百五十一話
リンゼイは近年まれに見ないほどに荒ぶっていた。
せっかく『メディチナ』のみんなが頑張ったのに、海賊たちのせいで無駄になるのではと。
彼女は海賊船・レヴィリンガー号の殲滅を決意する。
「命は助けてあげるけど、船は海の藻屑にしてやる……!」
その言葉に、リンゼイの背後で静かに頷くのはクレメンテ。
さらにその背後で、『この夫婦おかしい、海賊退治なんて、個人でするものじゃないのに……』と戦慄するリリットの姿があった。
化粧品や薬の生産は順調だ。個数が揃った品物も多い。
リンゼイやクレメンテが抜けても問題なかった。
「さっそく行こうと思うんだけど」
「お供します」
「いいの?」
「はい。むしろ、連れて行ってください」
「あ、ありがとう」
リンゼイは頼もしい夫をうっとりと眺める。
そこでも、リリットは心の中で、『海賊退治に同行してくれるクレメンテにときめくとか、おかしいから!!』と突っ込みを入れた。
だが、この二人の奇行に指摘を入れていたらキリがないので、心の中に収めておく。
いちいち声に出して言っていたら、酸素不足に陥ってしまうのだ。
『まあ、いろいろ言いたいことはあるけれど、気を付けて――』
「リリット、あなたも行くのよ」
『へ!?』
「広い海域で、海賊船なんてすぐに見つかるわけないし」
『いやいや、わたし、商品の検品作業があるし、それにリンゼイと海賊は運命で繋がっているから、すぐに会えるって!!』
「でも、あなたが居ないと不安だから」
『わ、わたしも不安だよ、リンゼイと一緒に同行するのが!!』
いろいろ主張していたが、時間がないと体を掴まれてしまった。
リンゼイはリリットを連れて、着替えに行く。
前回、風に煽られてパンツを丸出しにしてしまったので、ドレスから着替える必要があった。
リリットをお菓子が入っている籠の中に置き、衣装部屋にズボンとシャツ、魔術師の外套を取りに行った。
男装姿に、髪型はきっちり結んだ三つ編みを後頭部で纏めるという、女性らしいものだったが、解いている暇もないのでそのまま出かける。
精霊の眠る首飾りも装備していた。
久しぶりとなるリンゼイの本気な戦闘装束であった。
「リリット、行くわよ」
呑気にお菓子を食べているリリットの体を持ち上げた。
『リンゼイ、お弁当は?』
「すぐに行って帰ってくるし」
『ええ~~……』
部屋から出れば、クレメンテが廊下で待機していた。
彼も、ノルから作り直して貰った全身鎧を纏った姿で居る。
二人揃って本気だった。
クレメンテとリンゼイは、廊下に立ったままで打ち合わせをする。
とりあえず、船員達を追い出してから沈めるという、シンプルな戦法をすることになった。
リリットはか細い声で『お弁当~~、お弁当~~』と言っていたら、スメラルドが厨房に行き、簡単な食事とお菓子を用意してくれた。
庭に出て、竜夫婦の元に行った。
「メレンゲ! プラタ!」
二頭の竜は嬉しそうに顔を上げる。
メレンゲは高い声で鳴き、プラタは尻尾を振って喜んでいた。
クレメンテとリンゼイは各々の竜の跨り、空に舞い上がった。
◇◇◇
三時間ほど休みなく飛行を続ければ、隣国の海域へと入る。
リリットは目を凝らし、海賊船の姿を探して誘導していた。
途中、二隻の海賊船に出会い、ついでにやっつけておいた。
船員達は小舟に避難させて、舟を縄で繋いで竜がそれを引く。海賊船も内部に盗品がある可能性があったので、一緒に持って行くことになった。
海賊と海賊船を最寄り港の警吏に突き出しておく。
海賊にはどこの国も手を焼いていた。なので、感謝をされ、お礼をしたいので名前を教えてくれと乞われたが、クレメンテとリンゼイは名乗るほどの者ではないと言ってすぐに立ち去った。
『なかなか見つからないねえ~~』
「絶対に見つけだして、沈めてやる」
「見逃すわけにはいきません」
三隻目の海賊船を制圧すれば、偶然にも国の警吏巡回船と出会ったので、海賊達は預けてきた。
途中、竜の湖水がある無人島を見つけたので、食事の時間にした。
リリットは森の中で、食べられる果物を発見したので、クレメンテにもいで貰うようにお願いする。
リンゼイは地面に火を熾した。
二隻目の海賊は漁船を襲っていて、それを助ける形になった。
漁師より、お礼として魚を貰っていたのだ。
それは、高級魚として有名な、大きな白身魚であった。
『えへへ、おいしそうだね、お魚!』
「でも、どうやって捌けばいいのか」
「ですね」
『じゃあ、わたしの言う通りに刃を入れてもらおうかな~』
誘導のもと、クレメンテは魚を三枚におろす。
リリットが森で摘んで来た香草と、リンゼイが海水を使って魔術で作った塩を振って、火で炙る。
