入部2
部室は南館の三階の使われていない教室を使っているらしかった。実際こんなところに教室があることすら僕は知らなかった。それくらい影の薄い場所だ。こんなところで人生相談みたいなことをやったとしても誰も人は来ないだろう。そのせいで今僕はこんな状況になっているのだから。
部室に入るとそこには既に二人の生徒がいた。どうやらこの部活の部員らしい。一人は長い髪が特徴的で、目が少し怖い、何かを睨んでいるようにすら見える。身長は僕と同じくらいだろう。静かにしていれば男子から結構モテるに違いない。もう一人は身長がとても小さく小学生と言われても信じるような女の子だ。いやむしろ小学生だろ。いくら何でも小さすぎる。まあこういった高校生も中にはいるのだろう。この子も小学生になら結構モテそうな感じだ、高校生には可愛がられるに違いない。
「紹介するわ、このいかにもダメ人間っていう感じのこいつが新入部員の佐々木伸一よ!」
鈴下はいきなりそんなことを元気よく言った。こんな最悪な人の紹介はこいつくらいしかできないだろう。普通こんな紹介をされたらブチ切れて当然だ、その点僕はなんて心が広い人間なのだろう。正直少しだけ、本当に少しだけムカついているのだけれど、反論したところで返り討ちにあうのが関の山だから何も言わない。
「じゃあみんなも自己紹介をしなさい!」
鈴下がそう言うと、まず長い髪をした女性が僕の方を睨みながら自己紹介を始めた。
何で僕を睨んでいるんだよ・・・・、
まさか僕を殺す気じゃないだろうな・・・・、
早く逃げたいところだけど鈴下と手錠で繋がられていて逃げ場がない。
「二年四組の恨見美鈴、よろしくね」
なぜだろう、ただの自己紹介のはずなのに自分の身に危険が迫っている気がする。それくらい恨見美鈴の睨み具合は半端じゃない。
「ところであなた随分と地味な顔をしているのね」
「地味って何だよ!」
「地面のような味がしそうな顔をしているわ」
「僕はそんな顔はしていない!」
実に心外だ!
無理やり文字に合わせただけだろそれ!
どうやら恨見美鈴という女は毒舌らしい。毒舌すぎて僕が毒に侵されなければいいのだけれど。少し心配ではある。
美鈴の自己紹介が終わると次は小学生みたいに小さい女の子が口を開いた。
「一年三組の小森千秋です」
「小学生かな?」
「小学生じゃないよ!」
どうやら小学生ではないらしい。何かの突然変異でこんな小さな高校生が誕生したに違いない。こんに小さくてはいろいろ不便に違いない、けれど全て子供料金でいけそうなのは便利だな。
「ちなみに私はこの部活の部長で二年四組よ!」
鈴下は元気よくそう言った。正直どうでもいい情報なのだが。
「それで、この部活は具体的に何をするんだ?」
いま僕が最も心配していることだ。こんだけ個性豊かすぎるメンバーが揃っているんだ、普通に僕を更生させるとは到底思えない。きっととんでもないことをやるに決まっている。下手をしたら僕の高校人生が終わってもおかしくはない、いやむしろそっとの方がありえそうだ。
「さっきも言ったでしょう、この部活はダメ人間を更生させる部活だって、だから部活内容はあなたの更生、『佐々木伸一更生計画』ってわけよ!」
「だから一体何をするんだよ!」
全然答えになっていない!
『佐々木伸一更生計画』だと? ますます心配に拍車がかかるぞ!
「伸一は私の調べたところ、人生に意味がないと思い込み、全てのやる気を失っているらしいから、まずはそこから更生させなきゃね!」
「何で知ってるんだよ!?」
こいつは人の心が読めるのか!?
