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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第十章 『メディチナ』、やっと再開!
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百五十二話

 豪華客船への出店一週間前には、目標にしていた商品を作り終えることが出来た。

 頑張った従業員に対し、クレメンテは特別報酬を出すことになる。


 そして、使用人全員に本日より二十日の休日を言い渡した。


 夫婦の他に客船に同行するのは、ウィオレケ、エリージュ、シグナル、スメラルド、イル、リリット、怪植物、セレスティーナの五名、二妖精、一植物である。


 リンゼイの旅支度は意外にも早く済まされていた。

 十日間の船旅だが、洗濯も出来るというので、必要最低限の品々を雑な感じに詰めていた。

 だが、予想にもしていなかったエリージュチェックを受け、見事、不合格を言い渡される。

 侍女達が荷造りをし直すことになった。


 そして、休日となる明日に、エリージュからお出かけの誘いがあった。

ハイ」という返事しか許されないような、迫力だった。


 試される朝。

 リンゼイは起床して、身支度を整える為にスメラルドを呼んだ。


 こういった『メディチナ』の休日は、使用人も全員休日になるので、使用人を外から雇い入れる。


 一部例外なのはスメラルドだけ。

 彼女は使用人が勤務の日に休みを入れることがあり、今日みたいな日には、働きに出ていることが多かった。


『奥様、おはようございます~』

「おはよう、スメラルド」


 人型猫妖精は、本日もにっこりと笑みを浮かべ、愛想のいい表情でやって来た。

 朝食の席でのドレスを選んでもらう。


『ここも古風な暮らしをされていますよね~』

「そうなの?」

『はい。行う場に合わせて着替えをするなんて、古い格式のある大貴族くらいだと思います』

「ま、まあ、一人、古い格式のある貴族生まれが居るからね……」


 全てはエリージュの采配のもとでやっていることであった。

 クレメンテとリンゼイは黙って従うばかりである。


 身支度を終えたリンゼイは食堂に向かった。

 いつもとは違う使用人が、こうべを垂れる。


 嬉しそうに挨拶をするクレメンテと、丁寧な会釈をしつつおはようと言うウィオレケ。それから、優雅に紅茶を啜るエリージュ――はなく、エリザベスと目が合った。


「おはよう、リンゼイ」

「お、おはようございます……」


 王太后エリザベスモードの彼女には、いつまで経っても慣れないリンゼイであった。


 クレメンテとウィオレケは、今日荷支度をすると言っていた。

 リンゼイの予定はエリザベスとの、魔のお出掛けが待っている。


「お祖母様、リンゼイさんと一体どこに?」

「いいじゃない。どこでも」

「……わ、私も一緒に」

「あら、だめよ。せっかく二人だけのお出掛けを楽しみにしていたのに。ねえ、リンゼイ」

「ハ、ハイ……ソウデスネ」

「ふふふ」


 言わされている感満載の返事をするリンゼイを、クレメンテは心配そうな眼差しを向けていた。


 朝食を終えたリンゼイは着替えをするために、私室に向かう。


『おはよう、リンゼイ~』

「ええ、おはよう」


 リリットはお菓子の入っている籠の中で背伸びをしていた。

 どうやら今まで眠っていたらしい。『くわ~』と言いながら、欠伸をしている。


『今日はエリージュと出掛けるんだっけ?』

「そう。あなたも行く?」

『非常に怖……じゃなくって、面白そうな感じだけど、今日はウィオレケ怪植物メルヴと出掛けるから』

「そうなの?」

『うん。下町のお菓子や巡りをするんだ~』

「へえ、いいわね。楽しそうで」

『でしょ~?』


 なにを言われるものか。憂鬱になりながら、支度をする。


 部屋にやって来たスメラルドが、明るい青のドレスを持って来た。

 髪の毛は高い位置に一つに結び、化粧は朝に施したものよりも濃く塗っていく。


 時間になれば、小さな鞄を持って出かけることになった。


「今日はよろしくね」

「こ、こちらこそ……」


 二人を乗せた馬車は、ガタゴトと揺れながら進んで行く。


 ◇◇◇


 最初に訪れたのは、帽子屋であった。

 そこで、お買い物をする。


「ねえ、リンゼイ、こちらとこちら、どちらがいいかしら?」


 エリザベスが示すのは、つばの大きな花飾りの帽子と、シンプルな飾りのない丸い帽子。

 交互に被って見せる。


「う~ん、個人的には丸い方がいいかな~と」

「こっちは地味じゃない?」

「お義祖母ばあ様は、ご自身に花があるから、つり合いが取れるかと」

「あら、そうかしら?」

「え、ええ……」


