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卵憑ノ巫女  作者: 鳥村居子


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第八話  化け物


 慌ててキアラを連れて部屋の外に逃げ出そうとした。

 

 途端、ガラスの割れる音がする。 

 はっと、その方向を見ると、長い髪を振り乱したセーラー服姿の少女が窓ガラスを蹴破っていた。


 御子神(みこがみ)先輩?

 馬鹿な、何でここに!


 俺が驚くよりも先に御子神先輩は化け物へと駆け寄ると、真っ黒な腕を片手で力強く引っ張った。

 ズバンと床に叩きつけられた化け物を、そのままの勢いで全体重をかけて肘打ちする。


 化け物の首根っこを捕まえて、先輩は手に持っていた人像らしき物体を何度も何度も相手の頭にぶつけた。


 のたうち回る化け物は何とか先輩の手を振り払い立ち上がったが、先輩は軽やかに跳ねるようにして後方に下がると、まるでステップを踏むかのようにクルリと、化け物に回し蹴りを喰らわせる。


 窓ガラスのほうに蹴り飛ばされた化け物は、凄まじい勢いで外へと投げ出された。

 遠くに逃げていく化け物の姿を確認した御子神先輩は、乱れたスカートを優雅な仕草で整えていく。


「――間に合ったみたいね」


 そう言いながら御子神先輩は長い髪をかき上げながら、ガタガタ震えている俺たちへと近づいてくる。

 化け物より先輩のほうが怖いわ!


「除霊? 物理?」

 キアラは先輩を指差しながら首を傾げた。


「除霊(物理)?」

 俺が言い直すと先輩は片眉をぴくりと上げた。


「……凄まじく失礼なことを言われた気がするけど」


「先輩、霊能力者として本物だったんですね」

「何度も言ったじゃない。……信じていなかったの?」

「いや、もっと違うものをイメージしていたというか」

「違うものって何? 一番効果のあるものを選んだのよ、これでも」


 物理攻撃が一番化け物に効果あるということか。

 ある意味、そうなのかもしれないが。


 彼女の手には西洋風の神々しい形をした人像が握られていた。

 あんなもので化け物を殴り倒すなんて罰当たりだと思ってしまう。


 一階からキアラの両親が「どうした」と声をかけてくる。

 何て答えていいかわからず、俺はキアラを両親のもとに行くように告げると、ひとり先輩へと向き直る。


「……先輩、どうしてここに」

「ワープくらい何てことないって、前に言わなかったかしら」


 俺の問いに先輩はさらりと答える。

 ワープとかそういう問題じゃない。

 何を言っているんだ、先輩は。


 しかし本当に先輩は除霊ができるんだな。

 実際に、彼女が除霊する現場を見たわけではないので、信じていなかったといえば図星かもしれない。


 もし霊感があるとしても幽霊を見ることができるとか、その存在を感知できるとか、そのレベルだと思っていた。


 俺は窓に近づいて外の様子を確かめる。

 明るい陽射しの差す町並み、変わったところはない。

 化け物の姿も見当たらなかった。


「……あの化け物はどこから来たんでしょうか」

「さあ? あなたたちに興味があったのは確かでしょうけど」


 先輩の言葉に俺は首を捻った。


 あいつ、俺が来る前から、もしかしてずっとキアラの部屋の中にいたのか。

 でも急に現れたかのようだった。

 それとも化け物に常識を当てはめちゃいけないのか。

 化け物は時間や空間を歪めるって、あの探偵も言っていたしな。

 あの化け物、卵憑ノ巫女について調べている俺たちを監視しているみたいだった。


 ――タンジョウビオメデトウイノウクン


 あの言葉は。

 探偵は、卵憑ノ巫女は卵を育てさせるためなら何でもすると言った。

 ああやって俺に声をかけてきたのは嫌がらせか?

 俺を怖がらせて卵を大きくさせるために。


 榛名(はるな)


 そんなことをしてどうなるんだ?

