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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第十一章 クレメンテとリンゼイの一大決心
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百五十四話

 夜。

 『メディチナ』の店舗は大変なことになっていた。


 たくさんの客が押し寄せ、狭い店舗の前は人だかりが出来ていた。


 こういうことが予測されていたので、周辺の店は昼のみの営業となっている。

 迷惑を掛けることは目に見えていたのだ。


 店頭に立っているのはリンゼイにエリージュ、スメラルドにセレスティーナの四人。

 リリットは姿を消して、リンゼイの顔が引き攣っているなど、注意をする係を担当。

 商品説明を担うのはエリージュとセレスティーナ。

 スメラルドは注文伺いで忙しい。

 怪植物モンス・フィトは、初日の客寄せは禁止されて、言いつけ通り黙っていたが、薔薇水を飲んだ影響で美しい青薔薇を頭部から生やし、通行人の注目を大いに集めていた。

 結果、客寄せをしてしまうことに。


 リンゼイは押しかけた客より、船内で見かけた看板よりも美しいとひっきりなしに褒められていた。

 今日のこの瞬間に、彼女は等身大の看板が何枚も飾られていることを知った。

 そんなリンゼイを見に来たのは女性だけではなかった。

 絵には『マダム・リンゼイ』と書かれていたにも関わらず、口説きに来た男性が現れたのだ。

 だが、その男達全員は、射抜くような視線をどこからか感じ、寒気を覚えて帰ることになる。


 今回初めて当日に商品を受け渡す販売方法を行うことになった。

 在庫部屋担当のクレメンテ、ウィオレケ、イル、シグナルは、注文のあった商品をひたすら紙袋に詰める作業を繰り返していた。


 てんやわんやの接客と商品詰め作業は続く。


 金貨十枚の高額おしろいは飛ぶように売れた。

 一時間ほどで、その日の分は無くなってしまう。


 その二時間後には、他の化粧品と薬も完売。

 早々に店を閉める事態となった。


 リンゼイとクレメンテは気力を使い果たしてしまう。

 一方は接客疲れで、一方は妻を狙う男達に殺気を送り続けていた故に疲弊していた。

 エリージュとシグナルは、目を爛々とさせながら、小切手を集め、金額を計算している。

 スメラルドは船の客室係に、お茶と軽食を注文していた。

 残されたイルとセレスティーナは、ピリピリとした空気を放っていた。

 リリットはリンゼイの道具箱に入れていたお菓子を食べている。


 ウィオレケは大人達の様子を眺め、竜の卵をそっと抱き締る。


『坊チャン、疲レタ?』

「ちょっとね」

『メルヴノオ花、食ベタラ元気ニナルヨ~』


 そう言って、怪植物モンス・フィトは蔓を伸ばし、花を摘もうとする。


『ンンンンン、オオット、エ~イ、ヒン!!』

「あ、いいのに……」

『フウ、採レタ』


 青い薔薇の花を差し出してくれた。


「メルヴ、ありがとう」

『イエイエ~』


 青い薔薇は自然に存在しないと言われていた。だが、怪植物モンス・フィトの薔薇は、濃い青の花を咲かせた。

 ウィオレケは興味津々とばかりに、薔薇の花を眺める。

 リリットも珍しい花の香りに誘われてやって来た。


『へえ、すごいね、それ』

「え?」

『花びらを一枚食べれば、体力気力両方とも回復するみたい』

「そんな効果があるなんて」


 ウィオレケは試しに一枚食べてみる。

 すると、重たくなっていた体が軽くなり、憂鬱に思っていた気分も晴れた。


「あ、本当だ、凄い」

『なんか、メルヴってだんだん精霊寄りの存在になっているかも』

「そ、そうなんだ」

『魔物は元々そういう存在だったからね』


 ウィオレケは改めて怪植物メルヴにお礼を言い、残りの花は薬草箱の中に保存することにした。


 軽い夕食を食べる。


「旦那様、奥様、今宵は舞踏パーティが開かれるようですよ?」

「……そんなところに行く元気があるように見える?」

「お若いので、平気だと」

「さすがに今日は無理」

「私も、なんだかくたくたになってしまいました」


 慣れないことは余計に疲れてしまうと話す、若夫婦。

 エリージュは、「私は行こうと思えば行けますけどね」と言っていた。

