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姫乃璃々という少女

 東星陵学園の校則は厳しい。時代に取り残されたとも言われるが、事実そのやり方で成功しているのは言わずもがな。高等部、つまり高校生にもなるとお仕置きを受ける生徒はほとんどいない。学校の環境、校則に慣れてきたとも言えるし、思春期の男女はこのお仕置きを受けたくないという思いが強いのだろう。当然だ、お尻叩き。男子はズボンを下ろされ、女子はスカートを捲られ、クラスメイトの見ている前でお尻叩きなんてされたら、それこそ羞恥とショックで明日から不登校になるに違いない。少なくとも皆はそう思い、だからこそ規則を守る模範生徒にならざる得ないのである。それが東星陵学園だ。



 レンヤは今日も無難な一日を終えた。始業開始三十分前に教室の扉を開け、普通にクラスの友人と談笑し、一時限目から真面目に授業を受け、居眠りをせず、宿題を忘れず、そして真面目に掃除をし、放課後を迎える。


「今日も無事に終わったな」


 誰にでもなくそう呟いた。教室にいたクラスメイトは散りぢりに、部活へ向かう生徒、委員会へと足を運ぶ生徒。そして帰宅準備をする生徒と、様々だ。特に急ぎの予定もないレンヤは、慌てるでもなく帰宅準備。教科書をカバンに詰める。この学校では教科書をおいて帰るのですらペナルティ。さすがにお仕置きまでされないが、それが続いたりするとと皆が恐怖するお尻叩きへと罰のランクがあがる事がある。そう、この学校では小さなルール違反も積み重なれば、大きなお仕置きになるのだ。そうすると生徒は、そんなリスクを負う事はせず真面目に帰宅準備をする。


 校門を出たところで、声をかけられる。耳をくすぐるそよ風のような声に聞き覚えがある。振り返るとそこには姫乃璃々。そう、学園のアイドルであり優等生の子。レンヤは昨日と同じよう声をかけられた。その事実に自身は戸惑いを隠せず、それは動揺として、間抜けな声を出すことになってしまった。


「え? ひ、姫乃さん!?」


 漫画のようなオーバーリアクション。それが個人的に面白かったのか、姫乃璃々はクスクスと品の良い、それでいてあどけない笑顔を向けて、レンヤを茶化すように言った。


「あれ、驚かす気はなかったんだけどなぁ」


 姫乃は笑う。その笑顔が、まるで太陽のようでレンヤは日差しの強さに目をそむける。すると姫乃はそれを間抜けな声を出して、恥ずかしくなって背けたと勘違いし。悪戯好きの子供みたいに不敵に笑うと、レンヤの顔を「えいっ」無理やり両手で正面を向かせる。


 姫乃璃々はたびたび小癪な娘である。清楚で優しくて真面目。でもそれは皆が作り上げたイメージで、本当は誰かと冗談で笑いあいたいそんな子であった。レンヤは、少しだけ彼女を理解した嬉しさと。こうやって両手で自分の頬を抑えられ正面を向かせられた恥ずかしさで顔が真っ赤になる。


「あれ。ごめんやりすぎちゃったかな」


 姫乃はレンヤの頬を抑えた自分の両手に力が入り過ぎだと思ってすぐに反省。小さく「ごめん大丈夫だった?」と心配する。


「だ、大丈夫。ちょっと姫乃さんがそんなおちゃらけたことするなんて思わなくてびっくりしただけ」


 レンヤの言葉に、姫乃はほっと胸をなでおろす。姫乃は精一杯親しくなったアピールをしたつもりだが、もともと陰キャである二人は何となく「ごめんなさい」の応酬。距離感を掴み切れない二人は、お互い脳内で咄嗟の行動の反省をしていた。


「い、一緒に帰る?」


 最初にそう切り出したのはレンヤだった。何となく姫乃璃々がしたいことが分かったからである。きっと彼女なりに精一杯おちゃらけて自分を誘ったのだろうと。そう一瞬で判断したレンヤは先日より、姫乃に近づいていたのだ。本人に自覚はない。けど、レンヤも優しい人間である。彼女の行動を無下にできないと判断し出た言葉であろう。


「うん帰ろう」


 姫乃は、両手を胸の前でパンと叩き。また太陽のような笑顔で笑う。罪な笑顔だなとレンヤは思ったが口には出さなかった。


 二人は肩を並べて歩く。夏を目前にした時期、放課後だろうがまだ太陽は明るい。コツコツとローファーがリズムよくなる隣で、少し不器用なテンポのリズム。女子と男子、二人の二度目の並んだ下校。


