50.【エピローグ】名前
翠が目を覚ますと、そこは見慣れない天井。隣には、王が眠っている。
(夢じゃ――ないよな)
自分の気持ちを王が受け止めてくれた。自分も同じ気持ちだ、と。
まだ信じられない。
王は目を閉じて眠っている。額に零れ落ちた髪、意外と長いまつ毛。彫りが深い顔は、芸術品のようだ。
翠が先ほどまで枕にしていた腕は筋肉質で、自分の倍はある。
その、たくましい腕の中で、昨日は。
(昨日は――わけがわからなかった)
初めての体験を、どのような語彙で示したらいいのかわからない。王の――珀瑛の大きな手が、体のあらゆる場所を撫でていった。何度もささやかれる自分の名。自分の体が、自分のものではなくなる感覚。
(主上も、同じように思ったんだろうか)
そうだったら嬉しい。
(さて、どうしよう)
王はまだ眠っているようだ。
こういう時、どうしたらいいのかまでは聞いていない。しかし、顔を合わせるのはひどく気恥ずかしい気がした。どんな顔をしたらいいのかわからない。
(起こすのも悪いし……。抜け出して、帰っちまえばいいのかな)
布団から出て、自分が裸であることに気づく。
(服は、布団の中か)
起こさないように探してみようと思ったとき、手首をつかまれた。
「帰らずともよい」
顔がかあっと赤くなる。恥ずかしくて顔を見られない。とっさに後ろを向く。
「でも、もう朝ですし」
「もう少しいてくれ」
「……分かりました、主上」
「珀瑛だ」
「珀瑛、さま」
王が後ろで起き上がる気配がした。まだ顔を見られない。
「その名、大切にしてくれよ。王族しか知らん名だ」
驚きに目を見開く。
「そんな――そんな大切なお名前を、私に」
「お前だからだ。俺は――お前にあげられるものを、何も持っていない。小遣いすらないんだから」
そういえば、夜市でそんなことを言っていた。
「それに俺の立場上、市井の男のように、お前だけ、というわけにもいかん。だから――あげられるのは、その名くらいだ」
彼が後ろから抱きすくめてきた。触れる肌、温かい腕。
「十分でございます。大切にします」
首に回された彼の腕をとり、そこに頬ずりをした。髪を撫でられる。緊張するのに安心する、不思議で幸福な時間。
「さて、政務までにはまだ時間があるな」
そのささやきには、熱っぽさがあった。
「珀瑛さま……あの――もしかして、いまからエッチなことを?」
「ああ、する」
完結です。ここまで、ありがとうございました。
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