的確に僕のことを把握している、一体どうやって調べたんだよ・・・・
「私の特技は人間観察なのよ! 一週間くらいあなたのことを観察させてもらったわ」
たったの一週間で・・・・、
こいつはやっぱり普通の人間ではないらしい、最初に会った時から普通ではなかったが、僕の想像をはるかに上回る存在だった。
どうやら僕のことは全てお見通しらしい、これはますます従うしかなくなってきたな。まあ更生したら解放してもらえるのだろう、いったどうすれば更生したと認められるのか甚だ疑問ではあるのだが・・・・、
「それで、まずは何をやるんだ? できるだけ時間と体力を使わないものにして欲しいのだけれど」
「まず最初はね・・・・」
最初と言っている時点でどうやら続きがあるらしい、これは思いの外大変そうだ。
「あなたの趣味作りからね! やっぱり人間趣味がないと生きていくのはつまらないものなのよね」
「そんなことをするのか・・・・」
「だって伸一は趣味とかないでしょ?」
図星すぎて反論できない。
趣味——それは生きていく上でとても必要不可欠なもの。
人生を豊かにする最高のアイテム。
もちろん僕にはそんな素晴らしいものは一つも持ち合わせていない。そんなのがあったらこんなに毎日暇そうに過ごしてはいないだろう。
そうだとしても簡単に趣味なんて作れるものだろうか? しかも人生を諦めているような僕に・・・・かなりの難題には違いない。
「一体どうやって趣味を作るんだよ?」
「そりゃあもちろん、趣味になりそうなものを片っ端からやるに決まっているじゃない、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってね」
これはどうやら大変そうだ。
打つ鉄砲が下手すぎなければいいのだが。
「じゃあまず最初は何をやるんだ?」
「それを今から決めるのよ! 多数決という素晴らしい決定方を用いてね!」
そう言うと鈴下はホワイトボードをみんなの見える位置まで持ってきて黒ペンででかでかと『佐々木伸一更生計画第一弾、趣味作り』と書き込んだ。僕と手錠で繋がっているのだからあんまり動かないで欲しいのだが、言っても言うことを聞いてくれるとは到底思えないので心の中にしまっておこう。
「じゃあみんな意見をバンバン出してちょうだい」
そのセリフを聞くやいなやいきなり美鈴が声を発した。
「やっぱり男の子なのだからエロ本収集とかをやらせたらいいのではないかしら」
「そんな趣味はいらない!」
「あら、もしかしてもう既にやっているのかしら? そういえばエロ本を集めていそうな顔をしているわね」
「集めていないし、そんな顔はしていない!」
「まああなたにはエロ本を買う根性なんてなさそうだけれど」
散々な言われようであった。
まあ実際エロ本を買う根性なんてないのだが。
ていうかそんな根性いらない。
「じゃあ無難に読書とかは?」
小森がいたって普通のことを言ってくれた。
うんそうだ、趣味というのは普通そういったものであるべきなのだ。
「それは普通すぎるから却下」
「何でだよ!」
お前の言う趣味って一体何なんだよ!
絶対とんでもないことを僕にやらせるつもりだろう。それを見て楽しむつもりに違いない、何てやつだ・・・・、
「それじゃあお前は何だったら納得するんだ?」
僕は恐る恐る鈴下に聞いた。絶対とんでもない答えが返ってくると知っていながら聞かずにはいられなかった。このとんでも女の考える趣味には少々興味がある。
鈴下は僕のセリフを聞くと少し悩んむような表情をして、
「まあまず最初は無難なところから攻めていくべきよね・・・・だからやっぱ漫才ね!」
「全然無難じゃねーよ! 趣味が漫才なんて聞いたことねーよ!」
僕は全力で拒否反応を示した。漫才なんて僕ができるはずがない、しかもとてつもなく恥ずかしい。それにこいつの言うことだ、下手をしたら全校生徒の前でやらされてもおかしくはない、そんなことになったら僕は間違いなく不登校になるだろう。
いや下手をしたら恥ずかしすぎて死ぬ。
死因漫才。
これまた一族の恥だ。
「それはいい考えね、私は賛成するわ」
「私もいいと思います!」
美鈴も小森も大賛成らしい、これは非常にまずい。本当に漫才をやらされるはめになってしまう、どうにかして反対運動を起こさなくては。
「満場一致ね!」
「全然満場一致じゃねーよ! 少しは俺の意見を聞いてくれ!」
さっきから僕がいないことで話が進んでいる気がする、これは非常にまずい状況だ。どうにかして言い訳をしなくては・・・・、
「漫才を一人でやるのは無理だろ? やっぱ漫才って二人でやるものだろう、それを趣味にするのはどうかと思うね」
僕は正論を言ったと自信を持っていた。これならみんな考え直してくれるはずだ、そもそも趣味が漫才なんてやつこの世を探しても芸人さんくらいしかいないだろう。
「心配しないで、相方は私よ」
心配だ!
何で相方がよりにもよって美鈴なんだよ!