 リンゼイはエリザベスが先日夜のドレスを買っていた。これは近いうちに行くな、と思った。


「もう休みましょうか?」

「そうね」

『賛成っ!』


 今回、船の部屋の割り当てを決めたのはシグナルだった。

 ウィオレケがもうすぐ国に帰るということで、姉弟水入らずで過ごせるように、部屋を同じにした。

 クレメンテとイル、シグナル、エリージュは一人部屋。

 スメラルドとセレスティーナは二人部屋を取っている。


 ウィオレケは背中に竜の卵を背負い、前には怪植物モンス・フィトの鉢を持ちながら廊下を進む。


「っていうか、なんで姉上と一緒の部屋に……」

「いいじゃない」

「……」


 姉弟一緒に居られるのはあと少し。

 ウィオレケは姉と過ごせることを嬉しく思っていたが、素直になれないお年頃でもあった。


 部屋に到着後、ウィオレケは言葉を失った。

 寝台が一つしかなかったからだ。


「……これ、どこで眠ればいいんだ!?」

「一緒に眠るのよ」

「いやだ!!」

「どうして? 前まで一緒に寝ていたじゃない」

「なんで最近まで一緒に寝ていたような言い方をするんだ! 十年以上前の、私が記憶にないような時期の話だろう!?」

「まあ、そうだけど」


 とりあえず風呂に入る。

 ウィオレケは自分が長椅子に寝て、リンゼイが寝台で寝ればいいかと思っていた。

 なのに、風呂からあがって来れば、彼の姉は長椅子で、だらしない格好をしながら眠っている。


「あ、姉上、なんて場所で眠っているんだ! あと、客の香水がしみついているから、お風呂に入って……、あと服も着替えないと、皺になる!! それから化粧も落とさないと、悲惨なことになるからな!!」


 だが、いくら体をゆすっても、怒鳴りつけても、目を覚ますことはない。


『坊チャン、蔓ヲ使ッテメルヴガ寝台マデ運ボウカ?』

「……いや、いい」


 明日、体がバキバキになって後悔をすればいいと思った。

 仕方がないので、化粧だけは落としてやることにした。


 ウィオレケはどうしようかと迷ったが、変な意地を張っても仕方がないので、寝台で眠ることにする。


 翌朝。


「うわ~、体が痛い~」

「だから言っただろう!?」


 そう言いながら、姉に怪植物モンス・フィトの花びらを一枚差し出した。


「これなに?」

「メルヴの花。回復効果がある」

「へえ」


 弟に教えてもらった効果を信じ、リンゼイは怪植物メルヴの花を食べた。


「え、これ!」

「すごいだろう?」

「本当、すごい」


 リンゼイは怪植物モンス・フィトを褒める。


『エッヘン!』

「でもこれ、どうしたの?」

「薔薇水を飲ませたら、咲いたんだ」

「へえ、そんなことが……」


 怪植物モンス・フィトの意外な生態を知ることになった。


 ◇◇◇


『メディチナ』の営業は夜間だけ。

 朝から夕方までは自由時間になっていた。


 その間、他の客同様に、様々な施設の利用が許されていたのだ。


『今日はね、スメラルドとイルとセレスティーナで、チョコの森に行くの』

「チョコの森?」

『チョコレート食べ放題のお店!』

「ふ、ふ~ん、そうなの」


 聞いただけで胸やけしそうだとリンゼイは思った。一緒に行くかと誘われたが、お断りをする。

 ウィオレケは部屋で勉強をすると言っていた。

 エリージュはシグナルと舞台の観劇に行くと言っている。

 予定が決まっていないのは夫婦二人だけであった。


「クレメンテ、あなたはどうするの?」

「私は特になにも……」


 質問をした刹那、エリージュの目が光った、ような気がした。

「リンゼイを誘え!!」と訴えているのが分かる。


「あ、あの、リンゼイさん」

「何?」

「良かったら今日、一緒に――」


 そこまで言って、船の施設を何も知らないことに気付く。

 どこかに行こうという意欲は全くなくて、暇な時間は部屋で過ごそうと考えていたからだった。


 額にどっと汗を掻く。

 その様子に気付いたエリージュが、助け船を出した。


「でしたら、画廊にでも行って来たらどうでしょう?」

「暇潰しにはいいかもね」

「あ、ありがとうございます!」


 こうして、クレメンテはリンゼイと出掛けることになった。


アイテム図鑑


怪植物モンス・フィトの青薔薇


体力気力中回復くらい。

青く美しい薔薇の花。

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