百五十三話
ついに、豪華客船アインセル号の出港日を迎えた。
船内に店を出す関係者は、三日前から準備が出来るようになっていた。
『メディチナ』は商品数が少なく、店頭に品物は各一個ずつしか置かないので、在庫だけ持ち込んで、当日に乗り込んだ。
船内店舗の内装はエリージュが担当していた。
ごてごてとした装飾がなされており、薬屋というよりは、貴族婦人の化粧室のような店が構えられている。
クレメンテとリンゼイは、煌びやかな店内を居心地悪く感じていた。
ウィオレケは鬼の形相で在庫の確認をしている。
スメラルドとイルもそれを手伝っていた。
怪植物は鉢に植えられ、店内の花台に置かれている。
リリットはエリージュに質問をした。
『ねえ、メルヴ、ずっとこのままなの?』
「ええ、お店のインテリアとして飾っておきます」
『メルヴ、タクサン宣伝スルヨ~!』
怪植物ははちみつ水をたくさん与えられ、土の中には『植物魔力活性剤』が刺さってあった。よって、元気いっぱいだったのだ。
『イラッシャ~イ、イラッシャイ! 大売出シダヨ~』
『よ、呼び込みが、下町風……』
「まあ、いいでしょう」
貴族は珍しいもの好きなので、目を引くだろうと容認する。
「化粧品はこの並びではいけませんわ。まったく美しくありませんもの!」
「あ、はい……」
「すみません、その辺疎くって……」
陳列をしていたクレメンテとリンゼイは、商品の並びが酷いとセレスティーナに怒られていた。その辺のセンスが皆無な二人は、素直に指示に従う。
シグナルは在庫部屋で帳簿に何かを一生懸命書き込んでいた。
結局、クレメンテとリンゼイは、狭い店内で邪魔だと言われ、船内でも見て来たらどうだとエリージュに言われてしまった。
ガヤガヤと玄関広間より賑やかな声が聞こえてくる。
「あ、もう客の乗船時間になったのね」
「みたいですねえ」
ここより先は混雑していたので、回れ右をして、商店街の方向に戻っていく。
まだこの辺りは関係者以外立ち入り禁止となっていた。
店舗が並ぶ通りには、様々な商店が入っていた。
宝飾店に服屋、鞄の専門店に、織物店、お菓子屋、雑貨屋。
都では見ないような品揃えをしている商店ばかりだった。
この商店街もアインセル号の売りの一つである。
「すごいですね、こんなにお店が集まって」
「ええ、そうね」
クレメンテは近くにあった宝飾店の首飾りを見ながら、リンゼイに似合いそうだと呟いた。
「あれ、非売品ですって」
「へえ、そうなんですね」
大粒の青い宝石が付いたそれは、豪奢な輝きを放っていた。
一目で、特別なものだということが分かった。
「また精霊つき、とかですか?」
「かもしれないわね。リリットに視てもらわないと、はっきり分からないけれど」
以前、贈った精霊つきの首飾りは、リンゼイの胸元で輝いている。
彼女の美しさを際だたせる宝石だと、クレメンテは思った。
「私、この前もあなたのお金でいろいろ買ったのよ?」
「ええ、存じています」
クレメンテの私財のほとんどは、戦争時代の報奨金と魔物討伐の礼金である。
長年手を付けないまま、金庫の中で眠っていたお金だった。本人はシグナルに知らされるまで額を把握していなかった。
「頑張って賜ったお金が、リンゼイさんの私物になっていくなんて、とても喜ばしいことです……!」
「あなたね。自分が欲しいものとか無かったの?」
「それは――、一つだけあるんです」
どうせ「なにもない」とか言うと思っていたのに、想定外の答えが出て来て目を丸くするリンゼイ。
「あなたにも、物欲ってものがあるのね。意外」
「いえ、物欲ではないです」
「まあ、なんでもいいけど」
リンゼイはクレメンテに言う。
「あなたの欲しい物。私が贈ってあげるわ」
「え!?」
「何? 自分の力で手に入れたいとか、こだわりとかあるわけ?」
「いえ、そんな、こだわりなんて、なくて……でも、どうして?」
「いろいろと、協力してくれたから、お礼がしたいの」