『ああ~、脂が乗っていますなあ~』
「海賊退治に出掛けて、魚を食べることになるなんて」
「なにが起こるか分からないものですよね」
焼き上がった魚は、お弁当のパンの上に載せて食べる。
『お魚、うま~~!!』
嬉しそうにパンを頬張るリリットを、夫婦は微笑ましい気分で見守っていた。
◇◇◇
腹ごしらえが終われば、再び海賊船探しを行う。
リリットは本日四隻目の海賊船を見つけていた。それは、見慣れたものであった。
指示する方向に向かって、竜で駆ける。
「は、ははは」
突然、リンゼイが笑い出す。
リリットはぞっと背筋を凍らせた。
「やっと、みつけた……」
『う、うん、見つけたね、良かったね』
海賊船・レヴィリンガー号を、やっとのことで見つけたのだ。
辺りはもう暗い。
海賊達が積極的に動き回る時間帯となっていた。
リリットはどこかで一泊して、捜索は次の日にしようと勧めたが、リンゼイは聞かなかった。
彼女は言う。闇に紛れて討つと。
恐ろしいことに、クレメンテは止めなかったのだ。
リンゼイのことは必ず守ると、力強く誓っていた。
ここでも、リンゼイは頬を染めていた。
海賊退治に向かう妻を、しっかり守ると言う夫。
おかし過ぎるやりとりであった。
リリットは麻痺した思考の中、『イエ~イ!』と囃したてておいた。
早速、リンゼイは竜に跨った状態で杖を取り出して、ぶんぶんと素振りをしている。
『突っ込んだら負け、突っ込んだら負け……ああああ~~!』
リリットは呪文のように呟く。
海賊達は接近する二頭の竜に気付いたようだった。
苦し紛れに矢を放つが、竜に到達するわけがない。
自慢の砲弾は空に向けて放つには危険過ぎた。
メレンゲとプラタは船の周りを旋回した。
ぐらぐらと大きく揺れるレヴィリンガー号。
リンゼイは挨拶代わりに帆柱を、『黒の砲弾』で折って倒した。
均衡を崩した船は大きく揺れる。
幸い、海は凪いでいるので、すぐに沈むことはない。
クレメンテとリンゼイは空中で視線を交わせ、竜が近づいたタイミングで船に飛び乗る。
一人、心の準備が出来ていなかったリリットだけが、リンゼイの魔術師の外套の中で悲鳴を上げていた。
割と高い位置から飛び降りたが、二人は綺麗に着地する。
「な、なんなんだ、お前達……は……もしや!?」
船員達の先頭に立っていた船長・レオンは気付く。
禍々しい空気を放つ男女の二人組は、心当たりが大いにあったのだ。
クレメンテは剣を抜き、殺気を放っていた。
レオンは勝てないと思い、手にしていた剣を甲板に落とす。他の者達も続いた。
「ああ、よかった。私達は、戦いを望んでいないのです」
全く説得力がない言葉だと、レオンは思った。
一人、無謀な者が、大きな声を上げながらリンゼイに斬りかかった。
刃が届く前に、海賊はクレメンテの攻撃を受けて、地に伏せてしまった。
その様子を見ながら、レオンは馬鹿めと呟く。
『ク、クレメンテ、殺したの?』
「いえ、剣の平で叩いただけです」
『あ、本当だ。伸びてるだけか……』
凄まじい殺気を放っていたので、てっきり一撃で仕留めたと勘違いをしてしまったのだ。
さて、どうしようかと、リンゼイが呟く。
カチャリと、クレメンテの鎧が音を鳴らす度に、海賊たちはビクリと肩を震わせていた。
「……もしかして、この船も盗品とか、あるのかしら?」
押し黙る船長。リンゼイは無言でこぶし大の火の玉を放ち、レオンのすぐ目の前で消失させる。
そのあと、すぐに盗品が積まれていることを告白した。
「だったら、沈めるのはなしね」
「ええ」
全員、手ぶらで脱出用の船に乗るように指示を出した。
クレメンテとリンゼイの恐ろしさを何度も見ているので、大人しく言うことを聞く海賊達。
船に乗り込んだ船員はクレメンテが見張り、リンゼイとリリットは船内を回って残っている者が居ないか確認する。
無人だと分かれば、あとは最寄りの港に竜で運搬するばかりだった。
「なんとか、平和に解決出来てよかったわね」
「ええ、リンゼイさんのおかげです」
「そんなことないわ、あなたの頑張りもあるもの」
「ありがとうございます」
――平和に解決。
夫婦の発言を聞きながら、再び『突っ込んだら負け』と呟くリリットであった。
◇◇◇
周辺海域を危険な場所にしていた四隻の海賊船は、たった一晩で綺麗に居なくなった。
警吏隊はなんとか海賊船退治をした夫婦から情報を聞き出そうと粘る。
唯一分かった情報と言えば、セレディンティア王国からの旅行者ということだけ。
後日、国に感謝状とお礼の品が届くことになる。
同時に、海域の絶対安心宣言も掲げられた。
アイテム図鑑
海賊船
内部にはお宝がどっさり。
後日、持ち主に返品される。