 考え込んでいた俺に窓際にいた先輩が声をかけてくる。


「厄介なことになる前に私は窓から逃げるけど、あとは宜しくね」

「は、はあ」

「今回は間に合ったから良かったけど無茶はやめなさいね、わかったわね」

 それを御子神先輩が言うか。


 あ、そういえば俺、先輩に用事が。

 そう口にするより先に先輩は、ひょいと割れたガラスの隙間から外に出て行く。

 彼女は器用に屋根をつたうと、そのまま地面へと降り立ち、何事もなかったように人混みの中に紛れ込んでいった。


「先輩」

 後ろで声がした。

 キアラが両親を連れてきたらしい。

 動揺した俺は両親に謝罪する。窓ガラスが割れた件は、キアラがうまい具合に理由をつけて両親に言い訳をしていた。


「気にしないで。今後もぜひ家にきてください」とにこやかに言う両親を前にして、ただ、ばつの悪い思いが膨らむばかりだった。


 これ以上キアラの家にいても迷惑がかかりそうで、俺は家に帰ることにした。

 玄関先で靴を履いているときに後ろからキアラに話しかけられる。


「先輩、見てくれる? これ」


 立ち上がり振り返ると、キアラは両手で自分の卵を見せてくる。


「御子神先輩が助けてくれたのに、卵の顔が伸びて歪んじゃったよ」


 少し卵が大きくなってしまったらしい。描かれた目鼻が歪になっていた。


「また描き直さないと」


 悲しそうな顔でキアラが言う。

 そうだよな、あんな化け物を目の当たりにしたんだ。

 怖いに決まっている。


「大きくさせてしまって、ごめんな」


 そう俺が言うとキアラは怪訝そうな顔をする。


「ん? でもキアラ、これはこれで気に入っているから平気だから」

「え?」

「だってもっと大きくなったらヨッシーを抱き枕にできるの」

 キアラは卵を頬ずりした。


「今までは小さすぎて、よくヨッシーを蹴飛ばしたり背中で潰したり。もうちょっと大きくなってほしいって、ずっと思っていたから」

 ちら、と俺を見つめてくる。


「だから大丈夫なの。先輩、心配しないでね」


 キアラは満面の笑みを浮かべた。

 俺に心配をかけまいとしているのだけれど、その気遣いは嬉しかった。

 なのに、喉の奥に引っかかった小骨のような違和感を取り切れない。


 榛名のことだ。

 俺にはどうしても榛名がこんな酷いことをするような人間に思えないんだ。


「……聞いていいかわからないんだけど」


 俺は戸に手をかけながら言った。


「結局、どういう風にして榛名に卵を渡されたんだ」

「先輩、やっぱり有珠(うす)先輩のこと気にしているね。今日も危ない目にあったのに」

「……気になるんだから仕方ないだろ」

「あ、開き直った」


 キアラは卵を後ろに隠しながら答える。


「んー、有珠先輩はね、こう言ったよ。『猪生(いのう)くんの気を引くための特別なアイテムをあげるよ。うまく使ってね』って。どうして有珠先輩がここにいるんだって疑問はあったけど、欲望には抗えずに受け取っちゃった」

「よくわからんな」

「うん、そう言うと思った。今の初心者で駄目駄目な先輩に説明しても理解できないと思う」


 キアラは不機嫌そうな表情はそのままに声音を強くして言った。


「……先輩は有珠先輩に会いたいの? 会って、どうしたいの?」

「榛名が、こんな呪いを作りだしているというのなら、まずは呪いをぶっ潰したい。こんなものに振り回されて誰かが死んでいいわけがない」

「それは……この呪いの原因ともいえる卵憑ノ巫女――有珠先輩に会いたいってこと?」

「そうだ」

 素早く頷く。


「先輩、それは私たちの中に擬態している卵憑ノ巫女を捜しだすことを意味するって、ちゃんと気付いてる?」


 それは。

 キアラの言葉に俺は俯く。


「あの変なおっさんは言っていたよ。私や先輩が卵憑ノ巫女かもしれないって。先輩が有珠先輩を捜しだしたいって言うんなら、まず私も疑わなきゃいけないんだって、理解できてる?」


 俺は戸惑いながらも息を深く吐き出した。


「……正直に言おう。キアラにちゃんと指摘されるまで現実逃避からか、その考えに対してピンときていなかった――でも」


 顔をぐいっと持ち上げて、眦に力を込めて強く言う。


「呪いなんかで簡単に人が死んでしまう状況は間違っているから、俺はそれをどうにかしたい気持ちは変わらない。キアラたちを疑うつもりはない。それでも榛名――卵憑ノ巫女に会いたい。矛盾しているけれど、全部俺の素直な気持ちだ」


「そう」

 キアラは小さく笑った。


「あのね。多分、先輩は有珠先輩に会うことができたら、まず怒らないと駄目だとも思う」

「……」


 最後に彼女にしては珍しく可愛らしい高い声で言うのだった。


「この意味はちゃんと理解してね?」

 そう、首を傾げながら。

「――私は、先輩がどうしようが好きに動けばいいと思う。応援してるからね」


    ◆


 夜、慶助から聞いた情報をもとに俺は外出することにしていた。

 最近、御子神先輩が、この付近の公園に出没しているらしい。


 俺は先輩に会いたかった。


 慶助が掲示板に情報を書き込んでいること、美咲の遺体がなくなったこと、話したいことがたくさんあったからだ。


 学校で彼女を見かけない。どうやら学校をさぼっているらしい。

 さぼる彼女は様式美なので、あまり気にしてはいないが彼女はなかなか電話に出てくれないし、メールの返事もこない。

 慶助曰く機械やネットに極端に疎いらしく彼女とコンタクト取るには直接会うのが確実だ。慶助は彼女とよく連携しているように見えたが、彼曰く愛の力で何とかしているらしい。


