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 魔王への講義を終えて、鬼神ヤシャクは飛竜に乗り帰路についていた。


「全く、魔王様の我儘には骨が折れる」


 公務の仕事を片付けていたらすっかり遅くなってしまった。家が荒らされていないことを願うばかりだ。何しろ家で帰りを待たせている妻達は皆血の気が多い。もし乱闘にでもなっていれば家がまた壊れてしまう。


「せめて一人くらいは今日の仕事に同行させるべきだったかもしれませんね」


 今更考えてもどうしようもないのでと少し飛竜を急かした。

 魔王城が見える山の頂上にある家が見えてきた。鬼神ヤシャクの心配事の一つは消えたが・・・


「ただいま帰りました」


 出迎えはなかったが台所で音がしたので中に入ると、三人の女性がまさに大乱闘の一本手前だった。


「ヨウビさん、ウララさん、ビャクヤさん。ただいま帰りました。それと、その両手に持っている調理器具を下ろしてください。本来の用途はそうじゃありませんよ」


「「「おかえりなさいませ。旦那様!!!」」」


 三人は一瞬で包丁、フライパン、片手鍋を元の場所にしまうと満面の笑みで改めて出迎えたのだった。


「全く、三人とも家を任せておきながら何をしていたのですか」


 四人で食事を並べた後、ヤシャクはため息をついた。

 

「それがの、ヤシャク」


 先に口を開いたのは妖族出身の九尾の白狐ヨウビだった。鬼神ヤシャクの一人目の妻。少し切れ長の薄紫色の目に同色の長髪、動きやすく改造した和服を身に纏っている。侍のような格好をしているヤシャクと少し合わせているようにも見えるが、妖一族は和装が基本なのだ。


「この二人がヤシャクを迎えに行くと言い出したんじゃが、どっちが行くかで言い争っておってな、争うくらいならわらわが行くと言ったら、だったら料理勝負で決めようとなったんじゃ」


「料理勝負なら私が帰る前にこの食卓に料理が並んでいる筈なのでは?」


 すると三人は顔を逸らした。

 そもそもヤシャクが帰った時に調理器具を武器の如く構えていたのは何だったのやら。


「いえ、最初はきちんと料理していたのよ?でもヨウビが幻術で妨害をして、リウィが高速で動き回って邪魔をして、そこから色々あって全員怒りが頂点達したのよね」


 ヤシャクと同族で鬼のウララ。額から小さな角が生えており夕焼け色の大きな目、髪は肩まで切り揃えておりお洒落に気を遣ってるのか流行のものの髪留めに耳飾り、流行ものの平服。角を隠せば人間と対して変わらない美女だ。

 

「つまり、いつも通りですね」


 くだらないことがエスカレートすれば結局は力と力、その際筋肉だろうと知力だろうと魔力だろうと、大きな何かを動かせるモノを持っていれば使い方次第で武器となる。


「そんなことよりもヤシャクよ、仕事の方はどうじゃった」


「魔王様は相変わらず。他の幹部達は最近ゴブリン族の長と巨人族の長が人間によって討ち取られました」


「ゴブリン族は昔から入れ替わりが激しいからあまり不思議には思いませんが、巨人族が人間に遅れをとるなんて・・・」


 リウィの言う通り、普通なら巨人族が負けることはない。


「人間は賢いです。科学の発達で遠距離から物理攻撃を可能にするカラクリの代物を発明したそうです」


「なるほどの。どんなものかはわからんが、そりゃああの巨体は格好の的じゃ」


 ヨウビはキセルを吹かしながらコロコロと笑っている。


「それで、お主の目的はどうじゃ」


「こちらも変わらず、と言いたいところですが最近は人間の方が勢力を伸ばしつつあるようです」


「それも例の科学やカラクリが原因なの?」


「はい、さらに発展すれば魔法と対極ながらほぼ互角の力となりえるでしょう」


「なら、次は奴らの科学とやらを撲滅しにでも行くか?」


「いいえ、何かしらの利用価値がありそうなので様子見です。ですが・・・」


「えー、せっかくですから人間達を懲らしめに行ってもいいじゃないですかー」


 リウィはつまらなそうに顔をテーブルに乗せている。頬を膨らませているのを見ていると愛らしくも見えるが、本人は単に体を動かしたいだけだろう。


「ですが、少し人族の領地、言わば王国に潜り込む用事ならあります」


 すると三人とも反応が変わった。


「ほう、それで今回は誰を連れて行くきじゃ?」


「・・・・・・全員で行きます」


 *


 ヤシャク達は王国を囲む外壁を見上げていた。


「さて、最初の関門ですね。この外壁を越えるには門番の検問を通るか、力技でこの外壁を目立たず越えるかです」


「その二択の内後者はそもそも実現可能なのじゃろうか?」


「無理でしょうね。登れたところで外壁の見張り達の目を盗むことなんてできる?」


 外壁を見上げるヤシャク、ヨウビ、ウララだったがリウィだけ何故かストレッチをしていた。


「リウィ、あなたまさか・・・」


「こんな外壁大したことありませんわ。上の見張りも排除して差し上げます!」


 言うなり行こうとするリウィを妻二人が慌てて止める。


「ヤシャクが目立たず越えるって言ったのを忘れたか!いやそれもあまり合理的ではないが・・・、囮役はともかく顔割れはダメじゃ」


「流石に壁越えは冗談です。自分で言っておいて何ですが確かにリウィさんは目立ってしまいますね」


「・・・いやこんな美女を引き連れている時点で相当に目立っているわよ」


 あまりにもごもっともな意見に全員が数秒固まった。

 これにはヤシャクも失念していた。そもそもこの三人を妻にしてから共に過ごす時間もあってか、一緒にいることにあまり違和感はなかった。

 

