表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説 後藤象二郎 熱風児 1838-1897  作者: 山田 誠一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/10

第一章:土佐の熱風

「正晴、おんしの家系は播磨の別所氏に連なる名門じゃ。この南国の地で、ただの馬廻格として埋もれさせてなるものか。生まれてくる児には、必ずや天下を揺るがす大器の教育を施せ」

天保八年(1837年)の秋、高知城下の片町にある後藤屋敷の奥の間にて、一人の老武士が、大息を吐きながら主人の後藤助右衛門正晴に向かって語りかけていた。

後藤助右衛門正晴は、土佐藩主・山内家に仕える馬廻格であり、質実剛健を絵に描いたような一徹者であった。その妻の腹には新たな命が宿っており、屋敷内は静かな熱気に包まれていた。播磨国の三木城にて織田信長の軍勢と戦った別所氏の血脈は、山内一豊の土佐入国に従ってこの地に移り、二百年以上の時を経てなお、その不屈の気骨を失っていなかった。


天保九年(1838年)三月十九日、春の陽光が南国の海を照らす良き日、後藤家に待望の嫡男が誕生した。幼名を良輔りすけという。

後藤良輔は、産声を上げた瞬間からその声が屋敷の瓦を震わせるほどに大きく、乳母が驚くほどの頑健な骨組みを有していた。父の後藤助右衛門正晴は、我が子の大きな手を握り締め、播磨の先祖たちの遺志がこの地で開花することを確信した。これが、後に維新の動乱期に「大白檮(たいはくじゅ=大物の意味)」と称されることになる後藤象二郎の地上の始まりであった。


南国の強い太陽と、太平洋から吹き付ける乾いた熱風を浴びて、後藤良輔は急速にその体躯を巨大にしていった。十歳を迎える頃には、近隣の同世代の子供らよりも頭一つ分ほど背が高く、その体重は大人顔負けの重さとなっていた。高知城下を流れる鏡川での川遊びや、竹刀を手にしての剣術の真似事において、後藤良輔の右に出る者はなかった。常に集団の先頭に立ち、地鳴りのような大声を張り上げて仲間を率いる姿は、まさに城下の餓鬼大将そのものであった。


しかし、当時の土佐藩には、関ヶ原の戦い以来の根深い怨念が横たわっていた。藩主・山内家とともに土佐に入国した「上士じょうし」と、かつての領主・長宗我部家の遺臣を源流とする「下士かし」との間には、衣服の素材から雨傘の使用に至るまで、過酷な階級の壁が厳然として存在していた。上士の門閥に生まれた後藤良輔にとっては、世界は己の腕力と血筋によっていかようにも切り開ける平野のように見えていたが、一歩城下を歩けば、下士たちの眼光には、不穏な怒りと怨嗟の炎がよどんでいた。


父の後藤助右衛門正晴は、我が子の旺盛すぎる元気に目を細めつつも、高知城の天守を仰ぎ見ながら、時に厳しく武士の嗜みを説いた。

「良輔、おんしの身体が大きいのは、ただ徒に暴れるためではない。後藤の家は忠義を以て生き抜いてきた。しかし、武芸だけではこの激動の時代は渡れぬ。地理を見、歴史を知り、大局の思考の流れを身につけよ。不条理な制約の中でいかに志を果たすか、それこそが真の武士の生き方である」


しかし、この平穏な成長の日々は、突然の悲劇によって断ち切られることとなる。弘化四年(1847年)十月、父の後藤助右衛門正晴が、流行り病によって急逝したのである。頼るべき大黒柱を失った後藤家は、にわかに暗雲に包まれ、十歳の後藤良輔は、人生で最初の巨大な「死」という絶対的な制約に直面した。悲しみに暮れる屋敷の門を叩いたのは、父の義弟であり、当時は藩内でもその過激なまでの合理的思考を以て知られていた有力上士・吉田東洋よしだ とうようであった。


吉田東洋は、大柄で傲岸不遜な義理の甥を睨みつけ、地を這うような声で言い放った。

「良輔、泣いている暇はない。おんしの父は、おんしがただの粗忽者で終わることを望んではいまい。今日からはわしがおんしの親代わりとなり、その肥大した身体に見合うだけの知略を叩き込んでやる。天下の重荷を担う器となれ」

この出会いこそが、後藤良輔の運命を決定づける巨大な磁場となった。実父の剛毅な血と、第二の父となった吉田東洋の冷徹な知略が、少年の胸中で混ざり合いながら、歴史を動かす新たな嵐へと発酵し始めたのである。


(第二章に続く)

面白いと感じていただけましたら、

画面下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援頂けると嬉しいです。

皆さまの温かい評価が、このシリーズを続け、次の物語を紡ぐ力になります。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