第20話 いずれ我々も使い棄てられる
インスマス号の機体格納庫、キャットウォークに少女が立った。
「……フィン、生きてるよね」
ナイアはGS一機分の空白を見下ろして、溜め息をついた。
そこに在るべきはずの、青い色をした巨人の姿はない。
――ふと、タラップをブーツが踏む金属音。兄が降りてきた。
「殺しても死にそうにないだろ、アイツは」
ジョニーは、いつもと変わらない皮肉げな表情で、言い放った。
ムッとして言い返そうとするが、ナイアは寸前で思い留まる。
言い方こそ素直でなかったが、兄はフィンの生存を肯定したのだ。
流石に、気を使われているな――そう察して、また、息をつく。
“――俺に願いはない。セレジアの命令を実行し、そのために戦う”
あのときフィンの語った言葉が、ナイアの脳裏を、何度も、何度も過っていた。
彼には“力”がある。たとえ、どんなことであっても叶えられるほどの“力”が。
それこそ彼女の願ってやまない、そして信条とする、この世界の絶対性である。
セレジアの言う“倫理”や“誇り”というものは、正直なところ、よく分からない。
だが、“武”であれ、“財”であれ、この惑星は“力”を肯定する仕組みを持っている。
だというのに、彼には手に入れたい物も、創りたい世界も、行きたい場所もない。
そんなに虚しいことは、ナイアは人生で一度たりとも想像したことがなかったのだ。
――だからこそ、と、彼女は改めて、ひとりの戦友を想う。
彼を、フィンを「何も願わない人生」のまま、死なせてはいけない。
◇
『主゛殿゛ォ゛~~~ーーー!』
エダフォス下層――乾ドック内に足を踏み入れるなり、彼を呼ぶ声があった。
無論、フィンをそのように時代錯誤的に呼ぶのは、紛れもなくカティアである。
家臣を気取るそのAIは、己の外殻であるGS機体の四肢を振り回している。
『助けてくれ~~~! バラされてまう~~~!』
〈ブルー・ブッチャー〉はクレーンに吊るされて、宙を浮いている状態だった。
フィンは淀んだ海に掛かる桟橋状の通路を過ぎ、隔壁で分けられた区画に入る。
「……いったい何をしている、カティア」
様子を見上げながら機体の間近に寄るフィンに、一人の少女が近づく。
暗緑色のツーサイドアップ。機械油に頬を黒くし、ツギハギのツナギ姿。
「カティアちゃんの主さん!? 助かったであります~!」
「――そこで止まれ。お前は誰だ?」
「おおっと、これは失敬。私めは海洋民兵団、施設工兵チーム所属――」
髪の束を揺らして、踵を合わせて揃えると、彼女はきりっと敬礼を決める。
「テラ・ティタリ伍長です。貴方の機体を預かっているでありますっ!」
「預けた覚えはない。すぐに返せ」
「もちろんです! こちらの書類にサインを頂けるでありますか!」
テラはハキハキとした物言いで、バインダーをフィンに差し出した。
暫くの間、彼は沈黙を返して、観念したかのようにペンを取る。
インクの文字が、既製のフォントのように硬質な三文字を記した。
「……あ、なるべくできたら、フルネームでお願いできるでありますか?」
「既にフルネームで書いた。はやくクレーンを降ろせ、テラ・ティタリ」
「えっ! あっ! フィンさんでしたか……。大変失礼したであります!」
ぺこり、と頭を深く下げた彼女は、すぐに壁際のコンソールへと向かった。
操作盤から伸びる二本のレバーを操り、GSを吊るすクレーンの首を振る。
さながら深呼吸のように〈ブルー・ブッチャー〉がだらりと脱力してみせた。
『ひゃ~~~、助かったぞい、主殿。……解体は御免じゃ』
「すこし中身を覗こうとしただけでありますよ! ここらじゃ、第三世代のGSなんて珍しいんですからね! 自己判断で動くAIというのも、独創的であります!」
「……何もしていないのなら、それで問題はない」
フィンはテラを押し退けるようにして、整備スペースへと降りていく。
その後を――どこか粘着質に――ついて歩く熱弁が、絶えず続いていた。