「おい、お前は本気で言っているのか?」
「ええもちろんよ、やるなら当然日本一の漫才師を目指すわ」
「そんなの目指さなくていいよ!」
どうやら美鈴は本気らしい、僕に断る権利は微塵もないみたいだ。
さっきから気づいていたがこの部活は相当やばい、鈴下に目をつけられた時点で僕の運命は決まっていたに違いないだろう。
「どうやらコンビは決まったみたいね!」
「勝手にな」
「じゃあまずはコンビ名を決めなくちゃいけないわね」
鈴下はかなりのハイテンションでそんなことを言ってのけた。少しそのテンションを僕に分けて欲しいところだ。十分の一でもくれれば僕はものすごいハイテンション男になれるに違いないだろう。
「コンビ名はもう決めているわ」
美鈴は自信満々の表情でそんなことを言った。僕は嫌な予感しかしないのだが、何か意見を言ったところで無駄なことは知っている。せめてまともなコンビ名であることを願うばかりである。
「その名も、ハイレグ探検隊!」
「やめてくれ!!」
どういう経緯でそういった名前になったのかは知らないが、いやむしろ知りたくないが、その名前は恥ずかしすぎる! そもそも美鈴は恥ずかしくないのか? 一応は女の子だろ? もう少し羞恥心を持った方がいいぞ。
「なによ、私のネーミングセンスにケチをつけるつもりかしら?」
美鈴は恐ろしい形相をしながら僕を睨んできた。もう僕は怯えることしかできない、一応同じ部活の部員なのだからもう少し優しく接してくれてもいいだろう。
「わかったよ、そのコンビ名でいいよ・・・・」
僕は大きなため息を吐きながら肩を落とした。
一体いつまでこの部活に振り回されなければいけないのだろうか、もう既に僕の体力は底を尽きているというのに・・・・、まあ暇だから少しくらいはいいのだけれど、これは僕の身体的ダメージが大きすぎる。
「じゃあとりあえず、今日の会議は終了ね! 明日から漫才の練習に入るわ! 伸一はしっかりとネタを考えてくるように!」
「俺が考えるのかよ・・・・」
なにわともあれ今日の部活は終了らしい、気がつけば僕はしっかりと部活のメンバーになってしまっていた。なんていう馴染みの速さだろうか、これだけ個性的な面子が揃っているのだから仕方がないのだけれど。
だがしかし、毎日何もせずダラダラと過ごしている僕にとってはかなり刺激的で少し楽しいと思ってしまう時間だった。
ものすごく癪だ・・・・、
事実だから仕方がないのだけれど・・・・、
やはり僕はなんだかんだ言って、この毎日同じことが繰り返される日々から抜け出したかったのかもしれない。
平凡で。
普通で。
何もない。
そんな日常からの脱却。
僕は心のどこかで助けを待っていたのではないだろうか、もちろん鈴下みたいな強引で乱暴な人材を待っていた可能性はゼロに等しいのだが。
それでも僕は、この部活に誘われて嬉しいと思った、そう感じてしまうほど僕は落ち込んでいたに違いない。
「じゃあ伸一、私の家に行くわよ」
そのセリフによって僕の思考回路は遮断された。
そういえば鍵を取りに行かなくてはいけないのだった・・・・、
手錠で繋がれている僕も当然一緒に行かなくてはならないのだが・・・・、
こんなひょんなことで女子の家に行くことになるとは・・・・、
もちろん少しは嬉しい気持ちもある、だが待てよ、鈴下の家に行くまでこの状態でなければいけないとなると——かなり恥ずかしい!
手錠で繋がれたまま行くのはものすごく恥ずかしい!
通りすがる人は僕と鈴下を見てどう思うだろうか? 間違いなく頭の悪いカップルに思われるだろう。知らない人だったらまだ救いがある、だがもし同じクラスメイトとかだったら最悪だ。ただでさえいつもぼっちで地味に生活しているというのに、そんな変な噂を立てられたら教室にいるだけで恥ずかしくて十分に死ねる。
「何してるのよ、早く行くわよ」
そういうと鈴下はさっき僕を部室に連れてきた時みたく強引に腕を引っ張った。どうやらこいつには羞恥心というものがないらしい。美鈴もそうだったが、この部活は変な奴の溜まり場なのか?
僕は鈴下に引っ張られながらも仕方なく家に向かうことにした。




