東星陵学園の校則
東星陵学園
それは、日本の中で最も拘束が厳しく、規律が厳しい学校。
小、中、高の一貫校であり、外の世界の常識は通用しない。
そんな学校で起きた、小さく恥ずかしい少女の物語。
本日のお仕置き生徒は無し。東星陵の高等部で、誰もが通るであろう通路に大きく張り出された知らせにはそう書いてある。
つまり本日は平穏だったということである。規律に厳しい東星陵学園は、校則違反や品位を書く行為が発覚すると、対象の生徒は罰を受けるという校則が存在する。それはこの歴史ある名門を守るため、そしてそれは現在の少なくとも令和の時代には当てはめられない恐ろしく、厳しい決まり事であった。
東星陵学園の高等部は、小等部、中等部とは独立しており、高等部校門を出て少し歩いたところに小中一貫の校舎がある。高等部一年である、日比野レンヤは帰宅すべく高等部校門を背中に、本日何事もなかった学校生活を終え帰路につく。スマートフォン、イヤホンなどの持ち込みは制限されている。ここで開こうものなら罰の対象になるので取り出せない。すくなくともこの区内では無理だ。
そんな鬱陶しい規則のことを考えながら歩く、そうだ。この学校はとんでもない罰があるのだ。だから生徒は従うしかない。その罰とは……。レンヤが義務教育等の校門に差し掛かるとき、女性の声が大きく響いた。
「生徒番号120340番。小等部二年二組の中島昇平に学校の規則として、レベル2のお仕置きを行う」
ハキハキとした口調の女性、レンヤは話したことがないが小等部の教育指導の人だということは声を聴いてすぐ理解した。小等部校舎のざわめきがレンヤの耳に届く。小等部、所謂小学生と呼ばれる子供たち、しかも低学年はお仕置きを受けやすい。これも日常なので特に足を止めなかった。
「レベル2か、遅刻か授業中のお喋りか。少なくとも他の生徒の授業を妨害したんだな」
レンヤは今まで罰を受けたことはないが、さすがに九年も東星陵学園に通っているのでお仕置きの内容は理解している。
「中島正平。罰を与えるズボンを下ろしパンツを出しなさい。抵抗するならレベルが3になる。観念して従い反省しなさい」
とても小学生に向かって言う口調ではない先生はさらに、言葉を続ける。
「お尻叩き十回、この場で行う」
そう、東星陵学園の罰はお尻叩き。どんな違反行為をしてもお尻叩きをされる。レンヤの耳にバシンという破裂音が届く。そして中島正平と呼ばれる生徒の泣き叫ぶ声。どうやら小等部は今日は平穏ではなかったらしい。
東星陵学園のお仕置き。昭和からある歴史ある名門校。有名な起業家、芸能人、など成功した人間を次々排出する学園。小中高一貫のマンモス校。他の学校との大きな違いはお仕置きというシステムがいまだ残っている。それは羞恥と痛みを合わせた体罰。お尻叩きだった。小等部では痛みの方が勝り、先生に許されたい気持ちから反省をする。中学まで上がると羞恥が勝り、このくらいになるとお仕置きを見ることはほとんどなくなる。高等部に至ってはお仕置きに出会ったことない。
そういった意味では、考え方によっては成功してる規則であると言えるだろう。高校生にもなってお尻叩きなんてされてたまるか。それは尊厳とプライドが規律を守らせる。つまりいい子にならざる得ない。ヤンチャな高校生が下校時間にスマートフォンを触れないのもその理由の一つだ。レンヤは何とかこの学校を平穏に終えるように生活する。
「日比野君……? 一緒に帰らない?」
レンヤの耳に、そよ風のような心地よい声が耳をくすぐる。振り返るとそこには、姫乃璃々がいた。学園トップクラスの美少女と名高い彼女に話しかけられレンヤは動揺を隠せない。瞳は大きく、鼻筋も通り、可愛いといより美人系の璃々は、その容姿を鼻にかけることなく気さくに、そして無邪気に見える。
「一緒にって、僕が姫乃さんと…?」