「それにしても、初めて間近に見たんでありますよ、補水索システム。六本もあるってことは、相当の冷却性能ってことですよね。ポンプ出力も併せて強力なものに?」
荒い鼻息が首筋にかかり、フィンは一瞬、立ち止まった。
テラのツナギの、襟の後ろを掴んで、ぐっと距離を離す。
「どけ。……お前の言う通り、こいつは相応に高出力化してある」
「やっぱり! なんといっても第三世代機は、この補水索がっ――」
――GSは通常、推進剤として取り込む海水を、核融合炉の冷却水として利用している。この給・排水能力が、機動性に影響するのだということは、言うまでもない。
給水量が多ければ炉の冷却効率が増し、排水量が多ければ、機体の推進力が増す。
〈ザーウィ〉等の第二世代機までは、給水は脚部の底口部からそのまま行っていた。
「ウチでも導入したいんでありますが、チューブ材質が特殊なのと、可動部が多くてですね。整備性や損耗率を考えると、やっぱりお金持ちのオプションだなぁ、と」
彼女は目を輝かせ、整備スペースへと降ろされていく蒼い機体を見つめている。
やがて目線の高さにハッチが来ると、フィンはぶっきらぼうに、AIに命じた。
「――開けろ、カティア」
『相分かった!』
「テラ、こいつの起動キーはどこにある」
「ダッシュボードであります!」
溌剌と答える彼女の声を背に受けながら、フィンはコクピットに着座した。
機体の収納から取り出したキーを差し込んで回すと、モニターに灯がともる。
スーツの首元からしゅるしゅるとケーブルを引き、インカムを耳に差した。
『どうじゃ主殿? 聞こえるかの?』
「良好だ。仕事の話がある」
『む。もしや、姫様と連絡がついたのか?』
「いや。自己判断で引き受けた」
彼女の問いに答えながら、フィンはコンソールの操作を続ける。
気密をオンにして、ハッチを閉鎖。不審な傍聴電波はない。
モニターには、ポップなクエスチョン・マークが浮かんでいた。
『むぅ? 主殿が? 珍しいのう?』
「……簡易ブリーフィングを行う。よく聞け」
◇
執務室の対面で、タリクは海洋民兵の抱える「現状」についてを語った。
「数か月前。とある部隊が我々の活動に関心を示し、共闘を申し出た」
「――それが〈アラクネ〉か」
彼は頷く。
「戦いに加わろうとする者は珍しくない。この規模の反企業勢力といえば、我々くらいのものだからな。来るものは拒まず……。それに彼らには、ある手土産があった」
「……企業工廠から持ち出した試作艦と、プラント壊滅の戦果のことか?」
「そうだ。彼らは数隻を我々に明け渡して、GS一個小隊での参加を申し出た」
タリクは、諦めと後悔とが、ない交ぜになったかのような息をついた。
アルコールの匂いが、微かに漂ってくる。彼はスコッチを飲んでいた。
「どこぞの企業の差し金と、すぐ直感した。これも決して珍しいことではない。競合他社に対しての牽制を狙う者、あるいは戦場ごと活性化させることで、市場そのものへの干渉を意図する者さえいる。テロリストと呼ぶ我々の“ガワ”を借りてな……」
「なぜ断らない。連中に操られることは、お前たちにとって本意ではないはずだが?」
「そうと分かっていても、我々に選択肢はない。装備は旧く、兵の数は足らない。常に追い詰められている状況下で、戦いが強いられている。藁にも縋る思いなのだよ」
何か後ろめたいような具合に、彼は視線を僅かだけ逸らす。
「……ともかく。全ての問題は、彼らが『やりすぎた』ことにある」
「やりすぎだと? 元より、全てお前たちが望んだことのはずだろう」
糾弾してやろう――というつもりは、もちろんのことフィンにはない。
タリクが口にした言葉が、そのまま疑問として引っ掛かっただけだ。
だが、彼は苛立ちを露わに、明らかな怒気をはらんだ声色で反論した。
「我らが望むのは破壊ではない。傲慢な企業どもに、戒めと反省を促したいだけだ」
「論理が破綻しているぞ。ティレムス襲撃は、示威の範疇を大きく超えていた」
「あれは、私の作戦ではない……。あの赤いGS部隊の指揮官――名はシュルプリーズと言っていた。奴が、私の兵たちを扇動し、憎しみのままに起たせたんだ」