「いえ、変装はしますよ。魔族は立ち入れないことになっていますし」


「さっき検問所の方を見に行ってみたけど、フードや外套の類は脱がされていたわね。門には四人、二人は武闘派で身なりを検問、残りは魔力の探知を担っていると考えていいわね」


「前に来た時よりも明らかに強化されていますね」


「身なりはともかく何故魔力探知が必要何じゃ」


「それは人間が、魔力を探知する時に大きさのみならず色も判別できるそうなのです。魔族にもできないことはないですが、その表現は大雑多で強いか弱いかでしかない。あとは大まかな属性。」


「色で属性を判別するという点では同じでは?」


「大まかにはそうです。ですが、魔力というのものは一個体の中心から膨れるように生成されているそうです。そしてその中心ほど色が濃くなり、外に広がれば色も薄くなる」


「うむ、そこまでは魔族も認識できておるだろうよ」


 ヤシャクは指を二本立てた。


「ただし、この色の薄いところにも識別できる所があるようです」


「識別?」


「例えば使っている衣服、革製品、道具。建てられた家、己が肉体、魔力、これら全ては最初から作られ、生まれ持った時点ではとても新鮮に映るでしょう」


 ヤシャクがここまで話した時点で先のことを理解できたのは魔力に縁があるヨウビとウララ。リウィは魔力を持たない体質故か、脳筋気質故か、頭から湯気が立っている。


「ですが、使い方次第で道具はクセがつく、色も変わる。建物は年季が入れば古びてくる、補修を施しても元の新築のようにはならない。それは肉体も魔力も同じ、例えば戦闘員と非戦闘員ですら大きくその識別は変わってくるそうですよ。そして、人間と魔族は環境と生き方が天国と地獄であるかのように違う。そもそも肉体の構造が違いますから、幾ら人間に似ている魔族でも違いが生じてしまうらしいのです」


「人間が判別するのはそこか・・・これも人間側の探究心の成せる技なのか」


「それは分かったわよ。でもこれってさ、要するに侵入するの激ムズじゃないの!」


 はっきり言ってそう。ヤシャクが魔族領で公務している間に人間達は技術をさらに発展させてしまったらしい。


「致し方ありませんね。あまり好ましいやり方でありませんが、内部に潜伏させている部下に連絡して位置交換の魔法を発動して貰うか、それとも潜んでいる協力者と何とか連絡をとって裏口を使うしかありません」


「なぜそれを早く使わないの」


「以前侵入した時、人間達がある魔法を開発していました。名前と血、魔力を国民名簿として登録し、この壁の内側ではその血と魔力による生体反応とそれ以外を識別して感知できる感知型結界魔法」


「ほう。言われて見ないと気づかなかったが、確かにうっすらとじゃが魔力の結界が貼られておるな」


 つまり、検問所で最初に見た目を識別、次に魔力と魔族が持つ色を識別。うまくこれらを騙せたとしても、結界内には王国に登録されていない生体反応がある。あとは簡単な話でこの登録されていない生体反応を調査すればいい。人間か亜人なら登録漏れと判断される可能性が高いが、もしも魔族であるならば・・・・。


「発想力がエグいわね。規則と秩序、安寧と永遠の繁栄を求め続ければこんなことも可能なのね」


「・・・・・・美学に反しておる・・・」


 ヨウビは訝しげに結界を見ていた。


「確かに、ただの防御型結界ではない結界を開発したことは魔法に精通した我々には思いつかなったことだと認める。はっきり言って見事じゃが・・・」


 ヨウビは魔法に美学を重んじている節がある。人間も魔族も、武術、剣術や魔法の技に美学を求める者は少数ながらいることをヤシャクも知っている。実際、剣や刀は武器であるが道具に造形美という価値がついた。その価値を見出したのも人間だが、理解できるのは人でも魔族でも同じだ。自らの持つ道具に美が宿るならば、戦いにも美がある思えるのは当然と言える。

 

「魔力は世界の生命を廻す役割がある。消費した魔力は霧散し大地、空気、海に浸透して生命の養分となる。これが理なのだが、あの魔力は霧散にもの凄く時間がかかるというか何というか・・・」


 ヨウビの目が不思議と濡れたように光って見えた。

 ウララはその意図が分かったような顔をしていたが、リウィはあまり頭が追いついていないらしく顔を傾げている。

 

「行きましょう」


 ヤシャクは検問所に向かって歩き出した。後ろを歩くリウィから見て感じ取ることができたのは、ヤシャクから漂う感心と怒り、そして少しの悲しみだった。

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