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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第十章 『メディチナ』、やっと再開!
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百四十七話

 空気が若干穏やかになったところで、リンゼイは本題に移る。


「今日は、あなたにお願いがあって、招いたんだけど」

「わたくしに?」

「ええ」


 リンゼイは定例会議で話し合い、決めたことをセレスティーナに伝えた。

 それは彼女も『メディチナ』の一員になって貰い、商品を使って改善点などを指摘する仕事に就いて欲しいということだった。


 話を聞いたセレスティーナは驚いた顔をしていた。


「本気ですの?」

「え? ええ」

「わたくしの社交界での評判を、存じていなくって?」

「ごめんなさい。知らないわ」


 ――成り上がりの性悪令嬢。


 ポツリと、セレスティーナは呟いた。


「何それ?」

「……ただの悪口ですわ」

「でしょうね」


 アルマロウ男爵家は父親の事業の大成功を機に、貴族になった一家だ。男爵は父親一代限りの爵位でもある。


 噂話は貴族の中では新参者であり、家柄を重んじる者達が、彼女の悪いところを何倍にも膨らませて触れ回っていることであった。


 話を聞いたリンゼイは、セレスティーナに言う。


「ねえ、知ってる? 貴族ってどれだけ周囲に同調行動が出来るかが、大切なのですって」


 社交界の流行に乗り、皆と同じようなドレス、化粧、装飾品に始まり、似たような話題に、決まった返しをして、仕草まで細かく定められている。


「存じていてよ」

「だったら、どうして自由な振る舞いをしているの?」

「わたくし、そういう決まりごと、大嫌いですの」


 言い切ってから、ひっそりと顔を青ざめるセレスティーナ。

 父親の評判に傷つくかもしれない言動は控えたかった。

 だが、彼女はどこまでも素直で正直だったのだ。


 リンゼイの反応を恐々と待っていたが、意外な言葉が返ってくる。


「分かるわ」

「え?」

「なんか、苦手なのよね。あの独特な空気」


 リンゼイも貴族女性の上辺だけのお付き合いは得意ではなかった。

 本心を扇の裏に隠し、微笑みを絶やしてはいけないというのは顔の筋肉が攣るような、辛いものである。


「あなた、周りの空気を読まないで、自分の好きなように振る舞っていたら、そんな風に言われてしまったのね」

「え、ええ……」


 周囲の行動に合わせ、不況を買わないようにというのは、エリージュから厳しく教えてもらったことである。

 それを守らなかった結果が、今のセレスティーナなのだ。

 リンゼイも自由に振る舞っていたら、彼女のようになっていたのだ。それを思うと震えてしまう。


「やっぱり、恐ろしいわね、貴族の女性社会は」

「……」


 皆が型にはまった行動や言動をする中で、セレスティーナは自分のしたい格好をして、好きに発言し、自分が正しいと信じる振る舞いをした。のちに、彼女は周囲から疎まれるような存在になってしまう。