 両方買えばいいのに、と思ったが怒られそうなので口にしない。

 リンゼイよりもセレスティーナの方が、センスがあるので、ついて来てもらえば良かったと、心の底から思う。


 エリザベスは選んでもらった方の帽子の購入を決めたようだった。

 次にリンゼイの分も選び出したが、どれも似合うと困った様子を見せ、結果、全部購入するという大人買いをしていた。


「……お義祖母様、先ほど迷っていた帽子も買われては?」

「わたくしのは一つでいいのよ」

「は、はあ」


 よく分からない買い物だと思った。


 その後、服屋に装飾店、雑貨屋、靴屋に行く。


 どの店でも、エリザベスは自分用の品物をリンゼイに選ばせ、リンゼイの分は厳選せずに気に入ったものはすべて買うということを繰り返していた。


「あの、こんなに……」

「なにかしら?」

「いや、たくさん買ったけど、大丈夫なのかなと」


 家には袖を通していないドレスは大量にあり、宝飾品や靴も使っていないものが山積みになっている。目録表だけ目を通しているリンゼイは、実物を目にしていなくても、数は把握しているのだ。


「お金のことなら心配ないわ。クレメンテ財団から出ているから」

「……え、ええ」


 物欲がなく年々お金が貯まる一方なクレメンテは、勝手に財団扱いされていた。


「毎日ね、『リンゼイさんに貢ぎたいです!』って泣きながら寝言を言っているのよ」

「……」


 本当か嘘か分からないことを言うエリザベスであった。


 一通り買い物が済めば、リンゼイとクレメンテが気に入って行きつけている薬草茶を出す店に向かった。


 本日も貸し切り状態だった。


 香草ケーキとそれに合うお茶を注文した。


 リンゼイは運ばれたお茶を一口飲んで心を落ち着かせる。

 長い一日だったと、買い物ツアーを振り返っていた。


「ああ、楽しかった」

「それは、良かったデス」


 エリザベスは楽しかったようで、充実感に満ち溢れた表情で居た。


 リンゼイは、今日は帰って早めに寝ようと心に決める。


 不思議な風味のするケーキを食べていたら、エリザベスより話があると言われた。

 改まった様子を見て、これが本命だったのかと気付く。


「――今から話をしても、よろしいかしら?」


 拒否権はない。

 そんな圧力を放っていた。


「クレメンテのことなの」

「……ハイ」


 エリザベスは直球で質問をする。「本当に、クレメンテのことが好きなのかと」。


「え、いや、それは、その……」

「もちろん、あなたの気持ちは見ていてわかるの。あなたなりに、愛しているのよね?」

「……はい」

「あなた達が、なにか大変な事情を抱えているのも、知っているわ」


 それは、暗に水蛇ヒュドラのことを示していたが、それについては深く追求しなかった。


「色恋沙汰にかまけている暇はない、みたいな感じよね?」

「否定はしないけど……」


 それでも、片時でいいので、クレメンテのことだけを考える時間を作って欲しいと願った。


「心も体も、両方捧げて欲しいとは言わないわ。でも、その愛情の欠片だけでも、あの子に分けてやって欲しいのよ」


 リンゼイは水蛇ヒュドラを倒したら、思いの丈を伝えようと思っていたのだ。


 でも、討伐をすることはそう甘いものではないと分かっている。

 ここ最近は、リンゼイ自身も達成後に告白する必要について、疑問を覚えていた。


「クレメンテは、私の為にいろいろ協力してくれた。思いを伝えるのも、いいと思っているわ。本当の夫婦になることが、彼に報いる形になるかは分からないけれど――」

「なるわ、絶対に!!」


 バン! と力強く机を叩きながら、エリージュは言う。

 そのらしくない様子にびっくりしたリンゼイは、目を丸くしていた。


「脅かせて、ごめんなさい」

「いえ……」


 エリザベスは話を続ける。


「でも、重たく考えないでね。あなたがずっと傍に居るっていう言葉だけでも、あの子の救いになると思うから」

「分かった」


 エリザベスが急にしおらしくなったので、リンゼイも調子が狂うような居心地の悪さを覚えていた。


 ケーキを口に頬張り、お茶で流し込んでその場の雰囲気に耐える。


 静かな空間の中で、エリザベスはぽつりと呟いた。


「……本当は、ひ孫を見たいけれど。三人くらい」

「――げっほ!!」


 小声で呟かれた大胆な本心を聞き、リンゼイは危うく口の中のものを噴き出しそうになった。


「よろしくね?」

「……ま、まあ、その辺は天の思し召しだから」


 やっぱり、エリザベスはいつものエリザベスだとリンゼイは思った。


アイテム図鑑


香草ケーキ

甘くて苦くてスパイシーな、ちょっと変わったケーキ。

きっと、恋もこんな味がするのかもしれない。

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