「昨日、日比野君が言ってたアニメを実は見てきました」とドヤ顔の姫乃。


「え? 本当に! ど、どうだった?」


 話題は昨日苦し紛れに出したレンヤのアニメの話題。何となく話に詰まった二人は趣味の話になり、そこでレンヤは恥と分かりながらも大好きなアニメの話題を出したのだ。内心ドン引きされていないか心配だったが、彼女はレンヤの話に魅力を感じ、帰宅しそのまま言われたアニメを視聴した。そこには興味もあるが、大半はおすすめされたものを見ないと失礼という優しさであったかもしれない。けれど結果はレンヤの望む以上のもの。


「あのアニメ、ずるくない?」


 姫乃の言葉にレンヤは立ち止まる。否定なのか肯定なのか判断しかねる。


 そんなレンヤを見た姫乃はつかつかと、リズミカルにローファーをアスファルトで鳴らし、レンヤの前までやってくる。



「私はレンヤ君に泣かされました。よよよ」



 大げさにしくしくと泣く演技。



「人聞きの悪い」



 レンヤはほっとして、軽口。



「六話まで一気に見ちゃった」




 不器用な二人の会話。お互い気を使えるタイプの人間であるからできるやり取り。言葉足らずな冗談は、二人の口角を上げるのに十分過ぎた。太陽が落ち始める。二人は話すことが尽きることなく、歩いた。


「でね、私は思うわけですよ。あのキャラクターは、きっと……あれ?」


 言って、姫乃は急に立ち止まる。レンヤも姫乃が向けた視線の先を追う。すると、小さな女の子が、今にも泣きそう表情で辺りを見回し落ち着かない様子。直感で分かった。あれはきっと迷子なんじゃないとか。そうレンヤが結論を出す頃には、すでに姫乃璃々は女の子のもとへ向かっていた。


「ねぇ、どうしたの?」


 優しい口調。姫乃は屈みこみ、視線を女の子に合わせると、落ち着かせるように、ゆっくりと頷き。女の子の言葉を待っている。


「お母さんいなくなっちゃった」


 迷子が確定。辺りを見回すが、それらしい女性は見つからない。まだ情報が足りないと思った。すぐにレンヤも駆けつけ、姫乃をフォローするように、言った。


「最後に見たのは?」


 不器用な言い方だけど、必死さが伝わる。姫乃の落ち着かせる口調とは違うが、助けようとしてくれるのは伝わっただろう。だからこそなのか、女の子は指をさした。


「あそこでお買い物してて、出てきたらいなくなってたの」


 女の子が指した指の先は、大型ショッピングモール。すぐさま二人は、もしかしたらお互い探して入れ違いになったと考える。


ショッピングモールに入って探せば見つかるかもしれない。確信もあった。けれどレンヤはもう一つの問題も頭によぎった。


下校途中の寄り道は校則違反。そう規律厳しい東星陵学園の校則。制服のまま施設に入ることは禁止。大型ショッピングモールなんて尚のこと。見つかればお仕置きの対象である。レベル1か、レベル2か。レンヤは迷子の少女を救いたい気持ちと、同時にそれに伴うリスクに足が動かなかった。


「きっと、入れ違いになったのかもね。一回この中を見てみようか」


 優しい口調の姫乃璃々。迷いなんてなかった。純粋に女の子を助けたい。それ以上でもそれ以下でもない。もちろん制服のまま施設に入ることは校則違反だと彼女は気が付いてる。けど姫乃は優しさが上回ったのだ。


「日比野君。私この子とちょっと中を見てくるから、日比野君はここで待ってて」


 姫乃は立ち上がりレンヤを見て言う。


「ぼ、僕も」


 言いかけたレンヤの言葉を遮るように、姫乃は「入れ違いになったら大変でしょ。日比野君はここで母親っぽい人を見てて」と。


 レンヤはすぐに察した。施設内に入るのは私だけでいいよ。巻き込まないから。そう言っているようにも見えた。そして、姫乃の言葉は理にかなっている。女の子と三人で施設の中を探して入れ違いになってはいけない。誰かはここに残るべきなんだ。


「……なら僕が」


 出た言葉は遅かった。そのコンマ何秒にはリスクや校則違反という文字が頭を駆け巡った。レンヤも人間である。優しいが、どうしても躊躇してしまったのだ。むしろ、遅れたとは言え「僕が」という言葉が出たことは褒めてもよいだろう。


「じゃあ、いこうか。お母さん探しに行こうね。大丈夫、すぐ見つかるよ」


 レンヤの言葉が聞こえなかったのか、あるいは聞こえないふりをしたのか。姫乃璃々は不安がる女の子の手を握り、大型ショッピングモールへと足を踏み入れていった。レンヤは背中を見送ることしかできない。


 どうか、誰にも見られてませんように。そう強く願い。レンヤは姫乃から託された母親らしき人物を探すことに集中した。だけどどこかに一抹の不安がぬぐえない。それに気が付かないふりをするために、レンヤは必死で辺りを見回すのだった。



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