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第3話 家族のために

 光堂家の屋敷は帝東の住宅が集まる区画にあり、夜中はしんと静まり返っている。灯りはほとんどなく、虫の声だけが響く暗い道を、凜はしかし慣れた調子で歩いて行った。

「ただいま」

 玄関を開けると、廊下の向こうから弾むような足音が聞こえてきた。

「おかえり、姉ちゃん!」

 つんつんと跳ねた黒髪に、黒い大きな瞳。明るく無邪気な顔立ちは、仕事で疲労困憊の凜の心を癒やしてくれた。彼は今年で十二歳になる、弟の昌明だった。歳が離れているにも関わらず、昌明は凜によく懐いていた。

「ただいま、昌明。こんな時間まで起きてたの?」

「うん。姉ちゃんに、見せたいものがあって」

 昌明は興奮で頬を赤く染めながら、手の平を上向きにして差し出してきた。ふ、と昌明が少しだけ力むと、手の平の上にこぶし大の火の玉が現れる。

「すごいじゃない。どうしたの?」

 弟は炎の異能を持っていた。けれど昨日までは、出せたのは指先ほどのごく小さな炎だけだったのに。

「何度も練習をしてたら、コツを掴んだんだよ」

 昌明は手の平の炎を消すと、照れたように凜を見上げる。

「ね、僕偉い?」

「偉い偉い。さすが光堂家の跡取り――」

 褒めながら凜は昌明の頭へ手を伸ばした。だが指が頭にふれる直前に素手であることに気付く。

 ――そういえば、帰り道に暑くて手袋を外したのだった。

 凜はポケットから黒い手袋を取り出し両手に嵌めると、改めて昌明の頭に触れ、その髪をわしゃわしゃと撫でてやる。

「もっと練習すれば、私以上の強い異能者になれるわよ」

「もう。姉ちゃん以上なんて、大げさだよ」

 昌明は頬を染めて照れくさそうにしながらも、嬉しそうに笑っている。

 そのまま彼と話していると、また別のゆったりとした足音が近づいてきた。

「おかえりなさい、凜。夕飯、置いてあるわよ」

「ただいま、お母様」

 母親は凜の挨拶に微笑むと、茶の間の方へ案内してくれた。

 他の家族は既に食事を終えたらしく、茶の間に残っていたのは膳が一つだけだった。既に深夜とも言っていい時間にさしかかっている。当然と言えば当然だろう。

 膳の前に正座をすると、白湯を飲んでいた父が顔を上げた。

「帰ってきたんだね、凜。遅くまでお勤めご苦労様」

「ありがとう。今日も無事に戻ってこれたわ」

 凜は微笑みながら、膳の上に目を落とした。麦飯が茶碗に半分ほどと、味噌汁にあじの干物が一枚。普段は半身だけなので、今日はいつもより少し豪華だ。

 茶碗を手に取ると、父が申し訳なさそうに目を伏せた。

「すまないね。疲れているのに、これだけしか出せなくて」

「いいわよ。それより昌明の学校の方が大事だわ」

「けれど、みんなに苦労をさせているのは私のせいだから」

 光堂家は元々強い異能を持つ異能者を輩出する家で、百年前の曾祖父の時代、国の制度が変わったことに合わせて、男爵の位を与えられた華族だった。

 だが一族が異能を使って国に大きく貢献する中で、祖父の長男として生まれた父は異能を一切持たなかった。祖父には他に男児がいなかったため、必然的に父が家督を継ぐことになる。けれど異能のない父が先祖たちのような活躍ができるはずもなく、光堂家は一気に没落していった。今ではもう、平民と同じかそれ以下の生活になっている。

 そんな苦しい状況の中で、生まれたのが凜である。凜には異能を持たない父の代わりとでも言うように、強い異能を二つ持っていた。それに気づいた両親は、凜が異能者として将来を手に入れられるようにと、財産をかき集めて異能者の女学校に入学させてくれた。両親が苦労してくれたお陰で、凜は異能者として類い希なる才能を現し、女性ながらに宵鴉の隊員に推薦されたのだ。

「大丈夫よ、私がその分稼いでくるから。分隊長の給料を舐めないでよね」

「本当に、苦労をかけるね」

 父親は眉根を下げて力なく笑った。その着物の裾から覗く腕は、握れば折れてしまいそうなほど細い。隣に座る母親の腕も同じだった。

 日に日に弱々しくなっていく体に、胸の奥が苦しくなる。凜は宵鴉の給料を、ほとんど家の生活費に回していた。だが今は、それでも金が足りていない。

 昌明がもうすぐ、尋常小学校を卒業して進学するのだ。

 彼は幼い頃から炎の異能の才を顕していたため、小学校卒業後は異能学校へ入れようと両親と凜は考えていた。そこに入れば異能の扱いを学び、才を伸ばすことができる。本人の安全と将来のためにも、異能学校へ入ることは利点しかなかった。

 しかしこの学校は、入学試験の為に高い受験費を払わねばならず、加えてそこらの学校に比べて入学費も授業料も桁違いなのだ。凜の進学時に財産の多くを使ってしまった光堂家には、用意するのも難しい金額だった。

「進学費、まだ足りなさそうなの?」

「そうね……私たちも仕事をしているけれど、間に合うかどうか」

 父は軍の職員だが、異能がないので階級が低く、給料も少ない。母も裁縫の内職をしているが、得られる賃金は僅かだった。

 凜の箸を握る手に力が籠もる。異能がないため周囲から嘲笑され、後ろ盾もないに等しい状態から凜をここまで育ててくれたのは、他でもない父と母だ。そして日々の激務で溜まった疲労を癒やしてくれるのは、弟の無邪気な笑顔。彼らがいるから、凜は今、宵鴉東支部の分隊長として活躍できている。

 家族を守ることが、彼らへの恩返しであり、凜の生きる意味だった。故に凜は、覚悟を決める。

「お母様。私のドレスは、まだ売っていなかったわよね」

「ええ、着物入れにあるけれど。どうしたの?」

「来週、夜会に行こうと思って。結婚相手を探しに」

 凜の言葉に両親は揃って仰天した。

「結婚!? 突然どうしたんだい、凜?」

「まさか、お金のため? そんなの気にしなくていいのよ。自分を売るようなことはしないでちょうだい」

 二人は心底心配そうな顔で凜に問いかけてくる。華族の娘であれば家のために結婚しろと言われるのが普通なのに、それを強要しない両親の優しさが嬉しかった。

「大丈夫よ、自分で決めたから。私もそろそろ将来を考えないといけない時期だと思っていたのよね」

 二人を心配させまいと微笑みながら言葉を返すと、父親はほんの少しだけ表情を緩めた後に、「けれど」と再び不安げな顔になる。

「凜にはあの異能があるだろう? 君が傷つかないか心配だよ」

「わからないわよ。もしかしたら、触れなくてもいいという殿方がいるかもしれないわ」

 まさか上司から、特別手当と引き替えに夜会へ参加し、結婚しろと命令されたとは言えるはずない。説得を続けていくと、不安そうだった両親も、次第に納得していった。

「本当に、いつも負担ばかりかけてしまってすまないね」

 深く頭を下げる父親に、凜は首を横に振る。

「気にしないで。みんなが幸せでいてくれるなら、私も嬉しいもの」

 謝るべきは任務を命じてきた上司の凍鶴であって、決して両親ではない。

 食事は冷え切ってしまっていたが、両親がくれたたくさんの気遣いに、心はとても暖まった。

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