 夕食も食べ終わり、母親が風呂に入っている間に、こっそりと外に出ようとすると。


「兄さん、最近、夜によく外出しているようだけど、そういうのは感心しないなー」


 カメラのシャッターを切る音とともに、居間にいた秀義が、ひょっこり姿を見せてくる。


「写真とるな。ちゃんとあとでデータ削除しろよ、それ」

「そんなことより、僕に夜に外出する言い訳を口にするほうが先じゃないかな?」

「別に大したことでもないし、何でもない。放っておいてくれよ」

「その反応……まさか女の子と密会だったり?」


 うっと喉を引きつらせてしまったのが敗因だ。

 何でもないような顔をしなければいけなかったのに。

 扉を開けながら振り向くとニヤニヤした顔の秀義がいた。

 帰宅すると、からかわれるんだろうな、これ。



     ◆



 ここ数日は見つけることができなかったが、ようやく先輩らしき物体を発見できたようだ。

 眩いくらいの月光の下、先輩が公園で何やら怪しげなことをしていた。


 魔女のような真っ黒なガウンを羽織り、独り言を言いながら、お尻だけこちらに突きだして茂みに顔を突っ込み、モゴモゴ動いている。


「御子神先輩!」


 そう俺が呼びかけると、彼女のお尻がビクンと動いた。

 さっと茂みから出てくると、先輩はガウンに付着した土を払いながら俺を睨みつけてくる。


「あら、猪生くん。こんな夜更けにどうしたのよ。ご両親が心配しているわよ」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

「あら、言うわね。じゃあ、もっとはっきり言ってほしいのかしら」


 御子神先輩は目をつり上げて言った。


「素人に手を出されると迷惑なの。さっさと家に帰って大人しくしてもらえるかしら?」

「そんな風に弱気になるなんて先輩らしくない。先輩ほどの力を持っているなら、素人のひとりくらい何とかなるのでは。キアラのときだって、あんなに簡単に化け物を倒せたし」


 俺は先輩の力になりたい。

 だけど先輩は力のないものには厳しい。

 だから先輩を褒める方向で攻めてみることにする。

 このまま帰らされて何も伝えられないままでは意味がないのだ。


「買いかぶりすぎだわ」


 御子神先輩はガウンを脱ぎながら言った。

 珍しく弱々しい声だった。


「私は榛名さんに気付けなかったのよ。霊能力が強いと名高い、この私が」


 ガウンを足元に置いてある大きな鞄にしまいながら言う。


「私の力だけじゃ卵憑ノ巫女を見つけ出すことはできない」

「だったら……なおさら俺の力が……」

 そう俺が言うと、少しだけ表情を引きつらせて先輩は返事する。


「必要ないわ。まだわからないの? 調べてみてわかったの。

 この呪いはとんでもなくたちが悪く、私の力でもどうなるかわからないの。

 あの卵から産まれた化け物は所有者以外には大した力を出せないから私でも何とかなったけど。

 この呪術の根本にあるのは、そんなもんじゃない」


「……わかりました。じゃあ俺の好きにします」

「そう言うと思った。もう、私の言葉なんて聞いていないでしょ」

「そんなことありません。……好きにするので、とりあえずこれを見てくれますか」


 言いながら、俺は帰ろうとする先輩にスマートフォンを手渡す。

 オカルトまとめサイト、オカそくのページを表示させてある。

 俺たちの体験した一連の事件、慶助の書き込みを見せるためだ。


「何よこれ」


 先輩は近くにあったベンチに座ると狼狽したようにスマートフォンと俺の顔を交互に見る。


「あの、画面暗くなっちゃったんだけど、どうすればいいの?」

「ここを押してください」


 そう俺が先輩の目の前で操作すると、先輩の双眸が好奇心に充ち満ちて輝く。


「画面が明るくなったんだけど、これはこのまま放っておけばいいわけ? 私はこれをどうするの?」

「そこのサイトを見てほしいんです」

「サイト? 見る? どうやって動かすの?」


 スマートフォンを持て余し、狼狽える先輩に俺は尋ねた。


「……先輩って、まだスマホじゃなくガラケーなんですか?」


「ガラケーって何かしら」

 そうか、ガラケーという単語もわからないのか。


「今から先輩に電話をかけますね」


 俺はスマートフォンを返してもらい先輩に電話をかける。

 バイブレーション音が鳴り響き、先輩は数秒の逡巡ののち、戸惑うようにして自分の電話を鞄から取り出す。耳に当てた。


「もしもし」

「もしもし。今、先輩の持っている、それがガラケーです」


「……ねえ、猪生くん。もしかして私のこと、それなりに馬鹿にしているのかしら?」

「していません」

 レベルを合わせただけだ。

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