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第4話 夜会にて

 翌週、凜は凍鶴の命令に従い、蒼雪が主催する夜会へと潜り込んだ。

 会場は帝東随一の大きさを誇る洋館で、凜が入り口の扉をくぐった時には既に多くの人々で賑わっていた。会場のあちこちで、赤や黄色のドレスを着た女たちや、燕尾服姿の男たちが、楽しげに談笑している。きらびやかな光景に、凜は目が眩む思いがした。

 今夜は特に、女性は身分関係なく門戸を開いているらしく、華族の中でも侯爵や伯爵などの身分の高い令嬢から、大商会の娘まで、あらゆる身分の女性が揃っていた。皆とっておきのドレスを着て、頬を染めながら蒼雪はまだかと囁いている。

 あんな狐のどこがいいんだろう。顔がいいだけのいけ好かない男なのに。

 そんなことを思いつつ、凜は一人会場を歩いて行く。周囲からはちらちらと視線を感じ、時折囁き声が聞こえてきた。

「おい、あれって『鳴神の鴉』じゃないか?」

「まさか本物をこの目で見られるなんて……とってもお美しいわ」

「この夜会に来たのなら、彼女も蒼雪様の結婚相手に?」

 今日の凜は真紅のドレスに長手袋を付けていて、ほっそりとした体の線がくっきり露わになっている。久しぶりにしっかりめの化粧をし、普段は一つにまとめている髪を下ろした姿は、さながら高嶺で咲き誇る一輪の花だった。他の女性よりも身長が高いのも相まって、凜の姿は人の多い会場の中でもよく目立つ。

 しかし凜が会場の中心に来たところで、前方から歓声が上がった。凜に向けられていた視線は、一斉に前へと集まっていく。

「皆様、今宵は私の夜会へようこそお越しくださいました」

 やたらと丁寧な、しかし凜には聞いているだけで気が重くなるような声。この夜会の主催者である蒼雪が、二階から参加者たちの前に現れた。

 着ているのは普段の着物ではなく、他の男性参加者たちと同じく燕尾服。頭の獣耳は妖怪の力を使って消しているようだ。長い髪を首の後ろでまとめているせいか、いつもに増して細身に見える。一般的に見れば美しい部類に入るのだろうが、凜には気障としか思えなかった。

「本日は私の結婚相手を探す目的もありますが、それは二の次。日々の憂いを忘れて、楽しい夜をお過ごしください」

 蒼雪が一礼すると会場から拍手が湧き上がった。続けて一階まで降りてきた彼に、令嬢たちが群がっていく。じきに始まる一曲目のダンスの相手に選ばれようと必死なのだろう。

 普段なら間違ってもその群衆の中に入ることはしない凜だったが、今夜ばかりはそうもいかない。なにしろ大勢集まっている女たちの中から、自分が結婚相手として選ばれなければならないのだから。

 これも両親と弟のためだと言い聞かせながら、凜は集団の中へと足を踏み出す。すると数歩進んだところで、蒼雪と視線が交わった。

「へえ、これはこれは」

 蒼雪は周囲の女たちに道を開けさせながら、凜の目の前へとやってきた。口元は笑っていたが、その目は諮るように細められている。人当たりが良さそうに見えるだけの、食えない男だ。

「こんばんは、光堂分隊長。まさか夜会の場へ取り調べでもしにきたのかな?」

「違うわ。あなたの結婚相手に立候補しにきたのよ」

 すると蒼雪の顔に浮かんでいた余裕が、一瞬剥がれた。

「……本気かい?」

「もちろん。そろそろ私も、結婚しておかないと行き遅れるもの」

 適当な理由を返すと、蒼雪はなにかを察したかのように笑みを深めた。

「なるほど。君に選ばれるとは光栄だよ。是非とも一曲目を踊る栄誉を与えてほしいな」

 そう言って蒼雪は、凜の方へと手を差し伸べてくる。

 まさか一曲目の相手に選ばれるとは思われず、凜は内心ほんの少しだけ驚いた。だが顔見知りの方が、蒼雪もやりやすいのかもしれない。いずれにせよ、凜に取っては幸先のいい始まりには違いなかった。

