【1】出逢い
この作品は「秋の文芸展2025」参加作品です。
テーマである「友情」を、孤独な少年と美しい少年との出会いを通して描きました。
重い現実を背負った少年が、なぜか寄り添い続ける存在――アリスと出会い、どのように生き、そして何を選ぶのか。
静かな会話の積み重ねと、やがて訪れる衝撃の瞬間を、どうか見届けてください。
(ご注意)本作には虐待や心中を想起させる表現が含まれます
「消してあげるよ」と彼は言った。
「君の不幸を全部消してあげる」と。
――その時の僕は気づかなかった。
今日は四月一日。エイプリルフールだと。
嘘をついても良い日だと。
だから、あれは彼の嘘だと信じていた。
いや、信じていたかったんだ…。
僕は一家心中の生き残りだ。
僕が10才の時、母がガス漏れを利用し、父と4才の弟と2才の妹を巻き添えにして火事を起こし、母も死んだ。
僕はその時間帯に、たまたま家の敷地内の温室にいて助かったのだ。
東京郊外にある、代々名家と呼ばれる我が家の敷地は広い。
母が趣味で温室を開ける程で、僕は良く夜中にそこへ忍び込んでは漫画を読んだりゲームをしたりしていて、時には朝まで眠ってしまったこともあった。
父母はおおらかな人で、宿題・食事・風呂を済ませていれば、温室にいても怒ることは無かった。
家の敷地内だから安全というのもあっただろう。何しろ名家らしく、防犯対策は万全だったから。
「不幸中の幸いだ」と、誰もが口々に言った。
父母の両親は共に他界していて、父は一人っ子。
母には姉がいたが折り合いが悪く絶縁状態で、僕は生まれてから一度も会ったことが無かった。
そんな事情から、代々うちの顧問を務める弁護士事務所の所長である顧問弁護士が、僕の未成年後見人となり、僕は成人した。
顧問弁護士はとても良い人で、突然天涯孤独となった僕の為に、生活に不自由が無いよう奔走してくれた。正に実の親のように。
弁護士の妻もとても良い人で、子供のいない彼女は、僕に実子の如く愛情を注いでくれた。
顧問弁護士夫妻は僕の学校行事には必ず参加し、卒業式や入学式にも参列してくれた。僕の育ての親だ。感謝してもしきれないと今でも思っている。
だが、あの日。
四月一日――『彼』に言われたことは、誰にも話していない。
親同然の顧問弁護士夫妻にも。
『彼』と初めて出逢ったのは、川沿いにある遊歩道だ。
もうすぐやってくる夕暮れに、朧に輝く桜が美しかったことを良く覚えている。
そして、川を見ていた『彼』がそれ以上に美しかったことも。
『彼』は鈴の音のような声で、
「初めまして。間宮まみやさんの家の子だよね?僕はアリス」
と微笑んだ。
僕はアリスの美しさに固まってしまって、言葉が出なかった。
子供ながらに十頭身はありそうな、細くスタイルの良い身体つき。
真っ白な頬、すっと通った鼻梁、それこそ桜色の唇。
小さな白い顔の半分はあるのではないかというくらいの大きな丸い瞳は薄茶で、睫毛は瞬きをする度にバサバサと音がしそうだ。
腰まである髪はストレートで、薄茶の瞳と同様に薄い茶色。
川面の光を反射して艶々と輝いている。
そんな子供を見たのは初めてだった。
アリスが少し眉を顰めて小首を傾げる。
僕は慌てて口を開いた。
「初めまして!ぼ、僕は、そう!間宮 蓮れん!小学5年生!」
「レンくんかあ!年はいくつ?僕は10才。小学5年生だよ」
ぱあっと輝く笑顔に、僕も思わず笑った。
心臓がドクドクと脈打った――その時、僕の携帯のアラームが鳴った。
16時50分。
僕の家の門限は17時なので、遅れないように10分前にアラームを設定しているのだ。
僕は本当に残念だったけれど、
「帰らなきゃ。門限が5時なんだ」
と言った。
アリスがニコニコしながら「じゃあ30秒、僕に頂戴」と言う。
僕が「30秒…?」と戸惑いながら「いいよ」と答えると、アリスもジーンズのポケットから携帯を取り出し、僕たちはメッセージアプリの連絡先を交換した。
僕は走って帰宅した。
一度だけ振り返ると、アリスはまだ川面を見つめていた。
そして一日のやるべきことがすべて終わると、僕は温室に行った。
その夜、アリスから携帯にメッセージが届いた。
「レン、今何してる?」
スマホの画面に浮かんだ、その短い言葉が――
僕の世界を変えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この作品は 毎日17時更新です。
最後まで完結させるつもりですので、どうぞお付き合いいただければ嬉しいです。
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