第1話1980年の男
その通知は、通常の分類には存在しなかった。
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【特別観察対象:封入解除】
【再起動プロトコル:例外処理】
【出現座標:第三区画】
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神代湊は端末を見たまま、数秒動かなかった。
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例外。
この世界では、その言葉はほとんど使われない。
使う必要がないからだ。
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すべては設計されている。
例外は存在しないはずだった。
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「確認に行きます」
管理官の声は淡々としていた。
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神代は頷く。
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移動中、街はいつも通りだった。
女性の群れ。整った生活動線。静かな秩序。
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だが、施設へ近づくほど、空気が少しずつ“乱れて”いく。
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それは音ではない。
視線でもない。
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意味の欠落だった。
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施設内部。
白い区画。
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その中心に、男がいた。
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座っていない。
拘束もされていない。
ただ、そこに“存在している”。
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そして、周囲を見ていた。
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「……ここどこだ」
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声は低く、乾いていた。
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神代は記録端末を確認する。
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【出現体:分類不能】
【言語認識:可】
【時代照合:不一致】
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男は神代を見る。
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そして言う。
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「お前ら、何してる?」
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その言葉は質問ではない。
拒絶だった。
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神代は一歩近づく。
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「あなたは転送された可能性があります」
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男は笑う。
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「転送?」
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「何の話だよそれ」
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その笑いには理解がない。
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あるのは、“常識の衝突”だけだった。
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「ここはどこだって聞いてんだ」
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管理官が一歩出る。
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「落ち着いてください。説明を――」
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「落ち着く?」
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男の声が一段上がる。
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「まずお前ら全員おかしいだろ」
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空気が変わる。
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神代は気づく。
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この男は“理解していない”のではない。
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“理解の前提が違う”。
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男は神代を指さす。
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「お前、男か?」
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その一言で、空気が止まる。
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神代は答えない。
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代わりに管理官が言う。
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「適合男性です」
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「は?」
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男の顔が歪む。
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「適合って何だよ」
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「人間に適合とかあるわけねぇだろ」
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その瞬間、記録が一瞬だけ乱れる。
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神代は理解する。
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この男は“この世界の外側”を持っている。
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男は続ける。
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「1980年だ」
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沈黙。
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「俺のいた世界は1980年だ」
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管理官の記録が停止する。
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神代だけが、動いている。
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そして思う。
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これは異常ではない。
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“別の基準”だ。
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男は言う。
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「この世界、おかしいだろ」
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その言葉と同時に、拘束プロトコルが起動する。
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空間が固定される。
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男の動きが止まる。
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しかし目だけが動いている。
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神代を見る。
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「お前もか」
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その一言が、残る。
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処理完了。
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記録は閉じられる。
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だが、言葉だけは残った。
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神代は施設を出る。
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空は変わらない。
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だが、世界の輪郭だけが少しズレている。
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「おかしい」
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それは、初めて“外から来た言葉”だった。
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(第2章 第1話・終)