とんでもないことだとクレメンテは首を横に振る。
だが、リンゼイは引かなかった。
「どこに売っているの?」
「どこにも、売っていません」
「は?」
「天に在る陽の光のように、決して、手にすることが出来ないものなんです」
「一体、なんなの、それは?」
「……」
リンゼイが聞いても、なかなか口を割ろうとしない。
「じゃあ、どこにあるの? それだけでも教えて」
「……ここに」
「ここ!?」
先ほどの非売品の宝石かと聞けば、首を横に振った。
眉間に皺を寄せるリンゼイ。
「いいわ。船に滞在する十日間のうちに、探し出してみせるから」
「いえ、そんな、大丈夫です!!」
「でも、欲しいんでしょ?」
「……それは、はい、と言うしかありませんが」
「あなたが何か欲しいなんて言うのは珍しいし、叶えたいと思っているの」
「ですが、私には、もったいない存在です」
「そういうことは、私が決めるから」
「え?」
「じゃないと、あなたは何も手にすることが出来ないじゃない」
「……」
最終的に、クレメンテはリンゼイの提案に乗ることになった。
だが、詳細は不明のまま。
「分かりました。リンゼイさんがただ一人で探し出すことが出来たら、私はそれを喜んで受け取りたいと思います」
リンゼイは大袈裟だと言った。
欲しい物の一つに、どうしてそんなに深刻になれるものなのかと、呆れてしまう。
「でも、それは本当に尊いもので、私なんかが手にしては、いけないものなんです」
「分かった、分かった」
クレメンテの謙遜に飽きてしまったリンゼイは、適当に流してしまった。
「絶対に、探して見せるから」
「……期待しないでおきます」
クレメンテの呟きは、リンゼイには届いていなかった。
◇◇◇
『メディチナ』の営業時間以外は、客と同じようにアインセル号の施設を利用出来る。
一行は個室のある料理屋に行き、昼食を摂っていた。
『いやあ、個室でお食事、いいですなあ』
『メルヴモ、一緒、嬉シイ!』
人外多目めなので、人の目を気にしない店はメディチナ従業員一同にとって、大変ありがたいものであった。
皆、同じ机で食事を摂っている。
鉢に埋まった怪植物は、竜の卵を葉と葉の間に入れ、優しく包み込むように守っていた。お礼として、ウィオレケは薔薇水を与える。
『アア、トッテモイイ香リノ、オ水~。オイシイネエ~』
「それは良かった」
ウィオレケは怪植物の言葉に返事をしながら、周囲の様子に目を向けた。
即、うんざりとした表情を浮かべる。
セレスティーナは人外を気にすることなく、平然とした様子で食事を摂っていた。
スメラルドがお気に入りなようで、嬉しそうに会話をしている。
幸い、殺気を放ち、凄まじい顔で見ているイルには気付いていないようだ。
リンゼイはクレメンテの欲しい物のことで頭がいっぱいになっていた。
考えごとをしているので、自然と凶相を受かべつつ、食事を続けていた。
怖いので、誰も突っ込まない。
エリージュとシグナルは夜の開店に向けての打ち合わせをしている。
話をしている内容はまともだが、二人の雰囲気は悪だくみをする商人と主人にしか見えなかった。
クレメンテは上の空でパンを千切り、口の中に入れていた。
呑み込んでから、大きなため息を吐いている。顔色が死ぬ程悪かった。
その様子を見たウィオレケは、世界の混沌が大集合したような食卓だと、戦々恐々としていた。
頼みのリリットも、食事の時間ばかりは夢中になっていて、他を気にする余裕などないのだ。
『坊チャン、オ食事、オイシイ?』
「ああ、美味しいよ……」
正直言って、食事を味わうどころではなかったが、怪植物に心配をかけてはいけないと思い、美味しいと言っておくことにしていた。
「……早く国に帰りたい」
切実な願いを、ついつい口に出してしまう。
楽しい楽しい船旅は、始まったばかりであった。
アイテム図鑑
クレメンテの欲しいもの。
正解は、リ○ゼイさん。
言えるわけもない。




