。
クレメンテとリンゼイは改めて礼を言う。
エルベールも満更ではない様子であった。
「お主らも疲れただろう。今日は帰れ」
「ありがとうございます」
「礼はもういいから」
邪魔者を追い払うようなことを言われたが、気を遣ってくれているのが分かっていた。
転移陣の上でも頭を深く下げ、心からの感謝の気持ちを示しながら帰ることになった。
◇◇◇
やっとのことで帰宅をする。
使用人はいつもと変わらない態度で出迎えてくれた。
最後にやって来たエリージュを目にすれば、リンゼイは思わず抱き付きに行ってしまった。
「……奥様、どうかなさったのですか?」
「全て、終わったの」
「左様でございましたか。お疲れさまでした」
「ありがとう」
ずっとクレメンテやリンゼイが何かに苦悩し、行動していたことを察していたエリージュは、労いの言葉をかける。
そして、やっと二人がなんの憂いもなく暮らせるのだと、嬉しく思っていた。
「これからは、頑張らずにのんびり過ごして下さいね」
「エリージュも」
「ええ、そうですね。そろそろ、隠居も考えます」
家族も増えるかもしれないから、いろいろと準備をしなければならないと、嬉しそうに言っていた。
リンゼイは新しい家族がなんのことか分からず、首を傾げる。
『クレメンテ、いろいろ頑張れ』
「義兄上、いろいろ頼みます」
「……ええ」
むふふと不敵に笑うエリージュに、なんのことだか気付いていないリンゼイ。
家族が増えるまで、様々な困難が待ち構えていそうな、そんな感じがしていた。
◇◇◇
数日後、ウィオレケはミラージュ公国に帰ることになった。
黒銀竜を布で包み、首と脇の下からぶら下げている。
怪植物は背中に背負っていた。
先日、父親から謝罪文が届き、家に帰れることになった。
「仲直りできそうで、良かったです」
「父上が謝ってくるなんて、意外すぎるわ」
『もしかしたら、お母さんに離婚を突き付けられたのかもねえ』
「その可能性が高いな」
リンゼイとウィオレケは両親を思い出し、切ない表情になる。
『ウィオレケ、頑張れ』
「父上と母上は、姉上と義兄上より問題を起こさないって信じている」
「な、なによそれ!」
『リンゼイ、どうどう』
リリットは両親とリンゼイ達のトラブル体質は同じくらいだから、というのは黙っておいた。
「義兄上」
「はい」
「姉上の扱いには気を付けて」
『あ、リンゼイを大切にしてねって言いたいんだよね!!』
これ以上、場が盛り上がらないように、リリットはウィオレケの言葉を分かりやすく通訳した。
クレメンテは任せて欲しいと返事をする。
「あ、ウィオレケ、これ」
リンゼイは今まで使っていた杖を取り出し、ウィオレケに差し出す。
「今までのお礼」
「え?」
「本当は作りたかったんだけど、忙しくって」
「い、いいの、貰っても?」
「ええ、あげる」
ウィオレケは驚いた顔で、姉から杖を受け取った。
「あ、すごい、これ」
「でしょう?」
杖の性能は凄いものだと思ったが、武器としてもそこそこ使えるという説明は聞かなかったことにする。
『――あ』
遠くから竜が飛んでくる。
兄トランが迎えに来る予定だったが、やって来たのはリンゼイの母、リフレの黒竜だった。
『んん?』
「リリット、どうしたの?」
『いや、竜が、二体来ているから』
「え?」
黒い竜の後ろから、青い竜が飛んで来ていた。
リンゼイは父の竜だと呟く。
『また、最後の最後で大変な人達が……』
到着したリフレとウィルクスは、険悪な雰囲気を振りまいていた。
相変わらずだと、リンゼイは笑う。
「ねえ、お願いだから、二人共仲良くして」
リンゼイの言葉に目を丸くするリフレとウィルクス。
両親の仲を今まで気にしたことがなかったので、一体どうしたのかと、心配をする。
「父上、母上、姉上は結婚をして変わったんだ」
「……みたいだな」
「信じられないことですが」
疑いの目を向けられ、リンゼイは失礼だと怒りを露わにしていた。
それから、屋敷でお茶を共にした。
せっかくなので、エリザベスを紹介することになった。
王太后だと紹介され、エリージュと因縁があったリフレは目を剥くことになる。
お茶会は終始気まずい雰囲気のまま終わった。
「ウィオレケ、もうそろそろ行くぞ」
「忘れ物はないですね」
「……うん」
永遠の別れをしたあとだったので、ここでの別れはそこまで辛いものではなかった。
