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六話 相談 Ⅰ

 そのころ、宿でリリルとノウルは朝食作りに奮闘?していた。


「どうしましょうノウルさんっ」

「や……あたしはえーっとほら、しりある?だから」

「そうだったー!」


 料理のできない二人はこの日のことをとても後悔し、料理のできるヤオトに対して感謝と尊敬の気持ちを抱いていたが、その気持ちはリリルの方が強くノウルはたまに目に留まる空気中のほこり程度にしか感じていなかった。

 ふと、リリルは考えていた。この宿にシリアルがあるということを。つまり、早い者勝ちということだと結論を出していた。

 ノウルは人狼の血がほんの少し入っているだけだが、森の中でひっそりと一人で誰とも関わらず生きてきたため野生的であり身体は鍛え上げられ、全身は無駄のない筋肉がついて細く美しい。そんな彼女はリリルが何か考え始めたその瞬間から全速力で食料庫に向かっていた。無造作に伸ばした栗色の髪を勢いよく揺らし、その姿が小さく消えていく。


「あっ、しまったー!」


 まだ若く、そしてセード好みのか弱い女性に変身している状態ではとうていノウルには追いつけなかった。

 食料庫に着くとリリルはシリアルがあることに気づいた。不思議に思い、ノウルを探していると――


「何食べてるんですかっ!」


 ノウルがドッグフードを犬用の器に入れて口で直接食べているところを目撃した。


「あたしはコレの方が……ライク?合ってる……言葉」

「いや、合ってますけどっ、ドックフード……好きなんですね」

「うん」

「…………」


 リリルはノウルが人狼の血をひいていることを思い出し納得した。そしてシリアルを食べれるという結果に安心し、胸に手を当ててほっと息を吐いた。


二人は一階の食卓に行き、朝食を食べていた。


「そういえばノウルさんはこの宿に一番最初に来たんですよね」

「うん」

「そのころのヤオトさんってどんな感じでした?」

「とーとつ?……だね」


 ずいと顔を近づけてくるリリルに対してノウルは椅子を動かしリリルから距離をとり、リリルは苦笑しながら顔を引いた。


「種族の繁栄のためにもヤオトさんの情報がほしいですっ」


 リリルはエサをねだる犬のように目を輝かせながらノウルの顔を見つめた。そんな顔で見られたせいか単にうっとうしかったからか、答える気のなかったノウルが口を開いた。


「なるほど……ね、しゅじょくのはんえー?とか言ってるうちは無理……ね」

「え?」

「あ、そもそも無理か」

「ええ!?」


 普段のヤオトの反応を見ていないのか考えていないのか、リリルは心底びっくりして手に持っていたスプーンを床に落とし静かな宿に高い音を響かせた。それを見ていたノウルは特に反応もせず、器に落ちた栗色の髪を手ですくいドッグフードを直接口で食べていた。


「あ、sorry。で、なぜ無理なんですか?」

「ん、久しぶりだね……日本語以外を話すの……は」

「え、そうでしたっけ?」


 ノウルはリリルの英語を指摘したが本人は気づいていないらしく逆に不思議そうにノウルをその無垢な瞳で見ていた。ノウルはなぜかと頭を少しめぐらせ、理由がわかったのか瞳孔を開かせていた。


「ええっと、そろそろ理由を話してもらえませんか」

「あ、そうだったわね。無理な理由の一つはリリルあなたたちの種族はリュボーフィがないのよ」

「愛……ですか」


 ノウルの言ったリュボーフィ――ロシア語で愛という言葉にリリルの脳は混乱していた。しかし、愛という言葉も、意味も、どういった感情なのかは理解していた。それでも感じたことのない感情のことはまったく理解できないと考えていた。考えることをやめたのだ。


「うーん、だからってそんな感情はわからないですよ……」


 リリルはどうしようもないことにいらだちを覚え、頭をかきむしった。手入れの行き届いているきれいな水色の髪はか細い指をするりと抜けて乱れない。


「……でもね、ずいぶんと昔に……たった一人だけ愛の感情を持ったサキュバスがいたのよ。その話を聞いたのはあたしが幼いころだったから……えー、五百年くらい前ね」

「過去に一人だけ……ってノウルさん五百歳以上なんですかっ!?」

「あんまり覚えてないけど、せえざ?のズレからするとそれくらい……ね」


 そう言いながらノウルは宙に指でなんらかの星座を描いた。


「星座でわかるんでしゅ――っ!ひは噛みまひたぁ」


 驚きの連続のあまりにパニック状態になったのかろれつがうまくまわらずにリリルは舌を噛んでしまった。


「お……おち?おちつ、おち……ついて……」


 そんなリリルにノウルはあきれという感情をいだきながら、うつろな目でなんども言葉を間違えて彼女に一応心配の声をかける。


「は、はい。……で、そんなサキュバスがいたんですか?」


 リリルは息を整え、再び質問をした。


「いたわね。でも……もう死んでるかしら」


 ノウルは死を表しているのか首元を指で触るようになで、まったく無関係な方向に視線を向けていた。


「そうなんですか……」


 リリルは愛の感情を知ったサキュバスに興味があったのか、少しがっかりして頬を内側から舌で押していた。好奇心とは生き物全てが持っているように、未知なる物に興味がわくのは魔族の彼女もまた同じであり、いくら愛を知らずにその感情すらなくとも愛に少し興味を持ったのかもしれない。


「で、では何故私がヤオトさんに好かれないのかの二つ目を教えてください」


 会話を進めようとせず、視線を不安定にさせているノウルとの空気に耐えられずリリルは話を切り出した。


「……そうね、そもそも無理なのは――ヤオトにも愛の感情がないからよ」


 ノウルはそう言いながら頭上で腕を交差させバツを作り、それを首をかしげながら見ていた。


「――え?」


 そしてリリルは衝撃の言葉に戸惑い、絶句していた。

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