彼の動揺は「僕なんかでいいの?」という意味だったが、璃々は不満だと捕らえたのだろう、靴とアスファルトをリズムよく鳴らしながらレンヤの目の前までやってきた。
「あたしじゃ不満ですか? そうですか」
空気を悪くするわけでもない、ちょっとだけ茶化した言い方。璃々の人当たりの良さを垣間見る。これも彼女の魅力である。
「いや、そんなことないけど」
むしろ嬉しいとは言わず、レンヤは顔をそむける精一杯の照れ隠し。するとその様子を見て満足したのか璃々はにっこり笑い「よろしい」と、また冗談の様なトーンで話す。
二人並んで東星陵学園を背に歩く。そうすると改めて姫乃璃々の魅力に気が付く。背が高く気さくで可愛い。スラっとした足と、透き通るような白い肌。勉強もできて運動もできるという絵に描いたような優等生である。
レンヤは話題を心配したが、璃々の方から話題を振ってくるので、基本は相槌に徹することができた。東星陵学園の規律の厳しさ帰宅途中のスマートフォンの禁止、こうやって話し相手を見つけなければ退屈なのだ。そういった意味では生徒同士が近い、学園のアイドルとこうやって肩を並べて歩ける。彼女にとっては退屈しのぎかもしれないが、レンヤにとっては一大イベントでもある。
「さっき、小等部の子。お仕置き受けてたね可哀想……。何をしたんだろうね」
日比野レンヤと、姫乃璃々。二人の接点は薄い話題になるネタが少ない。気が付けば話の内容は先ほど見た小等部の生徒のお仕置きの話になった。普通の学校で普通の生活を送っていれば女子こんな会話をすることなんてないだろう、しかし二人は東星陵学園に小等部から九年も在学してる。感覚も多少麻痺している。日常でお尻叩きという単語が出ることは少なくなかった。
「レベル2って言ってたね」
レンヤは思い出しながら答える。レベル2とはお仕置きの段階のこと、厳密には第二指導という名前だが、時代が進む連れ、レベルという単語が一般化された。
「姫乃さんはお仕置き受けたことある?」
レンヤは、そんな質問を口に出してからしまったと思った。学園のアイドルといわれる少女に投げる質問じゃない。だがレンヤの心配とは裏腹に姫乃璃々はあっさり答えた。
「実は一回もないんだよー。ほら小等部の頃とか私は陰キャで目立たなかったし」
言われてみてハッとする。確かに姫乃璃々が美少女優等生として頭角を現したのは中学の頃からだ。陸上部で優勝した辺りから目立ち始め、よく見ると可愛い。よく見ると勉強ができる。よく見ると優しい。子供だった小学生のころは気が付かない女性として魅力に中学生になった男子がようやく気が付いたような感覚。成長を実感する話であった。
「日比野君は?」
日比野が空想に耽ってると彼女からオウム返しの質問が飛んでくる。実は日比野もお仕置きを受けた子がない。内容は存外姫乃璃々と同じで目立たなく、ヤンチャする生徒でもなかったことある。
「僕もないかな。僕も真面目で大人しかったしね。怒られるのの怖かったから」
それを聞くと姫乃璃々も笑った。「お互い陰キャ仲間なんだね」と。レンヤからしてみれば気さくで美人で運動も勉強もできて目立つ存在のどこが陰キャなのかと言いたくなったが、折角できた璃々との繋がりを失いたくなかったので、素直に同意することにした。
「そうだね」
レンヤの返答に満足したのか、姫乃はうんうんとうなずく。どうやら彼女は自信が目立っていることも、少なからず多少なり注目されていることもわかっているのだろう。どうしても陽キャを演じなければならないのかもしれないと、表情からそう感じた。
「バイバイ日比野君。明日は宿題があるから忘れたレベル1を受けちゃうよ」
夕暮れを背に無邪気に笑う。姫乃璃々は美しくお仕置きとは無縁の優等生。レンヤは彼女が踵を返し、歩いていく姿を見えなくなるまで見ていた。それは見とれていたのかもしれないし、彼女に引かれていたのかもしれない。夕日に消える彼女を見て、答えが出ないまま考えるのをやめた。