これからは、いつでも会える。
皆、同じ思いであった。
両親に背中を押され、歩くウィオレケが振り返り、叫んだ。
「――義兄上、姉上、私は将来、『メディチナ』で働きたい!」
たくさん勉強をして帰ってくるからと、笑顔で手を振って竜に乗り込んだ。
リンゼイとクレメンテは突然の宣言に驚き、顔を見合わせる。
飛んで行く竜を見送りながら、ぽつりと漏らす。
「なんだか、嬉しい」
「そうですね。私も嬉しかったです」
クレメンテとリンゼイは、自然と手を繋ぎ、澄んだ青空を見上げた。
これからも、彼らの結婚生活は続く。
◇◇◇
侍女を辞めたエリザベスは、孫夫婦の幸せのため、様々な暗躍をする。
それが功を奏したのか、翌年には子供が生まれた。
リンゼイ似の綺麗な子だとエリザベスは喜んでいたが、母親のように雑な性格にならないようにしなきゃと、子育てを張り切っていた。
二年後に第二子が産まれ、嬉しい悲鳴を上げる。さらに翌年には第三子が。
エリザベスは計画通りだとほくそ笑んでいた。
『メディチナ』の経営は順調であった。
クレメンテの営業努力と、シグナルやエリザベスの的確な助言、リンゼイの商品開発能力、イルの描くパッケージに、ノムの芸術的な生成能力、セレスティーナの時代の流行を読む力と、従業員の協力、全ての力が合わさって、成功を治め続けていた。
イルとスメラルドはいつまでも仲睦まじい様子を見せている。
旅行が趣味で、半年に一度は長期休暇を取って出掛けていた。
ノムは弟子を取り、自らの技術の継承に力を入れている。
将来趣味の時間を増やすためと張り切っていた。
エルベールはセレスティーナの実家、アルマロウ男爵家に婿入りした。
髭を剃ったら意外と若かった。
五年後、魔術学院を卒業したウィオレケが戻ってくる。
怪植物はとんでもなく大きく成長して帰ってくるのではとリリットやリンゼイは心配していたが、見た目は全く変わっていなくて安堵した。
だが、内なる力は成長を続けていたようで、『鑑定』で視てみたら、『森の優しき精霊』というとんでもない情報が出てきた。
無邪気な性格は変わっていないようだった。
一方でウィオレケは立派な青年に成長していた。毒舌は相変わらずであった。
それから三年後。
『メディチナ』の経営はウィオレケに任せることにした。
クレメンテとリンゼイはセレディンティア王国の端にある、深い森の領地へ住まいを移す。子供達とリリット、エリザベス、メレンゲ、プラタと共に。
クレメンテとリンゼイは領地で小さな薬屋を始めた。
『メディチナ』の支店ではない。
店名は『賢者の薬草箱』。エリザベスが命名した。
領民が体の具合が悪い時に気軽に通えるような、薬屋であった。売っている薬も霊薬ではない。森で採れた薬草から作ったものだ。効果は街で売っている品よりも、効果があるくらい。具合が悪い領民に行うリンゼイの呪いも評判だった。
客は一日に一人か二人。
誰も来ない日もある。そんな日は、みんなが元気だったと喜んだ。
リンゼイは薬を煎じ、リリットは店番をして、クレメンテは領主としての仕事に励む。
エリザベスは子供達に豊富な知識を与えながら、子育てを楽しんでいた。
薬の材料となる薬草の採取は夫婦で出かける。
休みの日は家族で野遊びに出掛け、豊かな森を堪能していた。
田舎暮らしを始めた年に、セレスティーナの書いたリンゼイの人生を綴った本が発売される。
一応、本人に承諾を取っていたが、各店で売り切れになるほど人気だということは伏せられている。
舞台化のオファーも届いていた。当の本人は知る由もない。
竜の夫婦はいつまでも仲良しだった。
領地の森は大変気に入った様子である。
娘竜が遊びに来た日には、親子で楽しそうに並んで飛んでいた。
領地の観光地化の話も考えていたが、何度も話し合って止めることにした。
クレメンテとリンゼイが人に囲まれた生活に疲れていたということもあるが、静かな村で美しい村の景観を壊すことになるのではと思い、実行に移さなかった。
何年と暮らしたあとで、あの時の決定は間違っていなかったのだと、実感することになる。
クレメンテとリンゼイはささやかな幸せを尊く感じながら、今という時を過ごす。
そんな彼らの未来は、幸せに満ち溢れていた。
麗人賢者の薬草箱 完
アイテム図鑑
未来への希望
クレメンテとリンゼイは、ついに手に入れた!