 最初から分かりきった結果でもあった。 


「でも、嘘を吐くよりはいいと思うけどね」


 リンゼイの言葉を聞いて、視線を逸らす。扇を広げて、顔を隠した。

 セレスティーナはまだ、リンゼイを信用をしていなかった。話を合わせることは誰にでも出来るからだ。


「私はお茶会とかで、嘘吐いているから、とても辛いの」

「!」

「だから、あなたはすごいと思う」


 セレスティーナが顔を逸らしているのを見て、話が大きくずれたとリンゼイは軌道修正する。


 受けるか受けないかの返事は、後日でいいと言う。


「お待ちになって」

「何?」

「わたくし、別に流行に詳しい訳じゃありませんのよ」

「ええ。そういう情報は求めていないし」

「え?」


 『メディチナ』の化粧品は流行の後追いをしたい訳ではない。

 新しい商品を作るので、流行り要素は必要としていなかった。


「わたくしは、化粧品の専門的な知識がある訳でもないし」

「ええ。こちらが求めているのは、正直な感想だから」

「……そうですの?」


 リンゼイは首を縦に振った。


「別に、重たく考えないで。化粧品を使ってちょっと感想を言って貰うだけなの。給料も出るし、化粧品は全て進呈するから」

「ええ、まあ、そこまで言うのなら……考えておきますわ」


 それから、貴族女性の付き合いにおける苦労話をリンゼイが一方的に話し、その後、解散となった。


「来てくれてありがとう。意外と楽しかったわ」

「わたくしは、あまり楽しくなかったわ」

「そう。別にいいけどね」


 二人は恐らく似た者同士なのだろうと、セレスティーナはうっすらと考える。


「……リンゼイ様は、とても変わっていますのね」

「あなたもね」


 トゲトゲしい会話であったが、互いの声色に突き刺さるものはなかった。

 素直な感想を述べただけである。


 玄関まで一緒に来て、見送った。

 リンゼイは大きな仕事を終えたと思い、盛大なため息を吐いた。


 背後からリリットが現れる。


『リンゼイ、ごめんね。怖くて逃げちゃった』


 大丈夫だったかと聞かれ、大きな問題はなかったと答える。


「セレスティーナ様、意外と普通の子だったかも」

『そ、そうなんだ』

「私、同性の友達とか居たことないから、どういう基準で言っていいのか分からないけど」


 そんなことを言って、切なそうに目を細めるリンゼイ。


『リ、リンゼイ、わたしは一生お友達だからね!』

「ありがとう」


 思わぬところで、友情を再確認する二人であった。


 ◇◇◇


 夜、久々にクレメンテとゆっくり話をするリンゼイ。


「なんか、ずっと忙しそうにしていたわね」

「ええ、ちょっとバタバタしていました」


 客船の人集めに、いろんな街で奔走していたと言う。



「リンゼイさんは少し疲れているように見えます」

「私?」

「はい」


 連日のお茶会に、セレスティーナを誘って話をしていただけだ。

 だが、体が本調子ではないことに気付く。


「言われてみれば、そうね。疲れているかも」

「明日はゆっくり休んでください」

「でも、薬とか飲んでいるし、休んでも元気にはならないでしょうね」

「そういうものですか?」

「そういうものだと思うわ」


 かと言って、一日中実験室に引きこもって薬を作ったり、在庫棚を眺めたりするような気分ではなかった。


 だったらどうするか。リンゼイは考える。

 なんだか普段と違うことをしたい気分であった。

 ちょうど、目の前には明日休みの人が居る。

 リンゼイは少しだけ勇気を出して、言ってみた。


「明日、どこかに行く?」

「いえ、私は家で、特に予定もなく、だらだら、ではなく、ゆっくり過ごすものかと」

「あなたの予定を聞いた訳じゃないの」

「あ、そ、そうですよね」


 いつもの「すみません」は口から出る前にゴクリと呑み込んだ。


「一緒にどこかに行こうって誘ったのに」

「さ、左様でございましたか」


 返事をしてから「え?」と聞き返したい気分になる。

 リンゼイに何か誘われたような気がしたが、疲れた脳が勝手に変換をしたのではと疑ってしまった。


 いやいやと首を振るクレメンテ。

 前にもこういうことがあった。その時も聞き違いではなかったのだ。

 それに、リンゼイの言葉には全神経を集中させているので、意味を違える訳がない。

 彼女はクレメンテをデートに誘ってくれたことに間違いなかった。


「あの、どこに行きますか?」

「……どこでも」


 クレメンテはデート先なんて分からない。

 休みのたびにスメラルドと出掛けているという、イルに話を聞いておけば良かったと後悔する。


「でしたら、いつもの薬草茶の店に行って、久々にエレン・リリィに行って……」

「そうね。あとはその辺をぶらぶらしましょう」

「はい」


 あっさりと予定は決まった。


 ◇◇◇


 翌日。

 朝食を終えたリンゼイは、これから身支度をしなければならないので、私室へと向かった。


 どうしてか、エリージュが後をついて来る。

 目的地は一緒だった。

 今日は使用人ももれなく全員休みの日だ。

 一体何用なのか、振り返って質問をする。


「エリージュ、どうかしたの?」

「身支度のお手伝いを」

「いや、いいって」

「暇なので」


 強めに言われて、仕方なく手伝いをして貰うことにした。


 クレメンテが朝からふわふわと嬉しそうにしていたので、情報を直接収集したと話す。


「折角のお出かけですからね。とびきり綺麗にして出かけましょう」

「ええ、まあ、そうね。お願い」


 買ったばかりのドレスに身を包み、髪もひとまとめの三つ編みを綺麗に結ってくれた。

 化粧は薄く。

 最近リンゼイが作ったおしろいと口紅、グロスを使うことにした。


「やっぱり、グロスはベタつく」

「でも、唇が艶々に見えて、いいと思いますが」

「……そう」


 いろんな薬効のある植物を混ぜたが、いまいち効果は実感出来ない。


「とてもお綺麗です」

「ありがとう」


 リンゼイは小さな鞄に持ち物を入れて、薄い外套を纏ってから帽子を被る。


「じゃあ、行って来る」

「いってらっしゃいませ」


 久々の二人きりでのお出掛けなので、リンゼイは緊張していた。

 玄関先で待っていたクレメンテも、似たような状態だった。


 こうして、二人のデートは始まる。


アイテム図鑑


花蜜グロス


リンゼイ特性グロス。

作った本人的には、やっぱり不服があるご様子。

改善する可能性あり。

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