矛先の曖昧な怒りの念が、その言葉の芯にあった。
「その結果をみるがいい。いまや我らは、この星の誰からも目の敵にされている。まるで、その昔に滅びたクジラのように狩られているではないか! すべての元凶が、あの〈アラクネ〉どもだというのにッ!」
演説が熱を帯びてくる。フィンは微塵も表情を変えずに訊いた。
「俺にヤツの排除を依頼しているのは、それが理由なのか?」
「……ああ。連中の目的がどうあれ、いずれ我々も使い棄てられる」
「そうなる前に行動を起こす必要がある――ということか」
「頼む……。あの赤い獣らは、私の手に負える存在ではない!」
椅子を立って叫ぶタリクの眼光には、懇願のような念がみえた。
◇
『……とどのつまり、〈アラクネ〉の暗殺が仕事というわけじゃな』
「そういうことだ。明日、ヤツらのステルス揚陸艦がここに帰港する」
『ほう、艦もろとも叩くと。数的不利と性能差“だけ”は覆せるのう?』
コンソールの中のカティアは、明らかに含みのある声音を鳴らす。
「――言いたいことがあるのなら、はっきりと言え、AI」
『なれば遠慮なく。気の早い話ではあるが、脱出の手筈はあるのか?』
「ない。……仕事の後で、海洋民兵が俺を裏切る可能性は否定できない」
『やはりか。姫様と、どうにか連絡を付ける必要があるな……?』
「GSの通信システムでは距離に限度がある。代替手段を探しておく」
カティアの問いに頷き、フィンは機体ハッチを開放。
再び、乾ドックの整備スペースに、だっと飛び降り立つ。
「自己診断を走らせておけ。あのメカニックは近づけるな」
『御意にござる! ぱーぺくとな状態でのう!』
踵を返す。すると、満面の笑みのまま例の整備士――テラが寄ってきた。
「同志フィン! カティアちゃんとのお話は終わったでありますか?」
「妙な呼び方はやめろ。お前たちの仲間になったつもりはない」
「どうか、そうおっしゃらずに。私に貴方への敵意はありませんから!」
「それを証明する手段がない以上、お前を信用することはできない」
剣のある言葉で突き放した。テラはうなる。
「……もう何日も、貴方のお世話をしているんでありますがぁ」
「どういう意味だ? いや――……あのリオという少年は」
「ええ、リオ・ティタリ。あれは私の実の弟でありましてねー!」
そう言う彼女を、黙り込んだままにジッ……と見つめる。
眼が怖い。テラは居心地が悪そうに、視線を泳がせ始めた。
「理解ができん。指導者のタリクならばともかく、お前が何故?」
「……と、おっしゃいますと? どういうことでありましょう」
「俺はこれまでのミッションで、お前たちの同胞を何人も殺してきた」
質問の意図を掴みかねるといったように、テラの語調が慎重になる。
「確かに“青い死神”のお噂はかねがね……という感じでありますが」
「……理屈で考えれば、お前たちからは相当の恨みを買っているはずだ」
そこまで言って、ようやく腑に落ちたように彼女は頷いた。
「あ~。そういうことでありますか。なるほど、なるほど、であります」
「復讐の機会は、いくらでもあっただろう。なぜ俺を殺そうとしない」
「……引かないでくださいね。正直に白状すると私、人間には関心がなくて」
どこか恥じ入るような顔になって答える。
「誰が死んだだとか、誰に殺されたとか、あまり実感がないんでありますね」
「それはつまり――俺に対する憎悪は持っていない、ということか?」
「……私って、薄情なんですかね。命は大切だとは思っているんでありますが」
人差し指の先を擦り合わせて、彼女は俯いていた。
憂い気な表情。口輪筋と眼輪筋の動きは同期している。
彼女のその言葉には、どうやら嘘はないらしい。
「……事情は理解した。タリクがお前を紹介したことにも納得がいく」
「あっ、それじゃあ……!」
「その上で、お前と必要以上に馴れ合うつもりはない」
「――――う゛っ!」
テラは、露骨に肩を落とした。
「……カティアちゃんのこと、もっと聞きたかったのになぁ」