 周りの令嬢に羨望の眼差しを注がれながらも、凜は蒼雪の手に自らの手を重ねる。楽団が静かに曲を奏で始めた。

 蒼雪に導かれながら、凜はステップを踏んでいく。夜会で踊った経験は少ない凜だったが、持ち前の身体能力の高さから、すぐに音に乗れるようになった。

「で、本当のところ君が結婚なんてどうしたのかな? 行き遅れなんて気にする質じゃないだろう?」

 踊りながら、小声で蒼雪が問うてくる。やはり適当を言ったことは、ばれていたらしい。凜は眉間にしわを寄せながらも小声で囁く。

「家のためよ。弟の進学にお金が必要で」

 嘘は言っていない。任務を受けたのも、元々はそのためなのだから。

「お金がないと言っても、君は華族だったろう?」

「没落寸前の、ね。だから私が宵鴉で稼いでいるわけ」

「ああ、ごめんね。人間のことは疎くて」

 蒼雪は申し訳なさげに目線を横にそらした。一拍置いて、彼は続ける。

「けれど、どうして僕なんだい? 他にも金持ちの男はたくさんいるだろう」

 婦女子誘拐事件の容疑者だからとは当然言えるはずもなく。凜は凍鶴に言われたことを思い出しながら、ため息とともに言葉を吐き出す。

「……私がなんて呼ばれているか知っているでしょう」

「鳴神の鴉。雷神のごとき強さを持ち、閃光と共に夜の都を駆ける孤高の人」

「そう。要するに怖がって誰も近づいてこないのよ」

 事実、凜には仕事以外で全くと言っていいほど男性との絡みがない。以前任務で参加した夜会でさえ、誰一人として自分に声を掛けてくる男はいなかった。ならばとこちらから話しかければ、「恐れ多い」と逃げられるか、「応援しています!」と握手を要求されてしまう。なまじ強力な異能を持ち、軍人として活躍してしまっているだけに、社交の場で凜が女性として扱われることは皆無だった。

 だというのに、仕事では女性である故の任務ばかりだから皮肉なものだ。

 鬼畜眼鏡上司の顔を思い出して鬱々とした気分になっていると、蒼雪がぐっと腰を引き寄せてくる。青い瞳が目の前に近づき、不覚にも心臓がどきりと動いた。

「僕とのダンス中に、何を考えているのかな」

「別に大したことじゃないわよ」

 凜は目をそらし、さりげなく体を離しながら続けた。

「とにかく、私と結婚しようなんて人間の男はほとんどいないの。その点あなたは妖怪だから、強い人間は好きでしょう? お金もたくさん持っていそうだし」

「まあねえ。強い者を好むのは、僕ら妖怪の本能だから」

 蒼雪はそこで一旦言葉を切った。しばしの沈黙が続いた後、彼はぽそりと一言問うてくる。

「……ちなみに、僕に断られたら?」

「そのときは……別の妖怪頭のところにでも行ってみようかしら」

 もちろん、そんなつもりは毛頭なかった。しかし家族のためと言った手前、諦めると言うのは不自然だろう。

「へえ……」

 凜の答えを聞いた蒼雪は、無表情で凜の顔から目をそらし、そのまま一切話さなくなってしまった。なにかまずい回答でもしたのだろうか。しかし問いかけようにもそのまま曲が終わってしまい、蒼雪はあっという間に他の女たちに囲まれてしまった。凜は集まってきた彼女たちに笑みを返す蒼雪を一瞥し、ひと気の少ない壁際に移動する。

 会場の中央では、既に二曲目のダンスが始まっている。蒼雪の相手をしているのは、黄色いドレスを着た、ふわふわの髪の背の低い令嬢だった。年齢はまだ十六、七かそこらだろう。幼さの残る可愛らしい顔立ちは、色々な男が夢中になっているに違いない。力ばかりあるために、誰にも話しかけられず、壁の華になっている自分とは大違いだ。

 なんだか見ていられなくて、凜は蒼雪たちから視線をそらす。

 いくら妖怪が強者を好もうと、蒼雪が普段から言い合いをしている関係の凜を選ぶはずがない。先ほどのやりとりには、男女の駆け引きのような甘さの欠片もなかったし、最後の沈黙は凜を拒絶したとも取れる行動だった。

 やはりこの作戦では無理がある。明日それを凍鶴に伝え、なんとか別の捜査方法をひねりだし、提案してみた方がいいかもしれない。

 蒼雪との婚姻以外で彼の捜査を行う方法を考えながら、凜は時間が経つのを待ち続ける。やがて夜会も終盤にさしかかったところで、再び会場がざわついた。壁際では何があったのかよく聞こえないが、大方蒼雪が結婚相手を選んだと宣言したのだろう。最終曲はその相手と踊る流れになっていると、夜会来る前に凍鶴から聞いた気がする。だが既に諦めきっていた凜は、すぐに自分の思考へ意識を戻した。

 こつりと目の前で足音が響く。ふと差した影に、凜はおもむろに顔を上げた。

「え?」

 目の前に、何故か蒼雪が立っている。訳が分からず目を瞬かせた凜の前で、なんと彼は跪いてしまった。

「まさか、鳴神の鴉に来ていただけるとは思っていなかったよ」

「驚かせたなら悪かったわ。でも、なんで跪いているの?」

 首をかしげる凜に、蒼雪は今まで見たことがないほど柔らかい笑みを浮かべた。

「最終曲のお誘いにきたんだ」

「は?」

 蒼雪は訳が分からず疑問符を浮かべる凜の右手を取り、その甲に口付けをした。

 突然の展開に、凜の全身が硬直する。困惑と混乱と、その他様々な感情が、一気に胸の中へ溢れてきた。目を白黒させている凜を、蒼雪は呆れ顔で下から見上げている。

「こういう時は、もっと幸せそうにするものだよ」

「そ、そうかしら?」

 展開に追い付けていない凜に、蒼雪は小さく吹き出すと、らしくもなく頬を染めた。

「光堂凜さん。僕と――結婚してください」

 完全に予想外の告白だった。

 頭が真っ白になった凜は、しかし任務を思い出して我に返る。

 ――よく分からないが、うまくいった。

 混乱した気持ちを抱えながらも、凜は蒼雪の求婚に頷いたのだった。

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